砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-15 精霊の加護

 

精霊は接続する。

 

精霊は検索する。

 

―― 個体名タサウブ 脅威度低

 

幼子が2人、遊んでいる。

 

石造りの街、石畳の上、温かな日差しの中に建物は輝き、路地裏は冥い。

行き交う人々の狭間、建物の前の隙間で小枝を振り回し小冒険に興じる姿。

 

赤金の髪を後ろに括る少女と、金の髪に黒いリボンを獣の耳の様に立てた少女。

 

「だから私は、大きくなったらハディヤと一緒に冒険するのッ」

 

たまたま通りすがった、緑髪の吟遊詩神に力説していた。

ハディヤと呼ばれた少女は、眠そうな顔でコクコクと適当に頷いている。

 

彼女の父は、遍歴料理人にして名うての冒険開拓者。

 

母親の計らいか家庭内での地位は高いが、不在がちの父親に周囲の評価は微妙である。

それ故に娘に対する同情は在り、善意の言葉が常に彼女を苛んでいた。

 

現実を見ろ。

 

開拓者なんて阿漕な商売に憧れるな。

 

せっかく街の中に住める身分なのに。

 

幼子の将来を案じた忠言の数々は、夢を抱く彼女を否定し続け。

その日も心在る言葉に打ちのめされた結果、絡まれた通りすがりの詩神は良い迷惑か。

 

「大志を抱く、まあ悪い事ではありませんよね」

 

五弦を爪弾きながら涙目の少女をあやし、なら今やるべき事はなどと適当に語る。

まずは何よりも基礎体力が必要だから走り込みをしなさい、などなどと。

 

 

『ジャマールさんだけは私の夢を一度も否定しなかった』

 

 

―― 契約者アスファル 脅威度中

 

その日の村は暗く、誰しもが無言で俯いている。

曇天に軽く降り出した水滴は、森人たちの涙雨であったのか。

 

葬儀の席、只人であった彼を見送り跡を継いだ長が語った。

 

我らはしばし、精霊様の加護を頼ると。

 

森人が古くより望み続け故人が生涯を捧げた、種族自立の意志を否定し後退する宣言。

そんな内容に食ってかかる娘に、父親は穏やかな声で語った。

 

「今の我らには、いまだ物事の決定を納得させる力が育っていない」

 

社会性に於いて長命種族の欠点としてあげられる事例。

物事が過去に、歴史に変わるのに只人よりも遥かに長い時間がかかると。

 

「村長が言うのならば仕方ない、英雄が望むのならば仕方ない」

 

その様な意思決定の強権を持たない状態では、行動の度に溜まる物が在る。

割を食う物、負担の増える者、意思を否定された者、様々な形の不満が。

 

そしてそれは只人よりも深く長く村に残り続け、積み重ねられていく。

 

只人村長ですら完全には解消できなかった問題は、ただの長には荷が重過ぎる。

 

「精霊様の意志ならば仕方ない、今はまだそう言わせる必要が在るのだ」

 

そして長は父親の顔をして、娘の頬を撫でて言葉を紡いだ。

 

「だからアスファルよ、お前が手に入れなさい」

 

厳格な法かもしれない、英雄かもしれない、今は無いそれを森人の中に受け入れ、

種族を成長させ、いつか精霊の加護を必要としない日を迎えるためにと。

 

 

『私たちは前に進む、例え幾度後戻りを余儀無くされようとも』

 

 

個体名ワヘル 脅威度高

 

高原に佇む長耳の長が、傍らの只人に語り掛ける。

 

「地虫どもが合流次第、帝国などと名乗る忌まわしき蛮族どもを討ち滅ぼす」

 

ついにこの時が来たと気色満面の高原森人と、眼力の死んだ黒髪の若者。

 

「そうすればナハース様が、我らを銅の民として迎えてくださるのだよな」

 

その通りですよと、感情の無い言葉で答える青年の向こうから、

先日より伝令にと走らせていた森人の青年が駆け寄ってきた。

 

「地虫どもは何故か承諾しませんでした」

「何故だ、我らの肉壁になれるのだぞ」

 

我らに尽くす栄誉に涙を流し感激するところだろうと、

森人村の返答を理解できない高原の長。

 

そんな見世物染みた会話を聞かされ、顔に呆れの色を乗せた青年は席を外す。

向かう先には鋼、色彩豊かな色に染められた複数機体の狭間に歩んだ。

 

「ああ、黒も住み辛かったがここも馬鹿過ぎる」

 

零した言葉に足音が重なり、軽く振り向けば駆け寄ってくる長耳の少女。

白い肌に長い髪を持ち、背に靡く髪は日差しを受けて金色に輝いていた。

 

「お兄さんお兄さん、外から来た人なんだよね」

 

そして身体を寄せ、高原の外の世界の事を聞かせてほしいと強請る。

父には禁じられているが、自分は好奇心が止められないと。

 

「うぜぇ」

 

青年は一言だけを零し、その手に持った小剣の刃を少女の首に突き立てた。

長い耳の少女は口を開いたまま止まり、眼球がぐるんと白目に回る。

 

「殺しは駄目だが、うぜえのを処理できたんだ、許されてしかるべきだよな」

 

そう言いながら、生者から死体へと変貌した肉の塊を掴み機体の中に放り捨てる。

機体の扉を閉め、肉体に残留している霊素と魔素を搾り取った。

 

高原に持ち込んだ偽典アルコーンはこれまでの物とは違い、

その燃料を搾取する速度が著しく遅く、しかも途中で止まる。

 

それ故に絞り切るまで傍で操作し、何度も命令を重ねないといけない。

 

「こうやって地道にこつこつやっていたら、段々と生活も良くなるのかね」

 

かくも不具合が多発している有様に、本拠の口だけ穴居人がと呪いの言葉を重ねた。

 

 

『俺はただ、平穏にのんびりと生きたいだけなのに』

 

 

―― 高位素体アフ ア ジャマールさんとアルちゃん様 脅威度3日前の鶏肉

 

吟遊詩神は雪と氷に閉ざされた、霊域の山奥に向かったんだ。

霊域の山奥に住む、山猫獣人の支族を可愛がるつもりだった。

 

小山(マヌル)猫族の猫団子支族をよぉ。

 

山に入って十日過ぎ、えりゃあ吹雪に逢った。

そのまま、行き倒れるところだ。

 

雪の中で倒れちまった、へへ、だがジャマールはたすかった。

 

気が付いたら、千夜教徒の洞穴に居ったげ。

彼らは猫を愛でる練習をしとった。

 

そして詩神も、猫を愛でる術を覚えた。

 

「おろろんちょちょぱぁ」

「ひゃはははぁー」

 

それから3か月、ジャマールは教団のボスになった。

 

それが第一歩だ。

 

彼女が彼らのボスに相応しい格好をする事になったと思ってちょうだい。

 

今は詩神の手下になった千夜教徒がよお、ボスのためにって、

邪神の下賜品を使って偉ゃあ衣装を造ってくれた。

 

そして最後に仮面を造ってくれた。

 

 

『鉄より硬くて丈夫な、錻力で造ってくれたもんなぁ』

 

 

防壁の侵蝕を確認。

 

回線切断。

 

 

森人村、千夜茶屋の店先で板神は涼んでいる。

何故か錻力製の悪魔博士仮面を被り、杯を傾けていた。

 

「錻力だぞお前ぇー」

 

無駄にムッシュムラムラな謎発言を零しながら、蒸留酒の猫氷水割りを呑み進める。

 

葡萄酒(ピスコ)、森人が古都より仕入れている蒸留酒である。

 

諸王国時代、青の古都周辺ではワインが王侯貴族に限定した飲料であり、

それ以外の階級に対しては飲む事はおろか、造る事すら許されなかった。

 

なので葡萄を醗酵させ蒸留した、ワインでは無い葡萄酒が造られる様になる。

 

古都の方では複数回蒸留された物が好まれるが、森人村では単式蒸留が好まれていた。

比較すれば酒精は弱く、しかし蒸留回数の少なさはその液体に色濃く葡萄の気配を残す。

 

氷に閉じられながらも、爽やかさの中に踊る甘みは決して失われる事が無く、

創世神の湯上りの火照った身体を、心地よく冷やしながら喉を滑っていた。

 

「仮面感染、何やってるんですか姉さん」

「宇宙忍者は素早いぞー」

 

結構回っている。

 

仮面装着が感染したかの様な姉の有様に、訝し気な言葉を投げた妹は困惑を積む。

そしてそのまま縁台に座り、同じ物をと猫氷水割りを茶屋娘に頼んだ。

 

やがて錫の器が届き、受け取り礼以外には特に言葉も無く、姉妹は静かに酒を進めた。

 

「油断大敵、何だかんだ蒸留だけあって酒精が強いですね」

 

醸造酒が主体の森人村だが、たまに古都から葡萄酒が入荷される、された。

かくして古都以来の蒸留酒だと喜ぶ妖怪2匹と、巻き込まれた被害者2名。

 

「機会覿面、相方は一度で倒れました」

「ウチも全員潰れて、と言うか潰れるまでやらかしてた」

 

入浴飲酒コンボ、エンドレス耐久である。

 

そして出来上がった酒精漬けの死体は宿の部屋に転がされている。

水を飲ませ、冷水に満たされた冠水瓶を枕元らしき位置に置いてからの放置。

 

結果として手持無沙汰な神が2柱、茶屋の軒先で涼んでいる塩梅であった。

 

「そういやジャマール、何で人の子と旅をしてんの」

 

姉さんもでしょうと返され、流れでと答えながらも首を捻る板の上の少女。

 

「いやむしろ、保護、されてる?」

「偏頭痛、それで良いのですか創世神」

 

軽く眉間を抑えながらジャマールは、まあ私の方はと簡単に理由を言葉にする。

 

「軽佻浮薄、幼い頃から知っているのとまあ、焚きつけた責任ですかね」

 

妹の言葉に、製造物責任から全力で逃避している最中の姉は目を逸らした。

 

「突然に姿を消した幼馴染を探しに行くとか、世界の果てまででも」

 

そんな酒精の混ざる声は会話と共に渓谷に消え。

傾いた器に猫の形をした氷が、からりと鳴った。

 

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