砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-03 聖典の黎明

昇陽が影を伸ばす。

 

装飾も無く無骨な外観の建物たちは、例外無く鉄と油の香りに染まっている。

そこは同心円状の堀に囲まれた、天羽楼仕立ての街区を持つ銅の隠蔽都市。

 

裁定の街、イルカーディア。

 

「トルキよ、昨日まで調整しておった新型の偽典アルコーンが無いのじゃが」

「ああ、黒から帰ってきたクズ野郎が持って行きましたよ」

 

伽藍堂と化した工廠に、初老の穴居人が呪いの言葉を吐いた。

 

「6体の子機を連結した大巨神でしたか」

「逆じゃ、子機が主体で巨神は母艦でしか無い」

 

まともな性能評価さえ行われていないのに持っていかれてしまったあたり、

まともな運用はされそうにないと、老人の嘆く声が灰色の壁に響く。

 

「そういえば、今回は随分と人道的な設計でしたね」

「今更人間素体など、非効率に堕した故に削除したまでよ」

 

選択肢が無かったから選んでいただけで、効率的な選択肢が在ればそれを選ぶと。

 

「いや、他に選択肢が無いと思い込んでおったのじゃな」

 

穴居人は頭を掻きながら、悔やむ言葉を続けた。

いざ肚を決めて高みを臨めば、手段を選ばないと言う言葉の真髄が見えたと。

 

「たかだが生体兵器如きで満足していた自分が、ただひたすらに恥ずかしいわ」

 

切り替えて作業台に移り、新機体の構想を練り出した穴居人にトルキは思う。

 

―― 紅玉のアイオーンは、私たちに見せるために生成されたのではないか

 

かの千夜の神は魔族を人で無しと断じながらも、かの戦場で我らにこう告げた。

 

楽しかったよ、人間と。

 

善悪も無い、正邪も無い、千夜に在る混沌の大神は何を以って人を断ずるのか。

 

今ならば理解できる、遥かな高みより押し付けられた物は前に進む意思。

胸の内に灯った怒りが、屈辱が、熱病の様に魂を呪い締め付けている。

 

地べたを這い泥水を啜ってでも、この借りは必ず返せと。

 

「気に入らない」

 

それもまた、かの神が望む人の在り様なのだろうと知りながら。

 

などと過大評価されている板神は、その頃には宿の飯場で布教に勤しんでいた。

神殿を建てられてしまった以上、少しは広報しておくべきか的な暇潰しである。

 

晩夏も秋に移りはしたが、それでも日中の陽を避ける者は多い。

 

「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょー」

 

先史における、カトリック教会及び某電力会社の標語であった。

 

千夜の邪神、もとい宿に降臨した少女神の御言葉は無駄に飯場に響き、

聴衆が受けた感銘は、設置された賽銭箱に銅片と化して積み上がる。

 

「果てしなく白々しいのに、何で信者が増えていくのかしら」

「そりゃのう、無駄に神威の圧が高い上であの美貌じゃからな」

 

付き合いが在れば違うが、初見では烏を白いと言っても信じさせかねないと。

離れた席で地元の蒸留酒を傾けながら、ハジャルとマルジャーンが感想を述べる。

 

杯に入っている代物は、餅新米酒(ネプモイ)

 

糯米を茴香と桂皮を混ぜた麹で醗酵させ、蒸留した酒である。

木の実の様な香ばしさと桂皮の甘い香りの香る、それなりに癖が在る酒であった。

 

「癖が強いから、いっそ割らない方が良いかもしれんな」

「私は氷を入れておくわ、せっかくアルちゃんが作ってくれたんだし」

 

などと簡単に評しながら、くいくいと杯が傾けられる。

ちなみに酒精は40%近い。

 

そして呑酒妖怪がその正体を晒し出した頃に、少女に問い掛ける者が在った。

 

それなりに身なりの良い青年で、帝国銅貨を携えて聞く。

この金銭は、税として払うべきか神に捧げるべきかと。

 

税と言えば自らの神威を下に置き、神と答えれば帝国への反逆と採れる。

街に訪れた人を魅了する神族に危機感を抱いた、役人か何かであるのだろう。

 

「その貨幣に書かれている顔は、誰だったかな」

 

アルフライラは、特に考える素振りも見せずに別の問いで返す。

 

「初代皇帝、アルマーザ1世陛下ですな」

 

そして答えを得て、改めて問われた内容に答えを返した。

 

「ならば皇帝の物は皇帝に、神の物は神の望む様に返しなさい」

 

素晴らしく剽窃であったが、指摘出来る者はもはや地球上に存在しない。

 

かくして思わずと口を開け、されど言葉を発する事が出来ない役人。

その様から視線を外し、聴衆に向かい言葉を続けた。

 

「生きて、世を成り立たせることは大事」

 

人ならざる美貌の少女が、透き通るような声で告げる。

 

「しかし、自らの心までも誰かに委ねるのは止めておけー」

 

賽銭が舞った。

 

「アルちゃん気付いてなさそうだけど、狂信者を量産してるわよね」

 

炭火で殻ごと焼いた玉子を割りながら、マルジャーンが遠い目をした。

 

本神的には、どこかで聞いた様な事を適当に並べているだけである。

 

しかしその発言は聞く者にとって、誰も聞いた事が無い尊い言葉であり、

神威が支配する領域に於いては、恐ろしいほどに絶大な説得力を持つ。

 

かくして適当な言葉は雑に聴衆に投げかけられ続け、賽銭は積み上がっていき、

気が付けば数多の聴衆は跪き、自分は真なる神に出会えたと滂沱に嗚咽している。

 

さりげなく先ほどの役人も混ざっていた。

 

「お、コッチの焼き玉子は中身が半熟じゃ」

「うわ、良いの引いたわね、どこの屋台よ」

 

そんな少女の自業自得より酒の肴の方が大事と、放置を決め込む妖怪2匹。

 

殻ごと炭火で焼いた玉子は、茹で卵の様にタンパク質を硬化させつつ、

同時に水分を失い続け、やたら歯応えの強い玉子と言う酒の肴として完成する。

 

そして炭から遠く、弱火で時間をかけてじっくり焼けば半熟を維持できたりもする。

 

「今はもはや悔やむ時ではない、汝、猫が在る内に猫と共に歩むのだ」

 

もぎゅもぎゅと玉子を齧り、酒で洗いながら2匹がカルトの現場に視線を戻した。

 

「さりげなくトンチキな内容を混ぜ込みにいってるわよ」

「もはやカリスマの暴力じゃな」

 

しばらくして、サフラが訪れ本尊の首根っこを引っ掴んで集会はお開きと成り、

いつもの面子の机に戻れば、呑酒妖怪組は完全に出来上がり後始末の時間。

 

終わる頃には宿の主が杯を持ってきて。

 

「そう言えばジャマールたちはどこ行ったんだ」

「森人の組合と交渉に行ってるよ、日暮れまでには帰るって」

 

地麦酒を飲みながらの会話。

 

「ここの麦酒、何か凄く軽い」

「水代わりに飲んでいる土地だからな」

 

何にせよ最終的に、千夜神殿への参拝客は増えたらしい。

 

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