砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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01-09 ウルの支族

日々空間に満ちる熱量は上昇を続け、砂漠の夏が見えてきた季節。

限度を越えた熱気は隊商の数を減らし、宿場に閑散としたひと時を産む。

 

そんな静かな朝方の宿場酒場で、浮いている板に寝転がる少女が居た。

 

最近は開拓団にも知れ渡っているが、この神、座っているだけで死にかける。

不整脈が臓器に負担をかけ続け、限界を越えた瞬間に血圧ナイアガラ。

 

なので不調を感じるとすぐ横になる。

 

身体を水平に保つ事に因って、心臓の全身に血液を送る負担を減らす事が出来る。

要は重力に逆らい上下に血液を動かすよりも、横の方がポンプ的に楽と言う話。

 

これで絵に成るのだから美形は得だと、店主が遠い目をして言った。

 

そんな自堕落な姿勢で神が短い麺に凍らせた蜜をかけた氷菓を貪っていると、

小隊の博士が奥から入店し、だらけ神の有様を目にとめる。

 

滑氷蜜(パルデ)か、随分とまた贅沢な供物じゃのう」

「信仰篤き店主からの貢ぎ物なのさー」

 

何事かと厨房に目をやれば、山賊染みた店主は肩を竦め手間賃だと言う。

 

「そこの野良神が冷やしまくってくれるからよ、新作にも熱が入るってもんだ」

 

そして試作品だが食ってみるかと滑氷蜜を渡せば、受け手が静かに口に運んだ。

 

「ほほうッ、麺が舌の上で溶けていく、いかな工夫でこんな事ができるのじゃッ」

「緩い片栗を氷水に押し出して作った麺だ」

 

山賊が大店の商人もコレで一撃だぜと、何かの武装の話染みた雰囲気で笑う。

 

「しかしこれは、アル前提の氷菓ではないのか」

「いや、氷室も在るし凍結の手段も無い事は無い」

 

試行錯誤するほどの余裕が無いだけだと語り、冷えてきた少女が言葉を継ぐ。

 

「試行錯誤の度に、冷やして冷やして冷やしまくったのだー」

 

要するにレシピの確立までの冷却担当であったと。

 

「まさに手間賃じゃな」

 

ご相伴に預かった者が苦笑を乗せて、凍り蜜の絡んだ短麺を口に運んだ。

 

そして博士の中に朝から籠っていた僅かな熱が消えた頃合、雑音。

少女が体を起こし眺める方向、店内に入ってきた一団が居る。

 

「おお、あれが獣の人と言うヤツかな」

「犬狼族じゃな、この土地で見るのは珍しいのう」

 

日避けの布を外せば、毛皮に包まれた肌に突き出た鼻、

ピンと頭上に耳の立つ濃い黄色を纏う獣人の顔が露わになった。

 

毛色のせいか、犬科であるのにどこか猫科染みた気配が漂っている。

 

幾名かの集団は誰もが犬狼の特徴を持つ者たちであり、

全体的に暗い色合いの中、ただ一人輝度の高い獣人が視線を回した。

 

そして静かに少女の前に進み、跪く。

 

「神族とお見受けする」

 

集団の頭であるのか、残りの者たちも後ろに並び一斉に膝をついた。

 

「主神在る身ゆえ信仰は適わねど、敬意を受け取り給え」

 

両の手を組み、胸の前から額へと押し上げながら宣言する。

 

「我はウルの支族の牙、名をカフラマーン」

 

少女は普段が雑な扱いだけに、唐突に慣れぬ神扱いされて戸惑うのも一瞬。

無言で板より賽銭箱を生成し、目の前に置く。

 

「あがめよー」

「有難味が無いのう」

 

普段通りの雑な神託を聞いて何を思ったか、参拝客は察せられぬ無表情で

静かに祈りの腕を解いて懐より財布を取り出し、銀貨を賽銭した。

 

「やばい、このヒト本気だ」

 

予想外のガチ金額に、振り向き青い顔になった神が馴染みに泣き言を言う。

 

「とりあえず、普段通りご利益を返しておけば良いのではないか」

 

セメントな反応に、冷や汗を流した博士が茶を濁すような対応を薦め、

神がとりあえず冷水でもと、板から冠水瓶を取り出し水を配り出した。

 

鉄色の容器には既に結露が浮き、配られた紙コップに水が注がれる。

 

「なんと、精巧な細工」

 

全て同じ形、同じ大きさの、紙で作られた染み一つ無い白いコップ。

 

琥珀の獣人が渡された紙コップに感嘆の声を漏らし、

一同が注がれる水に頭を下げ、そして口を付けて目を見開いた。

 

「これは ……霊水の、類か」

 

限りなく零下にまで寄せられた冷水は、柔らかく舌の上を滑り喉を潤す。

身体の奥底まで染み込み、砂を渡った疲れが癒されていくのを感じる。

 

持て成された者たちは、戯れに振舞われた神威に衝撃を受けた。

 

そんな神の奇跡の原因は、小さくなって小声で博士と会話をしている。

 

「お主の出す水、いつも無駄に美味いのじゃがどうなっておるのじゃ」

 

普通、魔法で生成した水は滋味が無く不味いのにと。

 

「ロッコーの美味しい水だから」

「聞かぬ土地の名じゃのう」

 

これを見てまだ神への敬意を失わない、獣人たちの信仰は本物かもしれない。

そのような騒がしくも停滞した場に、一団の中から一人の獣人が前に出た。

 

「感服いたしました、某はルンの支族、名はサヤラーン」

「何処にッ」

 

心からの叫びである。

 

サヤラーンと名乗った獣人は、僅かに赤味がかった暗い色合いの毛皮で

長めの毛足を持ち、フサフサとした外観が穏やかな印象と成っている。

 

僅かな間。

 

そこで、ふと、何かに、気付いた、少女が、

棒を飲み込んだ様な微妙な表情で問いを発した。

 

「……もしかして支族って、3つぐらい在る?」

「はい、犬狼3支族は大神の遺志を受け継ぐ者と自負しております」

 

解答に問い手の目のハイライトが消える。

 

凍り付いたように、何故か動きを止めた神に場の動きも止まり、

埒が明かぬと博士が、水を向ける様に団体の目的を聞いた。

 

「某らはカイナン・カミンに挑み、大神キッタビヤド様を解放いたします」

「いや無茶じゃろ」

 

即答である。

 

身も蓋も無い発言に、それでもやらねばならぬと

虎縞のカフラマーンが前に出て宣言した。

 

「かつて失われた大神、偉大なるカルブラマディ様は言われた」

「カルブン・ラマディ」

 

少女の小声での呟きは、聞かれずに消える。

 

「愛は示すものだと」

「アッハイ」

 

力強い断言に、何故か目を逸らす神が居る。

脇腹に良いのを2~3発貰った様な表情に成っている。

 

そんな挙動不審の板娘はさて置き、牙の言葉を暗赤の犬狼が繋いだ。

 

「彼の方の遺志を示すため、我々犬狼族は命脈を繋いできたのです」

 

サヤラーンの穏やかな、それでも覚悟を秘めた声色が

薄暗い酒場の空気の中に静かに響いた。

 

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