砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-09 精霊の許し

 

密林を進む。

 

切り開かれ、砂利を敷き詰めて造られた道を歩む。

 

昼なお鬱蒼と冥き密林は、樹木の隙間から鳥獣の鳴き声が響き、

そこかしこに在る虫が、時折に飛び交い羽音を耳元にまで届かせる。

 

若長アスファルの案内で、大神一行は森人の聖地を目指していた。

 

高地に位置するそれに辿り着くには、断崖を登る必要が在る。

それを可能とする断崖の登坂箇所は、精霊の守る密林の奥に在った。

 

黙々と進む。

 

砂利道の端には、時折精霊に捧げられた染め布が飾られており、

古く擦り切れ、或いは新しいそれの狭間を人の身が通り過ぎていく。

 

樹木が、鳴った。

 

鳴き声に混ざり、次々と細い樹木がしなる音が続く。

 

やがて木々の隙間から、アルフライラに向けて矢の様に飛び掛かる影。

 

「もるすぁッ」

 

衝撃と、少女の悲鳴。

 

板の上で、胸元に直撃を受けて倒れ込んだ創世神の身体の上には、

全身を弾丸と化して獲物への直撃を果たした猫が1匹。

 

雉虎であるが、首元の毛は白い。

 

「山猫かの」

「ああ、結構よく木々の間を飛んでいるんですよ」

 

十三大神すら畏怖する創世の大神を、一撃で仕留めた山猫は即座に後背に回り、

獲物の襟首に噛みついて、問答無用で引き摺って持ち帰ろうとする。

 

「手際が良いな」

「きっとアルちゃんも本望よね」

 

「いや止めましょうよッ」

 

ずるずると板上を移動させられる少女を眺めながら、いつもの面々の感想。

そして叫んだタサウブと、気色わ、もとい喜色満面で手を伸ばすジャマール。

 

途端、山猫は即座に獲物を放棄して木々の隙間へと飛んで行った。

 

対して板の手前でわきわきと、空間を握りながら背中を煤けさせる吟遊詩神。

 

「見切りも早い」

「猫にしておくのは惜しいわね」

 

とりあえず逃げる前に、瀕死のアルフライラが懐から取り出していた川魚の干物を、

駄賃とばかりに咥えていた故に、無駄足で無かったのは山猫にとっての幸いか。

 

「いや何で襲われながら餌付けしてるんですか」

 

白く燃え尽きたジャマールの背中を叩きながら、タサウブが呆れた声を出した。

 

「自然の摂理、かな」

「天道無親、常に猫に与す物ですから」

 

「駄目だこの神々、何かもう本当に駄目だ」

 

後悔や反省が微塵も見えない神告に、世を儚んだ開拓少女は頭を抱えた。

 

などと特に道中に問題も無く歩を進め、その内に道は狭まり板が斜めに成る。

進む内に角度が付き、終には縦に成った板にアルフライラが貼り付く頃。

 

音が、消えていた。

 

「やはり、精霊様は見逃してはくれないか」

 

最初に気付いたアスファルが苦悶の言葉を零した。

 

暗がりに薄らと見える砂利道は、いつしかしんと静まり返り。

虫も、獣も、僅かな葉擦れの音すらも聞こえない。

 

空気が、氷と化すように澄んでいく。

 

気が付けば、在った。

 

【挿絵表示】

 

密林が生む暗闇の中、アスファルの目前に巨大な仮面が。

 

息を吞む音と、身構えいつでも武装に手を届かせる姿勢の開拓者たち。

人の身を越える大きさのそれは、様々な装飾で飾られてそこに在る。

 

―― 其は大神を終え久しく、故に関わるは許されざる

 

まずは仮面から響く声が、ジャマールの通行を否定した。

 

ジャマールが抗いの言葉を述べるも、何の反応も無い。

ハジャルも、タサウブも、誰の言葉も聞かずただ契約者とのみ言葉を交わす。

 

―― 許されざる

 

そして結論は変わらない。

 

密林が閉じる。

 

そこかしこに音を立て、樹々が隙間を隠し闇が深くなる。

緑の権能を以ってしても干渉できない異常は、大神の頬に汗を伝わせた。

 

板が前に出る。

 

空気が個体と化したかの如き空間に、足をぷらぷらとさせながら彷徨う様に。

縦に成った板に胴体部分を拘束されて吊られている少女は、素の声色を響かせる。

 

「許せッ」

 

―― 許すッ

 

途端に密林の気配は霧散し、仮面の姿が薄陰に薄れていった。

 

「許された」

 

板ごと振り向く得意げな顔の創世神の宣言に、誰しもが言葉も無い。

気が付けば木漏れ日が足元を照らし、密林に鳥獣の音が戻っていた。

 

いやおかしいでしょうと叫ぶ開拓少女の声は、いつもの事と流す面々の顔に流され。

 

やがて開いた密林を抜け、断崖に九十九折りと造られた登壁道を登る。

 

「姉さん、精霊とは何なのです」

「何故にお前が知らぬのかー」

 

道中のジャマールの問いに、アルフライラは当事神が何をと呆れ半分の言葉。

対して、アズラクが持ってきたので詳しくは知らないのですと返す妹。

 

「あー」

 

返された長女は、少しだけ遠い目をした。

 

「アレは、アズラクとアスワドでばかり遊んでいたからなあ」

「察するに、旧神遺産ですか」

 

長女の言葉に頭痛を堪える様に、眉間を抑える緑の大神。

 

短い会話が終わり、吹き付ける風が岸壁を鳴らす。

 

襟元を上げ風を防ぎながら、荒くなりがちな息遣いで一行が急勾配を抜ければ、

断崖で空を区切られたかの様な先に、樹木の少ない高原と極彩色の山脈。

 

様々な色を見せる断層が、そのまま山と化した景色が在った。

 

【挿絵表示】

 

雲は低く山嶺の下を渡り、吹き抜ける風は土の香りがする。

 

「絶景じゃな」

 

息を呑む集団の中で、ハジャルが短く感を纏めた。

 

「この絶景に免じ、断層を作った事は許されるべきではないだろうか」

「請願絶許、サフラさんお願いします」

 

創世神の世迷い言に、表情が抜け落ちた緑の大神が人に願い、

その両の拳でぐりぐりと米神を抉って貰えば、力無き悲鳴が響く。

 

倒れた板娘は普段通りに煙を吹き、ふゆふゆと移動する内にアスファルの言葉。

 

「高原を行けば高原森人の村で、目的の聖地は山脈の上ですね」

 

聴き手の頭に内容が入るまで暫く、まだ終わってないのかと絶望の開拓者たち。

 

「まだ雪が降る前だから、楽な方ですよ」

 

言葉は無いが雄弁に内心を語る開拓者たちの表情に、アスファルは苦笑しつつ、

とはいえ翌日の話で、今日は隠れ里に泊まりましょうと続けた。

 

「隠れ里とな」

「隠居勢がのんびりと暮らす集落で、怪しい物では無いのですけどね」

 

言いながら山裾まで辿り付けば、そこは幾つかの小屋と畑。

前もって連絡が在ったのか、手を振る老森人たちと炊事の煙。

 

挨拶もそこそこに、人間たちが広場の敷き布に座りこみ靴を脱ぎ身体を癒していれば。

笑顔でテンション高く湯気の上がる鍋を持ち込み、木の器に注ぎ配りはじめる老婆。

 

肉と芋を煮込んだ家畜の乳は、香辛料で軽く黄土色に染まっており、

その汁を注いだ器の上から、これでもかと乾酪を削って山盛りにしていた。

 

煮込み(チュペ)ですだ」

「何故かスカスカな芋が、ピリ辛な汁を吸いまくっていて美味しい」

 

出された料理を躊躇い無く口にしたアルフライラの言。

とは言え、まずはサフラが毒味とばかりに先に食っていたのは言うまでも無い。

 

乾燥芋(チューニョ)が気に入っただか、芋を夜に凍らせて昼に絞った物ですじゃ」

 

呵々と笑いながら説明する老婆に、匙を咥えたまま笑顔のアルフライラ。

 

「いや何で爆速で老人を誑し込んでるの」

「理想の孫娘の、可愛い時の体現みたいな外面じゃからのう」

 

こっそりと小声で疑問を呈すタサウブに、遠い目をしたハジャルが答えた。

 

そしてそのまま視線を巡らせれば、家畜を追う犬とのんびりと動く老森人たち。

山裾に畑が幾つか作られ、山脈から引いた水が樋を走り溜池に注がれている。

 

そして、山猫族の絵が描かれたボロボロの立て看板。

 

予備が小屋の影に幾つも在り、割れた看板が燃え差し様にと薪の横に積まれている。

何となく察する物の在ったハジャルは、ハイライトの消えた瞳のまま空を見上げた。

 

この老人ども、隔離されておるのではないか。

 

それを口にしないだけの分別は、流石に在ったと言う。

 

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