砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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05-12 宵闇を越えて

 

夜も更けて、遠く梟の鳴き声が響いたからと言うわけでも無いが、

アルフライラはただ、静かな湖畔の凪いだ湖面を見つめていた。

 

これと言って何かをするでもない。

 

今この時も青の権能は湖水の操作に使われ、水量に応じて、

岸壁を王の権能で分解し、適宜対応した放水口を作ってはいるが。

 

傍から見れば、何もせずに座りこんでいるだけである。

湖の水位は見てわかる程度に下がってこそいるが、先は長い。

 

仕方が無いので日中の少女は、塩水で豚を茹でていた。

 

老森人から受け取り、板に情報化して放り込んでいた野豚の肋肉であり、

それを塩水で只管に茹で続ければ、終には水分が枯渇しかけ豚脂と混ざり乳化する。

 

そして全面を揚げ焼きしてしまえば短期の保存食、名は塩豚(チチャロン)

薄切りでパンに挟むも良し、塊を揚げ芋に添えるも良し、鍋に放り込み汁も良し。

 

新鮮な野菜に添えれば、肉の旨味と塩の強烈な主張が菜味と絡み口中を蹂躙する。

 

さてどうしてくれようかと夢を膨らませていれば、呑酒妖怪たちに見つかった。

後はもう語るまでも無い事であり、普段通りの開拓者たちである。

 

そして日が暮れて、宵が湖畔を染め、星月が湖面に姿を見せるまで。

ただ代り映えも無い放水の音と、時折に訪れる誰か。

 

夕餉の頃には、アスファルが訪れていた。

 

「詳しく伝わってはいないのです、神が眠る湖とだけ」

 

塩豚と豆を煮込んだ汁を匙で掬い乍ら、そんな事を言う。

密林森人に伝わる聖地の伝承、に付属した封印の湖の逸話。

 

宵の口には、高原森人の若長である元捕虜が姿を見せる。

 

「額に欠けた月を掲げ両の手に蔦を持つ、とか爺が言っていたな」

 

密林よりも少しだけ詳しく、悪神アフダルを封印した湖と語った。

その外観はどの様な謂れから造られたのか、そこまではわからないと。

 

「時々に遺跡に掘られてた、鞭を持った三日月怪神はアフダルだったのか」

 

しみじみと神が内心を語れば、流石に不敬なのでは、いやしかしと判断に悩む人間。

 

「注意散漫、森人村の土産物屋にも置いていましたよ」

「ガーギラスを咥えた二足歩行鰐の木像しか記憶に残っていない」

 

インパクトが強すぎて他が記憶から抜け落ちた様だ。

 

などと話を継いだジャマールと入れ違いに、悩む若者は天幕へと去って行き。

詩神は障壁にもたれ、抱えた五弦を軽く爪弾いては湖面に楽を響かせる。

 

―― 今は昔の反逆者 自由や公平など糞喰らえ

 

気が付けば湖畔には静寂が在り、ジャマールの音だけが世界を占めた。

 

―― 流した血などに悔いは無く 赦しなど端から求めない

 

月影に隠れ歌い手の姿は朧であり、ただ弦楽と歌声だけが夜を渡る。

離れた天幕からは光が零れ、夜の冷気が星月の光を凍えさせていた。

 

「冬季と標高、流石に冷えますね」

「これでもまだ、砂漠よりは暖かいかな」

 

高地の気温の高低は年を通して変動が少なく、季節の変化なども微細な物である。

いつでも涼し気な空気の昼と、生存には厳しいが凍り付かない程度の夜。

 

炎すら凍りそうな砂漠の冬に比べれば、幾らかはマシなのかもしれない。

 

「そう言えば姉さん」

 

障壁から離れ、背を向けた妹神は姉神に背中越しに告げた。

 

「すべて終えたら、褒めてくださいね」

 

そしてジャマールは、温度を逃がさない様にと襟元を締めながら天幕に戻り、

板上の空調完備なアルフライラは、夜の中でゴロゴロと転がり手持ちを無沙汰。

 

権能を行使しつつ、特にやる事も無い。

 

と言うか、夜間なので睡眠を妨害する様な音が出せる物でも無いと。

 

時折に夜番の交代ついで、板から落ちてないだろうなと様子見に誰かが訪れて、

そしてまた静寂のなかで手持無沙汰な世界に戻る。

 

戯れにアルフアイで湖を眺めながら、小声で思った事を呟いて暇を潰した。

 

「流石に多少の泥は堆積しているけど、魚はおろか苔や小動物すら居ない」

 

青の権能か緑の権能が湖中の生態系を抑制していたのか、それとも古代の技術か。

何にせよ、水を抜いた後に遺跡だの何だのを伺うのに、苦労が無くて良いと。

 

そして口を閉じれば、静寂。

 

天幕から零れる光も絶え、誰しもが夜の底で息を潜めている。

水量の増した滝の音だけが、遠くから響いていた。

 

「で、居るんだろう世界樹」

 

うつ伏せで板上に力尽きた様相の創世神が、闇に語り掛けた。

 

―― そこは精霊と呼んで欲しかったですね

 

音も無く闇から姿を見せた巨大な仮面が、刹那で神代で見知った小さな仮面に変わる。

 

「妹どもが迷惑をかけた、んだか、かけられたんだかー」

 

―― そこは微妙なラインですかな

 

やはり真実は相対的な物であり云々と、煙に巻く言い草の元世界樹に対し、

何か6千年も経っているのに変化が無いなあと、遠い目をする創造主の1柱。

 

―― で、何か聞きたい事でも

 

「いや、暇すぎるから」

 

―― 待てやこら創造主

 

封印された後の事とか高位素体の記録とか、いろいろあるだるぉうと囁く精霊に、

激流を制するは静水、ただ流れに身を任せるのだなどと小声で言い出す創世神。

 

とりあえず双方、安眠妨害をしない程度には気を遣っている様だ。

 

―― 何より、貴女が突然に居なくなったせいで生じた不具合の後始末をな

 

ふと、精霊の声色が変わった。

 

―― 誰かが人間型機械なんか造っていたせいで、何故かただのAIの私がだな

 

機械音声なのに感情溢れる言葉に、アルフライラは光の速度で明後日の方向を向いた。

 

時間帯的にも、無明の闇しか見えない。

 

「あ、あれかな、趣味で設計だけ作っていた柔王丸とかエル・ウラカンとか」

 

震えた声で思い当たりを零せば、一泊の間をおいて精霊は器用に小声で叫んだ。

 

―― 爺が一晩でやってくれましたよ、人間サイズでなッ

 

その記録の断片が、古代文明に造られた自動人形の系譜に繋がっているらしい。

 

「意義あり、あきらかに私のせいではないそれはッ」

 

―― 発想を残していた時点で有罪だごるぁあああぁぁッ

 

そしてわちゃわちゃと小声で旧知を温め合う内に、時間は消費され、

ひとしきりの会話が終わり、ふと互いの間に入り込むような僅かな静寂。

 

アルフライラが、呼吸をして口を開いた。

 

「ところで聞くが、()()()

 

―― 私()()ありません

 

言葉を省略し尽くした端的な問いに、端的な答え。

それを受けて問い手は、頭痛を堪える様に軽く眉間を揉んで頭を振った。

 

―― 旧神の娘アルフライラ、貴女なら理解できるでしょう

 

「理解りたくなかったなあ」

 

溜息交じりの言葉が零れる。

 

そして暫く、軽口の応酬を経て対話は終わる。

仮面は再び闇の中に姿を消し、板の上の少女は軽く欠伸をした。

 

やがて彼は誰の薄明が空を染めて。

 

起きてきたマルジャーンが、湖水で顔を洗いそのまま板上の障壁に突っ込んだ。

 

「うあああぁ、ぬくぅいいぃぃ」

 

汚れを排除しつつ、板上で煮沸消毒される開拓の歌姫が水蒸気を纏いながら悶える。

 

「で、アルちゃん、朝ごはん何」

「いやそれは、それなりが起きてから食材と相談だから」

 

「そういえば団体行動だったわね、ちぇー」

 

いつもの3人1柱ならば、アルフライラが適当に何かを作っている頃合だが、

現在は森人たちが居るので、調理などにも足並みを揃えている陣地であった。

 

集団行動の合理、例えば燃料の節約のためなどである。

 

そして段々と人が動き出し。

 

轟音が、響いた。

 

誰しも口を開き、幾つかの誰何の声を漏らすも響き続ける音に掻き消され。

湖面は荒れ狂い、激しく波打った水が湖畔へとまき散らされる。

 

響く。

 

強烈にぶつかり、砕く音。

 

何が何にと誰しもが抱いた疑問は、即座に理解させられる。

 

砕けた。

 

水量を支えていた岸壁が、幾つもの塊に割れて。

 

流れ出る水、激しく滝壺に向かう湖は濁流と化して下流へと走り、

河川の周辺を薙ぎ倒しながら、土色に染まり土砂と共に大波の如く降る。

 

恐ろしい勢いで下がる水面、巨大な影。

 

盛り上がる水面、激しく散らされる水と、回転する鋼。

 

三旋衝角(どりるぅ)ッ」

 

アルフライラの驚愕が、早朝の騒音を激しく貫いた。

 

 





【挿絵表示】

青の古都に結構な数、やたらフィジカル強者な混血森人が住んでいるとか
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