砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-Ex 少女と大根

 

平野を抜ける風に草の香りが消えた。

 

荒れ果てた土は春夏と生命を謳歌した草花に包まれ、生命の賛歌をそこかしこに謳い、

隊商が踏みしめる砂利に繰り返す道程は、いまだ少なく道と言うには遠い。

 

遠く地平に目を向ければ、朝日を反射して輝く水面と青白い街壁。

陽に茹でられた大地の空気は天に昇り、海に冷やされた空気が平野に流れ込んでいる。

 

ペル・アビヤドからの旅路の終わり、紅玉平野を抜けた仮の交易路の果て。

 

道中には、意外に苦労が積載されていた。

 

最大の問題のアビヤドの追撃は、ジャマールを嗾けたら結構楽に逃げ切れたとは言え、

隊商の征く交易路は出来たばかりで、現状とても整備が進んでいると言えたものではない。

 

さらに突然に生まれた空白地は魔物の流入も呼び、交易路に血生臭い争いを生んだ。

治水の欠片も無い平地に溢れた水も、底浅の河を造り周囲を広大な湿地と化している。

 

まあ浮いている私には関係が無いが、隊商は皆が接地しているわけで。

 

端的に言えば、面倒臭かった。

 

そんな旅路もようやくに終わり、朝が終わる頃には港湾都市へと到着する。

 

青の古都、イルカディーム・アズラク。

 

港湾から少し距離の在る居住区の建物には漆喰が塗られ、今も陽光に輝いている。

そこかしこ万遍無く塗りたくられているせいで、建物の境目がよくわからない街だ。

 

以前の港湾に比べてまだモラルが在ると聞いたが、それでも海沿いの開拓詰所。

常駐していたらどんな厄介事が起こるか知れた物では無いと説明される。

 

なので博士が開拓詰所で各種手続きをしている間に、まだやっていた朝市を漁った。

 

南北と西を繋ぎ、海路を含めた交易路の交差点だけあって品目が凄い。

東方主食は北粉南米と言うが、とりあえず長粒米が在ったので適当に確保。

 

短粒米も在る時は在るのだがと露店の主がぼやき、残念な気持ちになる。

 

「西から来た奴に珍しい物と言えば、そこの露店に白蘿蔔(パイルオポ)が在るな」

 

店主の言に興味を惹かれ、ぱいろぽとは何だろうと見に行ってみたら大根だった。

 

大根(でこん)、あにさが汁にしてそうな白いヤツ。

煮て好し焼いて良しのニクいヤツ。

 

私の心を奪った大根とアイツ、DEKON……Fantastic!

 

などと先史のファンタ的な宣伝文句で語っても、理解できる人など居るわけも無し。

ともあれこれは買いだろうと、適当な本数を買いながら板に存在情報を転写。

 

さてどうするか、様々な味付けで食べる大根は美味しいが、

総じて大根本来の美味は消し飛んでしまい、根菜としての大根味しか残らない物だ。

 

本当に美味しい大根は、塩はおろか出汁ですら余剰に感じる素材の美味の極みである。

それを理解できたのは生前の老境に至った頃、食欲が衰えきった後だったが。

 

少しでも若さが在ると、儚く繊細な大根の美味だけでは身体が満足してくれない。

 

ならどうにか調理するべきかと考えつつ、洗いつつ首を切り、適当な長さに分け。

横に付いている剣士さんに半本渡してみたら、丸齧りされた。

 

その手があったか。

 

「良い辛さだ」

 

清水で茹でていた生前の私が、ヘタレに思えてきた。

 

敗北感に襲われている頃に酒瓶を確保したマル姫が合流し、やがて博士と駄妹と娘。

宿は隊商の紹介で手頃な所を確保できたと言い、早速に向かう事に。

 

漆喰は土地の砂によって色合いは変わる。

 

古都の漆喰は少しばかり青味がかり、壁も足元も何もかもが薄い青に彩られている。

陽光を反射する青の街は、青の古都の名を今に伝える要因でもあった。

 

「次はここの通りを抜けてじゃな」

 

案内役が片腕で方向を示して入った通りは、行き止まり。

 

【挿絵表示】

 

一同の無言が、空気に圧力を生んだ。

 

すると博士は、示すために挙げていた手を壁に向けて口を開く。

 

「このように片腕を壁に付けて歩き続ければ、いつかは通りを抜けられるのじゃよ」

「いや、迷ったんなら素直にそう言いなさいよ」

 

どこもかしこも継ぎ目のない同じ色の漆喰だからなあ。

 

「えー、何か対処法が在るひとー、もしくはかみー」

 

マルマルが投げやりに一同に声を掛ければ、順繰りな返答。

 

「明朗快活、歌う場所さえあれば私は困らない」

「うん、何の解決にもなっていないわね」

 

「建物の上まで浮いていくー」

「もうちょっと他の人にも真似できる方法が良いわね」

 

「諦める」

「少しは抗いなさいよ」

 

「じゃからこう、片腕を壁に添わせてじゃな」

「やかましい」

 

「え、ええと、通りすがりの人に聞くとか」

「何でこんな普通の対処法が最後まで出てこなかったのかしら」

 

ヤバイ、本気で全員を板と作業用ハンドで吊って直進としか思いつかなかった。

そんな驚愕の私を置いて、タサウブさんは近くのお婆さんから道を聞き出して。

 

コミュ強だ、コミュ強が居る。

 

再びの敗北感に打ちひしがれている内、宿に辿り着き流れる様に厨房へ。

使用料の他に作り置きの菓子でも賄賂と渡しつつ、悩む。

 

さて何を作ろうと考えながら作業用ハンドが長粒米を米粉に磨り砕き。

 

摩り下ろした大根の汁気を切って水と小麦粉と合わせ、作業用ハンドが捏ねる。

摩り下ろしと変わらないぐらい細かく刻んだ大根は、汁ごと米粉を混ぜる。

 

角柱状の大根生地を寝かせつつ、米粉大根汁をぐつぐつ煮込む。

火が通ったら角容器に入れ、残りに茸や干し海老を放り込んでから煮込んで容器に。

 

2本の容器に入った大根汁を蒸しあげて、出来上がった角柱計3本を軽く冷凍。

 

スライスして市で買った胡麻油で両面を焼き揚げた。

 

揚げ色が付いたそれを皿に盛れば、香ばしさに負けない大根が厨房に主張する。

アズラクから徴発した大豆醬油を大根出汁で割り、辣油と蕃椒を混ぜて漬けタレに。

 

出来上がったそれは大根餅、それぞれ日本式、台湾式、広東式。

などと内心で区別しても誰に通じるわけも無く。

 

とりあえず興味深く見ていた宿の主に味見をさせたら、厨房使用料が返ってきた。

何故か払った額よりかなり増えているのは、宿でのレシピ使用料だとかで。

 

そこらに米麦から大根まで在るのに、何故に誰も似た様な物を作っていないのか。

 

え、王侯貴族ならともかく、庶民が試行錯誤するには少しお高めだとな。

そしてここらの身分が高い人間は、大根をそれほど重要視していないと。

 

燃料と食用油の価格破壊が起こらないと、どうにもならないのか。

だから富者は肯へて喫せず貧者は煮るを解せずと、いつの世も変わらないものだね。

 

ともあれ皿に盛った大根餅を宿の飯場に持っていけば、勢揃い。

 

廃蜜の蒸留酒を水で割った船乗り酒こと騒々酒を片手に、さくさくと無くなっていく。

 

「香ばしくも柔らかい大根じゃな、これは良い」

「食べ易さにちょっと罪の味がするわよお」

 

何か呑酒妖怪たちの杯が空けられる速度が、加速している。

そして無言で食べる剣士さんと、咥えたまま五弦を鳴らす行儀の悪い妹。

 

「あ、具が入っているのも在るんですね」

 

何だろう、癒される。

 

「村を出てきた甲斐が在りました」

 

誰だてめえ。

 

陽に焼けた小麦色の肌の森人が混ざっていた。

先ほどから、森人の隠れていない隠れ里の場所を水割り片手に聞いていたとか。

 

「最近、何故か高原住みの連中が荒れてるんで気を付けた方が良いですよ」

 

そんな不穏な言葉を、大根餅を齧りながら伝えてくる。

ちらりと駄妹に視線をやれば、知らぬ顔で五弦を爪弾く黙秘の態度。

 

「心当たりはあるのかな」

「はてさて、現場に行かねば何ともですね」

 

気が付けば既に陽は南中に至り、街には青の漆喰が強く輝いていた。

 




それはそれとして

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