早朝に連峰を越え、気が付けば地上絵も終わり足元が砂地に変わる。
「隔世、昔は耕作地だったのですがね」
「だから使い切って、こうなったんじゃないかな」
どこか遠くを見る詩神の言葉を、端的に切り捨てる創世神。
集団は高地の砂を踏みしめ、ゆるりとした降り坂に歩を進める。
やがて遠く、幾重にも重なる白い壁が見えてきた。
古代森人の遺跡であり、参道の終焉である。
「あれが古代の都で森人の聖地です」
「到着間近、あの遺跡の向こうに聖地があります」
アスファルとジャマールが似て非なる言葉を発し、しばしの無言。
「まあ聖地なんか、いつの間にか移動している物だし」
「本末転倒、信者が頭を抱える様な達観はどうかと思いますよ」
板上で茶を啜りながらのやる気無い姉神の補足に、苦笑交じりの妹神。
ともあれどちらにせよ辿り着く事に変わりは無く、天幕を張るのにも手頃と、
古都遺跡へと近づいていく内に見える物が在った。
先客の張った天幕である。
その周囲に居た高原森人たちも来訪者に気付き、俄かに動き始めた。
隊列を組み待機し、その中から代表らしき者が前に出る。
対し邪神は捕虜を作業用ハンドで吊るし、肉の盾として最前面に出す。
微妙な距離を開け、互いの動きが止まった。
前に出た、軽く荒れた金髪を背中に流す高原森人は板に向かって声を掛ける。
両の手を上げ敵意が無いことを示し、どこか疲れた声色で。
「あー、ウチの若長の身柄とか話し合いの余地はありますかね」
「とりあえず武装解除するのだ、さもなくば人質が酷い目にあうー」
具体的にはと聞き返す人に、神は告げた。
「身体の縦に半分を永久に脱毛するとか」
「総員武装、臨戦態勢をとれッ」
「待ちやがれてめえらあああぁッ」
尊い犠牲に涙を呑み、苦渋の決断を下した高原森人の在り様に神は感嘆する。
「その意気や好しッ、褒美として右半分か左半分か選ばせてやろー」
「あ、真ん中とか出来ますかね」
「何でそんな息合ってんだよおおおおぉぉッ」
生贄の叫びを聞き流し、気軽に了承の意を見せた神は作業用ハンドの数を増やし、
刃の回る怪しげな機械と謎の薬品を持たせ有言実行の用意をする。
「じゃ、上下の体毛と眉毛左右のそれぞれ半分にお別れを言おうか」
「いやああああああぁぁッ」
涙交じりの絶叫であった。
そして交渉役の高原森人と作業用ハンドが固く握手を交わし、
半泣きの捕虜は解放され、一行は天幕に招かれた。
交渉役の森人が木杯に粘度の在る液体を注ぎ、沸いた湯で割って全員に配る。
そして先に口を付け、毒などが無いことを示してから対話ははじまった。
集団の口はアルフライラからハジャルに交代し、互いの立ち位置の確認から入る。
聖地を目指す神々一行と、聖地に人を寄せないよう命じられた高原森人。
「神だから通って良いかな」
「人で無し、通ってヨシッ」
「やる気無いのう」
命こそ長ですが、胡散臭い外人に唆された末の物ですしと疲れた表情で返答が在った。
「だから俺が、独自に密林森人との融和のためにも動いたわけでな」
「何度も言いましたがね若長、国力差ってのがありましてね」
元捕虜が胸を張って会話に入ってくれば、疲れ声の交渉役が切って捨てる。
半ば帝国に組み入れられた密林森人は、もはや高原から干渉出来る存在ではないと。
「降伏して傘下に入るとかならともかく、現状で対等な融和は無理でしょ」
「それを口にしたら開国派の半数が離反するだろよおおおぉぉ」
八方塞がりで詰んでいる事に苦しむ高原森人たちの嘆きを、
密林の若長は困った顔で眺め、対応に悩む気配を見せながらも無言を通す。
「連続失踪とやらの件は気にしないのかの」
ざっくばらんな態度の高原森人たちの有様に、ハジャルが軽い疑問を挟んだ。
「まあぶっちゃけ、冤罪だろ」
「普通に考えて、間に精霊の密林が在りますから無理筋ですよねえ」
しかし長とその周辺はそう考えていないと、交渉役が頭痛を抑える仕草。
苦労が滲み出て天幕を埋めようとするその時、何の気無しな風情の言葉が響いた。
「問題提起、まあとにかくまずは私たちを奥の湖まで通すべきです」
放置すると決壊しますよと、ジャマールが突然にとんでもない内容で口を挟む。
「うぇ、何事ですかそれ」
「いや待て俺たちの都は下流なんだぞ」
「近い未来、何もかもが押し流される事態になりますね」
困惑する高原組に、淡々とした口調で詩神が災害の未来を紡ぎ続けた。
そして開拓者たちは、我関せずと飲料に心を癒されている。
「果物が強いけど、どこか
「でも酒精は感じないわね」
「
アルフライラとマルジャーンの感想に、笑顔で取り入ってくる交渉役。
紫南蛮黍を果物と桂皮を入れて煮込み、柑橘を絞り砂糖を入れて煮詰めた物。
出来上がった
「いや現実逃避止めろ」
「しかし、けど、だが突然に言われましても」
混乱のまま首を振る交渉役は気を取り直し、どれほどの信憑性が在るのかと。
詩神の様相を伺うも飄々としており、周囲の視線を受け流す姿勢に疑心も湧く。
考えた末に、交渉役は元捕虜に問い掛けた。
「若長、この人たちは信用できますか」
問われた側は沈思黙考に入り、少しの迷いを見せながら口を開いた。
「隊を半分帰らせ、俺の名で民を任意に避難させろ」
真偽よりもまずは、最悪の事態を回避する様に動けと。
疑心暗鬼のままとは言え命は下り、途端に天幕が慌ただしくなる。
「状況開始、では私たちは軽く様子を見に行きますか」
対話の中心に問題を放り込んだ悪神は、そう言いながら腰を上げた。
天幕の設営などの時間を鑑み、目的地は遠いのかと問うハジャルに、
ここに在った都の水源ですから、さほどの距離は無いと答えるジャマール。
何なら現場に設営も在りえるかと、全員で向かう事が決まり。
目を離せないと元捕虜と交渉役も同行を申し出た。
やがて高原森人たちの半数が場を離れ、それとは違う方向に向かう集団。
遺跡へと繋がる枯れた水路の跡を遡り、水源を目指す。
幾つもの壁を越え、時折に迂回しては水路跡へと戻ってくる。
迷い無く進むジャマールの後ろで、タサウブが感嘆の言葉を零した。
「まるで迷宮だね」
「まるで、では無いのじゃろうな」
古代森人文明には敵が多かったからのうと、ハジャルが想像を口にすれば、
その通りですねと、背中越しにジャマールが肯定の言葉を告げる。
やがて遺跡を抜け砂地に至り、遠目に見える湖と周囲の樹木。
そして水路跡の左右に開けた土地に、数えきれないほどのそそり立つ石柱。
「建物跡って感じじゃないわね」
マルジャーンが疑問を口にすれば、墓所ですよと密林と高原の若長が答えた。
「そう伝えられているだけで、本当かどうかはわからないんですけどね」
「森人が長生きとは言ってもな、流石に何もかもが忘却の彼方だよ」
軽く話す森人たちに、先を行く詩人が静かに告げる。
「私は全て覚えています」
言葉に対し視線が集まるも、無言で歩を進める背中だけが在る。
たまさかに訪れた静謐に、墓所を抜ける風の音が鳴った。
やがて、水源の湖へと辿り付く。
湧水が注がれ続ける巨大な水溜まりは、その端に断崖が在り、
遥か下の高原に向けて溢れた水が滝を作っていた。
「聖地到着、ここが失われた天空の都イルヤクートです」
水面の前で宣言した神に、一瞬の困惑を見せる人々。
そのまま湖を覗き込み、深く澄んだ水の先に幾つかの白を見つける。
「沈んでおるのか」
ハジャルの言葉に、軽く頷いて肯定するジャマール。
次いで突然の断層の滑落でとジト目で告げれば、断層製作犯神は目を逸らしていた。
「ともあれです、姉さん水中を
請われて素直に湖面に向かい、あるふあいを発動させる板上の少女神。
「うげ、これいつ断崖側が崩れてもおかしくない状態じゃないか」
言葉に動揺の騒めきが生まれ、何事かとの疑問に創世神は眉間を抑え頭を振る。
「湖の水量が、あり得ないほどに多い」
崩れてもおかしくないを越えて、崩れていない現状がおかしいと。
「単純な理由、そこらへんはアズラクが調整してくれたんです」
契約が終了したから、当然ここの契約も切れているはずと。
「えーとつまり、やれ、と」
やらないと下流の高原森人は濁流の藻屑ですねと、良い笑顔で頷く妹に、
青筋を立てた姉は同じく良い笑顔で親指を板下に突き下げた。
「ああもう、青の権能ー」
そして板上からうにうにと両腕を動かしながら、妹の権能を起動させる大神長女。
とは言え一息で終わらせられる青の女神とは、基本的な出力が違い過ぎる。
「断崖側の負荷を減らしつつ、水量増やして水を抜くぐらいしかできないよ」
「充分以上、抜いた後に岩壁を崩して湖を消してしまいましょう」
言っている内に湖から零れ落ちる水の量は増え、滝が視認できるほどに太くなる。
そして、にゃーと鳴きながら涙目で水流の制御を行っている創世神の有様に、
驚愕の表情のまま固まった森人たちと、黙々と天幕を張り出している開拓組。
「完全に抜くには結構日数かかるなー、これ」
遠い目をしたアルフライラの言葉は、響き渡る滝の音に搔き消された。