砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-08 伝説の黎明

密林を抜けた秋風が訪れ、仕舞い忘れた軒先の風鈴が鳴った。

 

濃い緑に隣接した湯の元とは言え渓谷の秋、物陰ともなれば涼し気で、

遠く鳥獣の声が届く茶屋に、湯上りのアルフライラが涼んでいた。

 

板の上で浴衣を纏った少女が、団扇でぱたぱたと胸元を扇ぐ。

 

森人村と契約していた精霊の加護は失われ、アフダルへの封印は解かれた。

かくして精霊の森を抜け、断崖を越え、高地に在る森人の聖地を目指す前。

 

高地を踏破するための装備を整える段階である。

 

携行食、防寒具、登山靴、携帯燃料などなど、急遽必要になった必需品。

それらを整えるために森人の倉を開け、商人との交渉なども行われているが。

 

板で全てを賄えてしまうアルフライラは、何もやる事が無いのである。

 

何も、やる事が、無いのである。

 

なので朝寝朝酒朝湯とたるみ切った早朝を過ごし、良い気分の所に出された朝膳、

白米と味噌汁に香の物、鋸刺鮭の塩焼きなどと言ったご機嫌な朝食を終えた塩梅。

 

再度入り直した湯上りに、茶屋で涼んでいる午前の邪神であり。

 

茶屋の軒先で行き交う人を、山猫獣人店員の客あしらいを眺めながら、

冷えた醸造林檎酒の杯を片手に、分けて貰った香の物(オココ)をポリポリと齧る。

 

南蛮黍酒(チチャ)同工程の林檎酒(チチャ・デ・マンサーナ)、呑み頃のそれの酸味は林檎の物で、

醗酵が進み生まれる酸味とは違い、林檎独特の爽やかさを備えている。

 

肴の漬物(オココ)は未成熟の蕃瓜樹(パパイヤ)を漬けた物で、紅の木(アチョーテ)の種子で赤く染められていた。

 

アルフライラは目を閉じて、内心にこれはカリカリ梅だと念じながらポリポリと齧る。

結論として、頑張っていろいろな事を無視すれば何となくそんな気がしない事もないと。

 

かの只人村長が、必死に梅干しを再現しようとしたお香子(オココ)の苦難を実感した。

 

そんな絵画の如き軒先の美少女神の在り様、題を付けるならば身代潰しの女神の脇、

茶屋の席では何故か、高価そうな浴衣を纏う貴族らしき人間たちが一喜一憂をしている。

 

また猫だ、また黒猫ですか、いや三毛猫だなどと騒がしい。

 

「旦那様もう無理です、入りませんッ」

 

礼服を纏った山猫店員に茶を注がれながら、お付きの者らしい老人が主人に訴えた。

言われた主ともども、横には空いた杯が積み重ねられ山となり。

 

「ここで引けるかッ、通行人よ好きな茶を頼め私の奢りだッ」

 

店先を通りすがる観光客相手に、お大尽に宣言する。

 

その言葉を受け、ちらほらと招かれた奢られ客が茶屋の席を埋めていき、

終に大尽貴族が片腕を挙げて、勝利の雄叫びを店内に響かせた。

 

「引けたぞおおおおぉ、獣神キッタ・アビヤド様だああぁッ」

 

歓声と喝采が店を包む。

 

飲み物1杯ごとに1枚渡されていた、乾いた葉に包まれた紙の札。

千夜札と名付けられた多色刷りのトレーディング小版画、レア獲得であった。

 

レアカード封入率はだいたい、100枚に3枚ぐらいの割合になっている。

 

山猫執事喫茶千夜神殿茶屋の新商売であり、茶屋娘の父親が趣味で漉いている厚紙に、

絵心のある吟遊諜報員に描かせた似姿を、多色刷りに凝っている幼馴染に刷らせて。

 

それをそこらの子供に小遣いを握らせ、中身がわからない様に葉で包ませた代物。

 

祀神からの提案を受けた神殿長兼茶屋娘店長は、銭の華の香りがしますぜげへへと、

ちょっと人に見せられない様な笑顔で信仰を深めていたのは先日の話。

 

後に各大神の肖像権を長女の強権で分捕り、夏季限定水着版などで荒稼ぎに稼ぎあげ、

天文学的な単位の利益を千夜神殿に齎し続ける事になるのは余談である。

 

そしてアルフライラの皿の漬物が消える頃には騒動も収まり。

 

「いや何か騒がしいかな」

 

その割に喧騒は続き、店の外を武装した騎士や従士が駆けていく姿が見える。

 

「最近、高原森人が散発的に攻めてきているそうです」

「帝国貴族や豪商が逗留している場所にって、自殺志願なのかな」

 

山猫店員の言葉に、呆れた声色で感想を述べる少女。

 

帝国側も事態を重く見て、青の古都より守備兵が送られていると説明は続く。

 

「村が属国となるにしても属領になるとしても、古都との縁は切れませんからね」

 

山猫族との和解を経て、混沌とした密林諸部族の纏め役としての地位に最も近く、

帝国との友好的な窓口になれる勢力だと、森人村が期待されているそうでと。

 

「つまりここが墜ちれば、密林周辺の混沌は手が付けられないと」

 

軽い口調の神の言葉は、毛皮越しでもわかるほどに店員の頬を引き攣らせた。

 

「デカ物は精霊が止める、ならば精霊か、違うならば何処で、何のために」

 

アルフライラは気にせず思索に耽り、零れた自問に内心で自答を返し続ける。

ひとしきり考えた後に溜息を吐き、わからないなーとのほほんと述べた。

 

「聖地とやらに向かう理由が、またひとつ増えたかな」

 

言いながら空いた杯を店員に見せ、新しく林檎酒を注いで貰う。

生成した氷を放り込み、カラカラと音を立てながら回して口を付ける。

 

同時、森人の子供たちが店に入ってきた。

 

「おや、セルサル少年」

「あ、アルちゃん様だ」

 

中に見知った顔を見つけ、これも縁と少年たちに猫氷水を奢る祀られ神。

 

「今日こそは川のヌシを釣り上げるはずだったのにさ」

 

高原森人の侵攻で避難を余儀無くされ、村に戻ってきたと語る。

 

「デカい亀だったかな」

「いやそれが、今度はデカい魚が泳いでいたんだよッ」

 

言葉を皮切りに、少年たちは両手を大きく広げああだこうだと騒ぎだす。

纏めると、何か川の中にやたらとデカい魚や亀が居たらしい。

 

「もしや古代恐竜魚ガーギラス」

「いやそれは観光客向けの名前で、ただの鱗骨魚(ガー)だから」

 

浪漫を感じた創世神の言葉を、冷たく切って捨てる現地少年。

 

神様も普通の観光客なんだなと呆れる少年たちに、

観光で来ているからねと、苦笑交じりに返すアルフライラであった。

 

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