砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-04 故人の栄光

 

からころんと音がする。

 

ジャマールとタサウブは宿泊客にと出された浴衣、布を前で交差する衣服を羽織り、

木底に鼻緒が付いた靴を履いて、底を鳴らしながら渓谷の観光通りを歩む。

 

森人の村には温泉が在り、観光と湯治の客を持て成す造りになっていた。

それらは渓谷を挟み分けられており、対岸には湯治目的の貴族などが行き交っている。

 

「何で分けられてるんだろうね」

「単純明快、伝染されたら困るからですよ」

 

湯治とは文字通り、湯に因る治療行為である。

 

先史にてアルフライラが生きていた頃には既に形骸化していたが、

森人の住むこの地では、本来の意味のまま変わる事無く使われている。

 

「温い湯につかるだけで病気なんて治るのかな」

「用途違い、対岸の湯は観光目的のこっちと違って高温ですよ」

 

高温の湯に長時間浸かり、短い休憩を入れてまた浸かる。

日に幾度もそれを繰り返すのが湯治であり、入浴とは聊か趣が異なる行為であった。

 

それはつまり、身体頑健なる若者ですら時として生命を落とす荒療治。

 

その結果として得られる利点は、身体毒素排出など様々な物があげられるが、

中でも特筆すべき事例としては、梅毒治療が存在する。

 

高温に曝され極端に上げられた体温は、体内の梅毒トレポネーマを駆逐する。

先史の江戸時代日本でも、湯治に因る梅毒の完治例が記録に残されていた。

 

からころと歩み、まだ幼さが残る相方にどう説明するかと詩神が悩んでいれば、

前方の茶屋の軒先に、板の上へ倒れ伏す絶世の美少女の死体が転がっている。

 

「…………」

「…………」

 

安定のアルフライラに、1柱と1人は言葉も無い。

 

見れば軒先には招き猫の焼き物が置かれ、少女の太ももに三毛猫が首を乗せている。

ジャマールが真面目な顔のままで猫に腕を伸ばせば、すぱっと毛玉は逃げ出した。

 

静寂の中、少し泣きそうな気配を漂わせる緑髪の詩神。

 

「いやだから、高いところから手を伸ばすのは止めなさいって」

 

蘇生したアルフライラが呆れ半分の声を出せば、茶屋の席に座り落ち込む妹。

そして軒先に作られた縁台に1柱と1人が座れば、姉は素直に店へ注文を入れた。

 

「おねーさん、冷や猫水3つー」

「あいよー」

 

割烹着にエプロンを付けた茶屋娘は、軽く焼けた肌に長い耳を持っていて、

両手にくるくると3つの器を回しながら、はいお待ちと元気よく品を渡してくる。

 

涼し気な錫の器に入っているのは砂糖水、白玉と猫の顔の形の氷も入っている。

 

「贋作礼賛、逃げないので癒されます」

「えっと氷って、これお高いんじゃ」

 

何ともな反応をしている様に、器を傾けながらアルフライラは応えた。

 

「意外と『リーズナブル』、いや良心価格」

 

次いで、茶屋娘も返答に乗っかる。

 

「森人は只人よりも法術に向いていますからね、小さい氷ぐらいなら余裕ですよ」

 

アルちゃん様に頂いた猫氷型で作りまくりですよなどと笑って言う向こう側、

茶屋と書かれた幟にいつの間にか千夜と書き足されている。

 

「邪教徒がまた増えてるッ」

「やはり気が付けば邪神扱いされている件」

 

思わず目を逸らした創世神の、視界に入るのは渓谷沿いの観光通り。

 

と、泥人。

 

半裸を白く乾いた泥でくまなく覆い、粘土の顔を被り肩に天秤棒を担ぐ。

わてぃあ、わてぃいあぁなどと無駄に奇麗な声で棒手振りをしていた。

 

「うーん、混沌」

 

声に気付いたのか、泥仮面がぐるりと回転しアルフライラの方を向く。

粘土の仮面越しに、何故か視線が交差したのがわかる。

 

―― 村長はワティアに切れ込みを入れた

 

左右にゆらゆらと揺れながら茶屋に近づいてくる泥人。

気が付けば周囲に泥人が集まり、滔々と謳う様に言葉を紡ぐ。

 

―― 村長はワティアに塩を振り酪を乗せた

 

泥人の輪は段々と狭まり、茶屋の表に圧力を増していく。

 

―― 村長はワティアに乾酪を乗せ炙った

 

謳いながら天秤棒に吊るした鉄底の盥を覗かせる白い売り子。

中には数多の芋が焼けた石の上に転がっていた。

 

これは何かと聞けば、仮面越しのくぐもった返答。

 

「穴竈に焼き石で(ワティア)蓋をした蒸し焼きの芋(ワティア)

「ちゃうちゃうちゃうんちゃうかな」

 

調理法と料理名が同一の石蒸し焼き芋である。

 

「とりあえず3個なう」

「銅貨1枚と銅片2つ、帝国銅貨なら1枚で村長好み」

 

深く考えずに帝国銅貨を出した少女の前で、泥人は蒸し焼き芋を3つ取り出す。

そして十字に切れ込みを入れ、塩を振り酪を乗せ、薄切りの乾酪で覆う。

 

次いで空いた手に法術を起動し、生じた炎で軽く炙り乾酪を焦げ溶かした。

 

全て終わり、左右にゆらゆらと揺れながら立ち去る泥人棒手振りを見送りながら、

受け取った塩バタ芋チーズを妹たちに無言でぽいと渡す長女。

 

何か凄く納得いかない様相の1柱と1人は、乾酪が焦げ芳ばしい芋に買収され。

 

「美味礼賛、村長とやらは美食家ですね」

「普通に美味しいけど、やっぱり何か凄く納得いかない」

 

そんな事を言いながら、冷や猫水片手にほくほくと芋を食べ進め、

むにりと芋に乗った乾酪を口で伸ばしながら、アルフライラはしみじみと語った。

 

「これは、技術が進歩しないわけだね」

 

森人族は、個人で出来る事の範囲があまりにも広すぎる。

只人より不便と言う物が乏しい環境では、文明の進歩は著しく阻害されるだろうと。

 

「まあ、だから帝国との縁が大事になってくるのです」

 

創世神の何とは無い感想を、拾った返答が在った。

 

羽根飾りを被り、全身に紋様を書き込んだツアーの案内役兼中居の長耳女性。

いつのまにか茶屋に訪れ、茶屋娘から冷や猫水を受け取っている。

 

「高原住みは聞く耳持ちませんが、私たちは村長のおかげで只人の理解が進みました」

 

いまだ熱気の残る昼下がりに、冷たい砂糖水を片手に案内役女史は語る。

故に理解できたと、神に見限られた緑の民、その立ち位置の不安定さを。

 

語りながら、少し付き合ってほしいと誘われ2柱1人は店を後にした。

 

観光通りを少し登り、脇道から入る先には切り開かれた土地。

村民が住む居住地区、そして田畑。

 

木造、石造の建物は数が少なく、村の有力者の住居と説明され、

大多数の家は葦を括って、それっぽい形に作られて大地に置かれている。

 

葦を纏めて作った柱に、葦を並べた壁を置き、その上に葦を括った屋根を置く。

或いはテントの様に、並べ括った葦の布を三角錐に丸めるなど。

 

そしてたまに、何とも言えない異形も混ざっている。

 

「無駄に芸術性が高い」

「時折異様、センスが爆発してますね」

 

「何と言うか、貧村によくある光景だけど涼し気で清潔そう」

 

当たり障り無い感想に軽く頬を緩めた案内役は、歩みながら言の葉を紡いだ。

 

「古今東西、亡国の民などは非人として貶められるものです」

 

諸王国時代から帝国に至るまで、幾つもの国が失われ様々な形で吸収されてはいた。

しかし何ともならず、亡国のまま放置された民も少なからず存在していたと。

 

帝国の民では無く、しかし寄るべきあても無い。

 

「今も各国の貧民街で奪われ続けたり、汚れ仕事しかできない非人階級ですね」

 

そしてそれは現状の森人に近く、やがて訪れる未来の姿でもあると。

 

「今の私たちに無く、そして必要なのは、森人が人間であると言う保証の裏付け」

 

故に森人村は存在価値を帝国に認めさせ、属国としてでも国として認められたいと。

 

「豚人の様にかな」

「まさに奇跡ですね、しかしそれは不可能では無いと言う事」

 

アルフライラの簡単な問いに、意思を込めた返答が在る。

ジャマールは静かに目線を遠くに置き、相方ともどもに無言のまま。

 

「だけど神の加護は要らないと」

「私たちが望み続け、只人村長が道を示して下さいました」

 

本題の周囲を回る様な会話に、釘差しの意図。

 

「殉じるならば、縁も所縁も無い神よりも彼に殉じたい」

 

気が付けば周囲は田畑に移り、開かれた土地に涼し気な秋風が疾る。

実りを迎えた稲穂は風に揺れ、黄金の海原をさざ波の如くに揺らす。

 

【挿絵表示】

 

時折に在る木杭の上には蜻蛉が遊び、案山子と共に過ぎ去った夏を偲んでいた。

 

「何とまあ見事な田んぼ」

「かつての村長の執念の成果ですよ」

 

実は自分が幼い頃にはまだ存命だったのですよと続き、思い出話がひとつ。

 

必死で開墾し作った田園と、青の神国から土を買ってまで作った小さな大豆畑。

そうやってついに東方食材、大豆醤油と味噌と短粒米を手に入れる事が出来たと。

 

「味噌と醤油を入れて茹でた大豆を米粉の生地で包んで出したら、崩れ落ちましたね」

「それは許されざるよ」

 

肩透かし度合いが殺人的だったらしい。

 

今一つ理解が及んでいない妹と相方の様相と裏腹に、話が通じた事を喜ぶ森の人。

 

「村長さん、慕われていたんだね」

「それは間違い無く」

 

涼風が畦道を過ぎる。

 

「貴女たちは、何のためにこの地を訪れたのですか」

 

突然の本題は、2柱に向けて。

 

「観光」

 

間髪入れずに何の躊躇いも無く断言する千夜神。

対して吟遊詩神は、少し考えた様子を見せてから口を開いた。

 

「懸念解消、私も観光ですよ」

 

どこか胡散臭い微笑みのまま、緑の大神はそう答えた。

 

問うても答えないかと、森人の疑念の眼差しを悪神邪神の2柱は余裕で躱し、

だから良い感じの観光名所とか無いのかなと、平然と問い掛ける図々姉妹。

 

「そう言えば密林の少し奥に、湯が沸いている小さな小屋があります」

 

「秘湯か、わかっていすぎて好感度が鰻の様に登るだよ只人村長」

「残念無念、生前に逢ってみたかった」

 

「聞くだけで、ちょっと特別感があるかな」

 

そんな微妙な空気は、称えられた村長の名誉の前にはいつしか消え去って、

アルフライラとタサウブは珍しい湯に盛り上がり、案内役を混ぜて姦しく。

 

「そうであって欲しいですね」

 

少し遅れて歩むジャマールの呟きは、誰にも拾われる事は無かった。

 

 

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