砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-07 古き青の契約

 

ぱたりと倒れる。

 

帰還し、山猫族との融和を祝う森人村の宴にてアルフライラが倒れた。

料理を口にした途端の話で、すわ毒か何かと騒ぐ周囲の人々と。

 

言うまでも無く、特に何も変わらず普段通りの面々。

 

「アルちゃん、今度はどうしたのよ」

 

板上で煙を吹く少女は、問い掛けたマルジャーンにそっと齧りかけの野菜を渡す。

蕃椒の如く赤く、青椒の如き形の焼き野菜の詰め物、溶けた乾酪が零れていた。

 

この地域特産の蕃椒に肉を詰めた物とのか細い声に、マルジャーンも軽く齧る。

 

ぱたりと倒れた。

 

「マ、マルジャーンが一口で倒れるじゃとッ」

「千毒不敗と笑っていたくせにかッ」

 

付き合いの長い男性陣も驚愕する事態に、俄かに席が騒がしくなった。

 

蕃椒の詰め物(ロコト・レジェーノ)、密林の蕃椒(ロコト)に刻んだ肉野菜を詰めて乾酪で蓋をする。

それを竈で焼き揚げたシンプルな代物であり、森人村の名物料理であった。

 

簡単に言えば、ピーマンの肉詰め唐辛子版である。

 

迂闊な犠牲者たちは修復の煙の中でのた打ちながら、生成した皿上の氷を口に含む。

頬袋を膨らませながら、板の上で死体と化して痛みが過ぎるのを待った。

 

密林蕃椒は栽培の場所や時期などによって辛さは変化するのだが、結局は辛い。

スコヴィル値で言えば、だいたい5万から30万を記録する代物である。

 

参考までに言えば、先史某カレーチェーン10辛は1200スコヴィルとなる。

中間の数字を採って例えれば、催涙スプレーを直飲みした様な物だ。

 

「『ロース岩』を直食いしそうな耳長を信用するべきではなかったー」

 

粘土仮面を半脱ぎで、美味いのにとか言いながらブツを齧る泥森人を見ながら。

 

やがて復活した創世神は、ふゆふゆと板を動かしながら途中でマルジャーンを捨て、

忙しげな厨房の端に混ざり、同様の食材を手に取り湯を沸かす。

 

種と綿を取った密林蕃椒を茹でて、茹でて、茹で続けた。

 

同時、時短手段と軽く挽いた肉と香菜に火を通し、馬芹主体に香辛料を振る。

混ぜ終われば茹で上がった蕃椒に詰め、乾酪を乗せて石竈に放り込む。

 

そして茹で汁を受け取り厨房を後にする森人に、眺めていたサフラが問い掛けた。

 

厨房の外で茹で汁なんかどうするのかと問えば、森人は笑顔で答える。

 

「虫除けや除草剤に使えるんですよ」

「食材から出てきて良い単語じゃねえ」

 

呆れ半分の言葉が響いてしばらく、焼き上がった蕃椒詰めは皿に並び。

 

「辛くて美味しい」

「これなら酒に合わせられるわね」

 

間を置かず、ジト目のままの女性陣が雪辱を果たしていた。

 

カプサイシンは脂溶性なので水には溶けないはずなのだが、

そんな理屈は知らぬとばかり、何故か密林蕃椒は茹でると辛さが抜ける。

 

おそらく、性質が青蕃椒や山葵に近いのであろう。

 

やがて宴もたけなわ、もそもそと呑み食いを続ける開拓3人と1柱の元に、

長い金の髪を後ろに流し、嫋やかな美貌を持つ着物の森人が近付いてきた。

 

「誰かな」

「アスファルです」

 

呆れ半分にわかっている事を問うた神に、素直に応えたのは若長。

 

身体中の紋様は入れ墨じゃなかったのかと驚く一同に、

季節や行事に合わせ、紋様を染料で書き込んでいるのですよと補足した。

 

その後ろから数人、詩神一行を含めてぞろぞろと付いてきて。

 

「結果報告、話は纏まりましたが難点がひとつ」

 

肩を竦めた妹神の言葉を、姉が訊ねる前に森人の長が口を開く。

 

大いな仮面が守る森人の聖域、案内しないなら勝手に行くと宣言した神々に、

薄らと正体を察した長たちは温和な方向で話を纏めようとした。

 

しかし古に結ばれた契約で、悪神は森を越えられなくなっていると。

 

「第三階位で締結された、アズラク様の名の元の契約なのです」

 

そう言って示されたのは、契約が彫り込まれた材質の分からぬ板。

 

森人族に古代より伝えられた、密林と契約した者たちの証。

それはアズラクの名が記され、魔素を通じ世界への強制力が発揮されている。

 

「何故に」

「麗しの姉妹愛、実は青の建国前後に互いに協力していた時期が」

 

アルフライラの問いに、もはや隠す気の無い返答のジャマール。

 

「残念無念、私は第四階位なので契約を終わらせられないのです」

 

同行を望んだ理由がこれかと眉間を抑えた姉に、これもですねと飄々の妹。

 

「さす姉希望、というわけでどうにかなりませんか」

「え、実は『ノープラン』だったのかな」

 

そしてあっさりと丸投げしてきた妹に、ジト目を向ける姉の非難。

 

何か案はと振り向いた少女が見た物は、呑み食いしている開拓者たち。

 

「神々の対話に只人は口を挟めふむ、その蕃椒詰めも辛さ控えめじゃと」

「せめて言い切るまでは頑張ってほしかった」

 

最悪、密林を直線に焼き尽くしてくれればと言う詩神の暴言に、

顔色を悪くする森人の長たちを置き、板の少女は重ねて訊ねる。

 

「そもそも、その階位とやらって何」

「1から13まで、私たちに割り振られた世界干渉の位階ですね」

 

答えたジャマールに、少し考えてアルフライラは頷いた。

 

「ああ、『魔素ネット』優先順位の番号割り振りか」

 

導かれた身も蓋も無い結論に、ふと妹が気が付く事があった。

 

「疑問、姉さんの番号は無いのに何故に私たちに優先されるのか」

 

システムに登録されていない立場からの世界接続の優先。

 

時折に容易く弟妹たちから接続を奪う姉の暴虐は、あまりにも滑らか過ぎて、

未登録の存在が外側から強制した命令にしては、負荷が無さすぎると。

 

「そこは、旧神(じじばば)の遊び心だね」

 

空いた席に新規に登録したとしても、最上位はラマディの第五階位のはずと、

口にされた妹神の疑問に、アルフライラは苦笑を零しながら応えた。

 

同時に、世界は接続されこの地がアルフライラの所有となる。

 

増幅された存在感は周囲の視線を集め、突然に大神へと変貌した眼前の少女に、

長の親娘たちは頬を引きつらせ、皆一様にその顔色を失い蒼白と化した。

 

変わらず呑み食いしているのは、開拓者たちだけである。

 

「疑問積載、やはり強制的に奪ったにしては負荷が無さすぎる」

 

そして人々の視線の中で、女神は契約の石板に指先を触れて宣言した。

 

「第零階位アルフライラの名に於いて、今ここに全ての契約の完遂を認める」

 

なんてね、と。

 

石板から光が零れ、密林に繋がっていた強制力が霧散する。

森人たちがその身に土地に、受けていた水神と精霊の加護も何もかもが失われる。

 

突然の事態に戸惑い、不安を顔に乗せて騒ぐ人々を置き。

 

こう言う事と振り向いて軽く笑った姉に、首を捻っていた妹は固まった。

 

番号は1からではなく0から始まっていた。

 

神代にてアルフライラの生存を確定させないための、爺婆の細工である。

 

「森人たちよ、大儀であった」

 

続けての言葉に気付いたように、長を始め森人たちが揃って膝を折り頭を下げる。

 

「古き契約は終わり、森人に改めて世界へと向き合う時が来た」

 

宣言は心に響き、森人たちは不安のままに僅かと顔を上げて女神を仰いだ。

村を守護する精霊の加護を霧散させた暴虐の少女は、優し気な笑顔のまま。

 

「密林に精霊の声を聞け、人々の夢よ聖地よりこの土地に降れ」

 

その手を長に、森人たちへと差し出して宣言する。

 

「さあ、新しい時代のために、今こそ新しい契約を結びに行こう」

 

差し出された手をとる長に、意味の分からぬままに快哉を叫ぶ村人。

それら全てを受け止め、深く頷いたアルフライラは改めて口を開く。

 

「ジャマールがなッ」

 

私がと驚愕する妹に、当然だろうがと返す揺るぎ無い姉の姿であった。

 

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