いつもの開拓者たちは、アスファル女史に案内されて密林を征く。
何故か茶屋娘も付いてきている。
昼なお冥き緑の闇は、そこかしこから虫の音や、原生動物の鳴き声が響き、
時折に越える河の支流は波一つ無い穏やかな水面で、静かに空の色を映していた。
「本流は流れが在って荒々しいのですが、支流だと大抵は静かなんですよね」
現地住まいの若長である彼女の説明に、そうなんだと特に疑わず受け入れる一行。
やがて巡り合った親切な巨人族に案内され、古代恐竜魚ガーギラスを撃退し、
血に飢えた人食い鋸刺鮭に襲われ、鮮血が散り、神秘の地底大洞窟を通り過ぎ。
探検隊、もとい開拓者たちは山猫族の集落へと到達した。
切り開かれた平野には幾つもの遺跡の残骸が転がり、その隙間に葦や木材の家が在る。
水回りは古代の水路がそのまま活用されており、周囲を山猫獣人が行き交っていた。
家猫族に比べればほっそりとした精悍な顔つきの猫獣人で、服を着ている。
「触毛が服に当たるのは気にならないのかな」
「まあそれは、幼い頃からの慣れですね」
首を傾げながらに零れた神の疑問に、来客を迎えた山猫の青年が素直に答えた。
白地に二色の斑が在り、胸元を空けタイを締める帝国式の正装を身に纏っている。
撫でて良い、駄目です、撫でて良い、駄目です。
無限の繰り返しに陥った神と猫人の対話は放置され、森人の若長は村長と話し、
茶屋娘はそこかしこの山猫族に話しかけ勧誘に勤しみ、開拓人は持て成された。
手持無沙汰な吟遊詩神が朽ちた石壁に座り五弦を鳴らす頃、全てに区切りが付き。
「神様、勧誘に成功しましたよッ」
喜色満面な茶屋娘が朗らかな笑顔で祀神に成果を報告し、新規従業員を紹介した。
祀られる神は、膝の上で贄に捧げられた山猫少女を撫でながら信者を称える。
「その調子で励むが良い良い良い」
「これで猫喫茶森人村千夜神殿茶屋、本格始動ですねッ」
気が付けば茶屋の文字数が、やたらと増えていた。
「何やっとんのじゃ、アルよ」
布教と答えつつ目を逸らす千夜神の有様は普段の通り。
やがてアスファルが老いた山猫と共に戻り、協定が結ばれた事を周囲に告げる。
過去の諍いを越え、少数民族として共に帝国に関わる方向性らしい。
宴席の場が整えられる中、そう簡単に恩讐を越えられるものかと開拓者の疑問に、
杯を持ちながら案内猫が応え、そこに茶屋娘ががのほほんと補足する。
「仲が悪かったと言っても、私の祖父の曽祖父あたりの時代の話ですから」
「まあウチのお爺とかは、いまだに山猫族の夜討ち焼き討ちに恨み骨髄ですけどね」
普段の一行も、駄目じゃねえかと口に出さない程度の礼儀は弁えていた。
話している内に陽は翳り篝火は焚かれ、気が付けば宴もたけなわ。
手拍子に葦笛の音が混ざり、回りながら踊る山猫たちが炎に照らされる。
男性は片腕に帽子を、女性は片腕に広がる服の裾を摘まみ、
空いた手に持った布を振りながら、音に合わせてくるくると回り続けている。
そして氷を配り終えた少女が席に戻れば、席にはハジャルしか残っておらず。
他の面々はと聞けば、杯を傾けながら篝火を指し示す。
見知った顔たちが酒杯を掲げながら、山猫に混ざりくるくると回っていた。
「犬狼のおかげで、獣人側から帝国に多少関わっておるらしいの」
酒精の強い物をと頼み、先日も口にした蒸留葡萄酒を舌に乗せての言。
ちなみにアルフライラとタサウブは、酒精の弱い
樹皮に蜂蜜を塗り水に沈め醗酵させる、山猫族の酒である。
「ああ道理で、アビヤドへの紹介状渡したら感謝していたわけだー」
樹皮の仄かな青臭さが呑み易いとも言いながら、神は嘆息した。
当然だが後に、小神の軽い口利き程度の認識だった山猫使節団は、
ペル・アビヤドで下にも置かぬ扱いをされて卒倒する事になる。
「悪酔防止、姉さんもそこの年齢詐欺も食べ物を腹に入れなさいな」
そこへジャマールが、小皿と大皿を持って訪れた。
乗っている料理は
刻んだ肉と野菜を入れて味付けした物であり、長粒の蒸し米の上に掛けられている。
「ふむ、森人の伝統とはまた違った味付けじゃのう」
小皿に分けられたそれを匙で掬いつつ、口にしたハジャルが素直な感想を述べる。
密林料理の味付けは塩と
「これは、猫喫茶の将来は明るい」
「ジャマール神よ、姉が何やら神がしてはいけない銭の顔をしておるぞ」
「何を今更、アズラクを仕込んだのは姉さんですよ」
何なら神代の発言が聖典として纏められ、青の神国で商業手本として流通までしている。
生臭い現実に天を仰ぐ人の横に、座り込み五弦を爪弾く詩神の苦笑。
そのまま響く手拍子に簡単に音を合わせながら、宵に埋まる石塊に視線を回した。
「古代森人文明の遺跡じゃな」
視線に気づいたハジャルが口にする、山猫村も遺跡を流用した集落なのだろうと。
珍しい話でも無く、実のところ森人村も土台部分は遺跡を流用している。
「奇麗で新しく見える方が古いんだっけ」
アルフライラの確認に、軽く頷くハジャル。
周囲に散見する遺跡には、在る物は崩れ苔生し蔦などが這い、在る物は汚れ一つ無い。
古代文明最初期と末期の技術格差は、遺跡と化した現在でも顕著である。
「古代森人が街を造り、一度滅びてまた造り、再度滅びたと言ったところかの」
「うわあ、壁の落書きまで奇麗に保存されてる」
視界を回した1人と1柱の言葉に、どうした物かと困惑を見せる吟遊詩神。
その中で見つけた落書きをアルフアイで望遠し、髪を板に噛ませるアルフライラ。
「尋ね神、生死問わず、偽神アフダル」
「姉妹揃って偽りの大神じゃったか」
遺跡の壁には、足で描いた様な雑な似顔絵と手配の文言が記されていた。
そしてジャマールは目を逸らし、口笛を吹きながら五弦を爪弾く。
「文明初期の時点で命を狙われてない」
「誤解述懐、それはただの馬鹿野郎の戯れです」
姉の疑念のジト目に、苦笑を零しながら釈明する妹。
「まあ現代の森人は完全に私の手を離れていましたから、残るはそういう所ですね」
終に詩神はそんな事を言い出したので、聞き手たちは先を促した。
しばらくの静寂、躊躇いの色が見える表情で、僅かに媚びた声色の言葉が紡がれる。
「森人聖域、ふ、封じられている旧神遺物を処分しないとなーって」
席の空気が凍った。
す、と真顔となったアルフライラは杯を傾け、静かな声で問い掛けた。
「何が在るって」
成り行きを見守る人の視界の中で、詩神は言われずと正座し怯えた顔で口を開く。
「は、禿鷹の腕輪です」
その言葉に、アルフライラは花が咲く様な可憐な笑顔を見せる。
しかし席の空気は凍り付いたまま、そろそろ永久凍土に至る頃合。
旧神遺物、禿鷹の腕輪。
神代にて、技術的危険指数がアイオーンと同格に置かれた完全廃棄指定の品目である。
笑顔の圧に耐えられず、廃品窃盗犯は必至の釈明を述べた。
「か、片方、片方しか残ってませんから、使えませんからッ」
「へえ、もう片方はどうしたの」
無くしたと恐々とした声色の返答に、手に入れた者が聖域を目指すのかなと優しい声。
夢が在るねえ、浪漫だねえと、神が微笑ましく言葉を紡ぐ度に、空気は重くなる。
「お前ごと処分して良いか、
僅かの情も見えぬ創世神の問い掛けに、五体投地で慈悲を請う緑の大神の姿が在った。