熱風に泥土は焼け、植物は煤へと姿を変える。
拭き上がる水蒸気は周囲に満ちて視界を奪い、やがて風に散らされて消えた。
そして焼け死んでいるはずの集団は、健在なままに湖畔に在る。
驚愕の息は、どちらの物であったのか。
状況を理解できないままの森人たちは、困惑のままに騒がしく、
機神との狭間に区切られたように引かれた、生死の線を指し示す。
いまだ熱気渦巻くスロウンズの在る湖底と、僅かの変化も無い湖畔の土地。
その境界線に向けて、アルフライラが一言を発したが故である。
「
惑星霊を基準にした空間座標を元に、指定された範囲が切断され、
次元上に存在する一切は、その断絶を越える事は叶わない。
時間軸消去の不壊装甲の源流に在る、絶対の盾であり絶対の剣と化す旧神技術。
次元干渉。
光もまた遮断されるので、本来ならば断層の向こうを視認する事は出来ないが、
そこは原作再現の名の下に、断層に周囲の光景を常時投写して対応している。
そしてアルフライラは、全ての興味を失ったかの様に横に成った。
激高したスロウンズが幾度も断層を叩くも、僅かの変化すら齎せない。
片腕を板に突っ込み、糸目と成って何かを探している風情。
「不思議ね」
代わりとでも言う様に、マルジャーンが機神の目前に出て板に腰掛けた。
見上げる先には、人の身など片手間すら掛けずに捻り潰せる質量の化身。
ともすれば神の威風にすら指を掛ける、人が造りし鋼の神。
けどね、と短く人は言った。
「貴方、私たちを殺せる顔に見えないわ」
露骨に見下した視線のせいか、それとも期待外れを音にした様な声だからか、
機神操者の激昂は有頂の天に至るほどであり、もはや言葉は咆哮と化した。
スロウンズの両の肩に在る半球の盾を取り外し、球体に組んで投げつける。
「おうっふ」
マルジャーンの後ろに転がっている半死神から、ダメージ表現の言葉が漏れた。
見れば既に顔色は青く、断層維持に生命力を消費している最中と見て取れる。
そんな鉄火場をおくびにも出さず、アルフライラを隠し続けるマルジャーン。
「ゴーダムホーガンガーと叫ばないあたり、本当にガッカリだよ」
後ろから見れば、そろそろ口元から魂がレインボーしそうな顔でありながら、
声色だけは元気に呆れ果て、全力で煽っている器用な神にも機神が吠えた。
断層に叩きつけられる鋼と、その度に神体を離れようとする魂魄を縛る板。
創世板の生体部品が限界を迎え、3歩ほどはみ出したあたりに。
「アフダル」
騒々しく、断層の果てから漏れて回折する音波ですら騒々しい機神の狂乱を、
僅かも気に留める事も無く平素の様に、創世神は妹神に声を掛けた。
「緑の民は既に自ら歩み出し、お前の猶予はもう尽きた」
顔色は普通に悪く、そろそろ黒色に成ってきているが。
「いいかげん、子離れしなさい」
姉の言葉に片手で顔を覆い、表情を隠して天を仰ぐ緑の大神。
僅かの間、深く息を吐いたアフダルが周囲に視線を回せば。
高地と密林の若長が視界に入り、軽く頬を緩めてから身を翻した。
その背中越し、投げられた物を掴み取る。
アルフライラが板から引き出し、投げ渡したそれ。
禿鷹の意匠の腕輪、その嘴は牙の如く鋭角に折り返している。
「準備不足、身体も治して欲しかったんですが」
「それは自分でやりなさい」
にべも無い姉の言葉に苦笑を零し、空いた手で近場の少女の頭を撫でる妹。
何事かを口にして、断層沿いに駆け出した。
「え、ジャマールさん」
残されたタサウブが問い掛けるも、振り返る事は無く。
果てに辿り着き、湖底の泥を避け、遺跡を飛び移りながら木像の元へと走る。
見境無く断層を叩き続けていた機神の操手が、それに気づいた時には遅く。
アルコーン、イアベールを模した巨像の元に神の姿は在った。
全ての視界の中で木像は光を纏い、崩れはじめる。
「マウジュよ、貴女は正しかった」
崩壊する似姿に手を伸ばしながら、アフダルはかつての従神へと言葉を投げる。
民と距離を取らねばいつか全てを失う事に成ると、記憶に在る忠言に。
―― 何だ、やはりイアベールなのか
操手ワヘルの問いに、口元を歪めながら神は告げた。
「軽慮浅謀、此は神の眠る土地と伝わっていたでしょうに」
神話に悪神を封じた、アフダルが眠る神殿と伝わる理由。
接続、経年劣化していた肉体は初期化され、大神が世界の所有を主張する。
アルフライラに一切の抵抗は無く、この場がアフダルの所有と化す。
それを果たした要因。
崩れ落ちる木像の中から、植物が絡まる意匠の構造物が姿を見せた。
緑の玉座。
「アフダルの名に於いて呼ぶ、来よ我が神威」
そして大神は王座に在り、その周囲に神鉄が生成される。
単独の巨大な複眼を囲む様に、三日月の如き歪んた頭部が形作られ、
巨大な質量は湖底を震い、左右の腕に在る4本の高電磁鞭が空を斬る。
音とプラズマを撒き散らす。
第四のアルコーン、イアベール。
神話に望月に届かぬ者と罵られた、緑の大神が駆る神威がそこに顕現した。
対し物言わず、泥を散らしながら大質量で吶喊するスロウンズ。
鹵獲を、叶わぬまでも情報をと油断の滲む思考がそこに見える。
対しアフダルは、電磁鞭を眼前の泥に向けて振る。
高圧電流が電気火花を閃かせ、小さな水蒸気爆発を起こしながら泥が散った。
スロウンズが深赤の機体を泥に染め、しかしその程度では止まらない。
轟音。
2体の巨神は正面から組み合っている。
衝撃に遺跡は崩れ岸壁の崩落は続くも、断層の在る湖畔には届かない。
大質量の激突を見守るのは森人たちと、開拓者の少女。
その後ろで創世神は、死相を浮かばせつつ
せっかくに茶を煎じたのに、飲んでいるのはいつもの面々だけである。
他の者、森人たちは在る者は跪き、祈り、在る者は呆然と自己を失っている。
高原森人たちが畏敬の視線を投げる横で、アスファルは難しい顔をしていた。
そして巨神が動く。
スロウンズは熱風を吐き続け、イアベールは巻き付けた電磁鞭を赤熱させる。
熱気は泥を固め、高圧電流は焼け焦がせ、巨神の身を泥で覆い続けた。
揺らぐ。
スロウンズが押し負け、その身を揺るがせた。
足元の乾泥が崩れ、バランスをとるべく多田羅を踏む。
しかしその動きは、何故か遅い。
気が付けば装甲を這うその泥に、細く絡みつく物が多々と混ざっている。
それは熱に因り既に炭と化していたが、容易く振動で落ちる様な物であったが。
数えきれないほどの数量は、巨神の動きを鈍らせるに足る物であった。
―― あ、何だこれ
イアベールが前に進む。
足裏に踏みしめるは、権能で生成した生命。
草が、虫が、魚が、動くための足場として造られ即座にその生命を散らした。
イアベールは前に進む。
数多の生命を使い潰しながら、スロウンズの崩れる足場からは蔦が這い、
その動きを縛りながら炭と化して関節に、装甲の上にと害意を残す。
それは、正しくアルコーンと偽典アルコーンとの違い。
神意、霊素に因る様々な機体への干渉とはまるで違う、旧神の為した技術。
機体より伝達される、操者の権能。
緑の権能の前に不利を悟り、その腕を全力で振り払いながら巨神は身を翻す。
斜めに倒れ込む様に回ったスロウンズは、その後背のロケットに点火した。
―― 付き合ってられるかよッ
ワヘルの叫びが響き、絡みつく泥を引き千切りながら質量が飛ぶ。
力のベクトルは横向きから、やがて角度を増し離陸の時が来る。
イアベールは追う。
前に踏み出す足の下に、数多の生命を生み出しながら。
足首のジョイントに仕込まれた杭打ち機構が爆音を響かせ大地を踏み。
深く湖底に足跡を残しながら、その巨体を遥か上空へと押し上げた。
交差は一瞬。
上を取り落下するイアベールと、角度をつけ上昇するスロウンズ。
「
玉座でアフダルが祈る。
「
姉から受け取った腕輪を、嘴を重ねる様に自らの腕輪に嚙み合わせる。
「力をッ」
対なる禿鷹の腕輪が発光し、その真価を発揮した。
旧神遺物の威力を乗せたアルコーンは光輝き、周囲に激しく火花を散らす。
振り上げた電磁鞭に権能は乗り、中天より世界を分かつが如く振り下ろされる。
それは、閃光の如く。
かつて、ヤルダバオトの幻想装甲を切り裂くがために悪神が求めた旧神技術。
世界の在り様に理不尽に干渉し、全てを切り裂く絶対の斬撃。
次元切断。
過負荷に全身を罅割れさせながら、イアベールがスロウンズを両断した。