ぱたりと倒れる。
帰還し、山猫族との融和を祝う森人村の宴にてアルフライラが倒れた。
料理を口にした途端の話で、すわ毒か何かと騒ぐ周囲の人々と。
言うまでも無く、特に何も変わらず普段通りの面々。
「アルちゃん、今度はどうしたのよ」
板上で煙を吹く少女は、問い掛けたマルジャーンにそっと齧りかけの野菜を渡す。
蕃椒の如く赤く、青椒の如き形の焼き野菜の詰め物、溶けた乾酪が零れていた。
この地域特産の蕃椒に肉を詰めた物とのか細い声に、マルジャーンも軽く齧る。
ぱたりと倒れた。
「マ、マルジャーンが一口で倒れるじゃとッ」
「千毒不敗と笑っていたくせにかッ」
付き合いの長い男性陣も驚愕する事態に、俄かに席が騒がしくなった。
それを竈で焼き揚げたシンプルな代物であり、森人村の名物料理であった。
簡単に言えば、ピーマンの肉詰め唐辛子版である。
迂闊な犠牲者たちは修復の煙の中でのた打ちながら、生成した皿上の氷を口に含む。
頬袋を膨らませながら、板の上で死体と化して痛みが過ぎるのを待った。
密林蕃椒は栽培の場所や時期などによって辛さは変化するのだが、結局は辛い。
スコヴィル値で言えば、だいたい5万から30万を記録する代物である。
参考までに言えば、先史某カレーチェーン10辛は1200スコヴィルとなる。
中間の数字を採って例えれば、催涙スプレーを直飲みした様な物だ。
「『ロース岩』を直食いしそうな耳長を信用するべきではなかったー」
粘土仮面を半脱ぎで、美味いのにとか言いながらブツを齧る泥森人を見ながら。
やがて復活した創世神は、ふゆふゆと板を動かしながら途中でマルジャーンを捨て、
忙しげな厨房の端に混ざり、同様の食材を手に取り湯を沸かす。
種と綿を取った密林蕃椒を茹でて、茹でて、茹で続けた。
同時、時短手段と軽く挽いた肉と香菜に火を通し、馬芹主体に香辛料を振る。
混ぜ終われば茹で上がった蕃椒に詰め、乾酪を乗せて石竈に放り込む。
そして茹で汁を受け取り厨房を後にする森人に、眺めていたサフラが問い掛けた。
厨房の外で茹で汁なんかどうするのかと問えば、森人は笑顔で答える。
「虫除けや除草剤に使えるんですよ」
「食材から出てきて良い単語じゃねえ」
呆れ半分の言葉が響いてしばらく、焼き上がった蕃椒詰めは皿に並び。
「辛くて美味しい」
「これなら酒に合わせられるわね」
間を置かず、ジト目のままの女性陣が雪辱を果たしていた。
カプサイシンは脂溶性なので水には溶けないはずなのだが、
そんな理屈は知らぬとばかり、何故か密林蕃椒は茹でると辛さが抜ける。
おそらく、性質が青蕃椒や山葵に近いのであろう。
やがて宴もたけなわ、もそもそと呑み食いを続ける開拓3人と1柱の元に、
長い金の髪を後ろに流し、嫋やかな美貌を持つ着物の森人が近付いてきた。
「誰かな」
「アスファルです」
呆れ半分にわかっている事を問うた神に、素直に応えたのは若長。
身体中の紋様は入れ墨じゃなかったのかと驚く一同に、
季節や行事に合わせ、紋様を染料で書き込んでいるのですよと補足した。
その後ろから数人、詩神一行を含めてぞろぞろと付いてきて。
「結果報告、話は纏まりましたが難点がひとつ」
肩を竦めた妹神の言葉を、姉が訊ねる前に森人の長が口を開く。
大いな仮面が守る森人の聖域、案内しないなら勝手に行くと宣言した神々に、
薄らと正体を察した長たちは温和な方向で話を纏めようとした。
しかし古に結ばれた契約で、悪神は森を越えられなくなっていると。
「第三階位で締結された、アズラク様の名の元の契約なのです」
そう言って示されたのは、契約が彫り込まれた材質の分からぬ板。
森人族に古代より伝えられた、密林と契約した者たちの証。
それはアズラクの名が記され、魔素を通じ世界への強制力が発揮されている。
「何故に」
「麗しの姉妹愛、実は青の建国前後に互いに協力していた時期が」
アルフライラの問いに、もはや隠す気の無い返答のジャマール。
「残念無念、私は第四階位なので契約を終わらせられないのです」
同行を望んだ理由がこれかと眉間を抑えた姉に、これもですねと飄々の妹。
「さす姉希望、というわけでどうにかなりませんか」
「え、実は『ノープラン』だったのかな」
そしてあっさりと丸投げしてきた妹に、ジト目を向ける姉の非難。
何か案はと振り向いた少女が見た物は、呑み食いしている開拓者たち。
「神々の対話に只人は口を挟めふむ、その蕃椒詰めも辛さ控えめじゃと」
「せめて言い切るまでは頑張ってほしかった」
最悪、密林を直線に焼き尽くしてくれればと言う詩神の暴言に、
顔色を悪くする森人の長たちを置き、板の少女は重ねて訊ねる。
「そもそも、その階位とやらって何」
「1から13まで、私たちに割り振られた世界干渉の位階ですね」
答えたジャマールに、少し考えてアルフライラは頷いた。
「ああ、『魔素ネット』優先順位の番号割り振りか」
導かれた身も蓋も無い結論に、ふと妹が気が付く事があった。
「疑問、姉さんの番号は無いのに何故に私たちに優先されるのか」
システムに登録されていない立場からの世界接続の優先。
時折に容易く弟妹たちから接続を奪う姉の暴虐は、あまりにも滑らか過ぎて、
未登録の存在が外側から強制した命令にしては、負荷が無さすぎると。
「そこは、
空いた席に新規に登録したとしても、最上位はラマディの第五階位のはずと、
口にされた妹神の疑問に、アルフライラは苦笑を零しながら応えた。
同時に、世界は接続されこの地がアルフライラの所有となる。
増幅された存在感は周囲の視線を集め、突然に大神へと変貌した眼前の少女に、
長の親娘たちは頬を引きつらせ、皆一様にその顔色を失い蒼白と化した。
変わらず呑み食いしているのは、開拓者たちだけである。
「疑問積載、やはり強制的に奪ったにしては負荷が無さすぎる」
そして人々の視線の中で、女神は契約の石板に指先を触れて宣言した。
「第零階位アルフライラの名に於いて、今ここに全ての契約の完遂を認める」
なんてね、と。
石板から光が零れ、密林に繋がっていた強制力が霧散する。
森人たちがその身に土地に、受けていた水神と精霊の加護も何もかもが失われる。
突然の事態に戸惑い、不安を顔に乗せて騒ぐ人々を置き。
こう言う事と振り向いて軽く笑った姉に、首を捻っていた妹は固まった。
番号は1からではなく0から始まっていた。
神代にてアルフライラの生存を確定させないための、爺婆の細工である。
「森人たちよ、大儀であった」
続けての言葉に気付いたように、長を始め森人たちが揃って膝を折り頭を下げる。
「古き契約は終わり、森人に改めて世界へと向き合う時が来た」
宣言は心に響き、森人たちは不安のままに僅かと顔を上げて女神を仰いだ。
村を守護する精霊の加護を霧散させた暴虐の少女は、優し気な笑顔のまま。
「密林に精霊の声を聞け、人々の夢よ聖地よりこの土地に降れ」
その手を長に、森人たちへと差し出して宣言する。
「さあ、新しい時代のために、今こそ新しい契約を結びに行こう」
差し出された手をとる長に、意味の分からぬままに快哉を叫ぶ村人。
それら全てを受け止め、深く頷いたアルフライラは改めて口を開く。
「ジャマールがなッ」
私がと驚愕する妹に、当然だろうがと返す揺るぎ無い姉の姿であった。