皿の上には、半透明のでろりとした物体が在った。
掌に乗る程度の大きさのそれは、幾つかを使い大皿に円を描くように盛り付けれられ、
その横には焼かれて塩が振られた葉野菜と豚肉が並べられ、持て成しの膳で在る。
青の古都より少し離れた、小規模の村落での事。
ペル・アビヤドを目指し紅玉平野を越えるにしても、昨今は騒々しい。
空白地と成った王国に植民の民が集えば、魔物も盗賊もこれ幸いと姿を見せる様に成る。
つまるところ様々な業種にとっての稼ぎ時であり、近隣の治安の悪化も甚だしいと。
なので商人も自衛の手段を望み、まずは頭数と揃えれば隊商は肥大化する。
大店にしろ商会にしろ、誰の音頭にせよ普段の隊商よりも参加基準の緩いそれは、
かの冒険商人の様にと大志を抱く小商人たちに行動を促し、集まる人、雇われる開拓者。
アルフライラたちも、そのような参加商人たちに護衛として同行する契約を結んだ。
そのまま出立の時期を待つ、のにはかなりの猶予が出来てしまった。
大規模隊商だけあり仕入れや集合、様々を見据えた日程は余裕のある物であったからだ。
結果として空いた時間の手持無沙汰に、契約した商人が近場の村で小商いをするのでと、
暇潰しがてらの護衛に誘われ、同行したアルフライラとサフラである。
他の面々も相応に、小銭を稼ぎがてらどこかで時間を潰している。
さて、ここでひとつの問題が在る。
帝国に於いて貨幣経済とは、どこまで普及している物であろうか。
税金は帝国貨幣で納める故に、貨幣の価値を認めると言う意味では帝国全土に及ぶだろう。
鐚銭、銅片など帝国銅貨以下の小銭もまた、どこででも使える代物である。
だが日常生活に於いて貨幣を使っているかとなれば、少しばかり話が変わる。
具体的に言えば、小さい村などは物々交換が現役であった。
税にしても物納で済まし、領主がそれを銭に変えて納税に使う土地はまだまだ多い。
そのため小さい村などでは、必要になれば貨幣を調達するが普段使いの銭は無い。
「まあ流石に普段でも、市に使う小遣い銭程度の貯蓄とかはありますけどねー」
そう言いながら皿を並べる名主の若妻は、神と剣士を持て成していた。
要するに、暇潰しに水路掃除をしていたアルフライラに払う銭が無いのだ。
なので物納と、その一環での食事の提供で契約は結ばれていた。
そして出た食事が、謎の半透明水団子である。
創世神が覚悟を決めて、指で摘まんで口を寄せ、つるりと飲み込めば眉が寄る。
味も無ければ癖も無い、強いて言えば椰子の木の様な植物の香りが多少と鼻に抜けた。
妙な生暖かさと相まって、何を口にしたのか今ひとつわからないと。
「順番が違う」
横で同じように丸呑みしていたサフラが、団子横の肉菜を示して言った。
言いながらアルフライラが見てわかるように、豚肉を齧って団子を口に放り込む。
言われたままに豚肉を齧った神は、そのまま瞼を強く閉じ味に耐える様相を見せた。
凄まじく塩辛かった様だ。
そして口の中の塩味を、洗い流す様に団子を飲み込む。
「うあー、漬物と白米の様な物なのかな」
「極東様式か、言われてみれば似た様なもんだな」
ところでこれ何と神が若妻に問えば、沙穀の団子ですよと笑顔での答え。
「ああ、これが話に聞く沙穀椰子の澱粉」
ちなみに、最初に聞いたのは1万年前である。
先史のアルフライラの時代から古くはマルコ・ポーロの東方見聞録に於いて、
幹に小麦粉の詰まった椰子と書かれた、沙穀椰子からとれる澱粉。
切り倒した沙穀椰子の幹の内側、繊維状のそれを砕くなり潰すなりと加工して、
水を通して抽出した澱粉であり、一部地域では主食として愛されていた。
皿の上の沙穀団子は、沙穀に熱湯を注ぎ棒で混ぜながら水飴状にして、
そこからそれこそ水飴の様に捏ねて、団子にして熱湯で茹でた物である。
場合によっては椰子の香りの癖が強い物だが、料理上手なのか無味無臭で在った。
そして食べ終わり、改めて物納されたのは革袋に入った沙穀。
小粒状態で乾燥しており、沙穀米などとも呼ばれている。
「どうするべー」
そんな事を言い悩みながら、1柱と1人は商人と一緒に古都の宿に戻る。
「要するにタピオカだよね、これ」
創世神の巣こと、宿の厨房に神の身も蓋も無い言葉が響いた。
沙穀は先史日本でも室町時代に伝来し、寺院から全国に広がった食材であったが、
明治時代に伝来した大き目の沙穀ことタピオカに、その座を侵蝕された過去が在る。
とりあえず沙穀米を潰し粉にして、少しづつ湯を混ぜながらパン生地の様に捏ねる。
そして団子状に丸め、熱湯で外側を、少し火勢を弱めじっくりと内側まで水と熱を回す。
後は宿の賄い汁に放り込んでしまえば、丁度良い嵩増しの具であった。
「鍋に合いそうー」
芋餅やちくわぶの同類だなあと、周囲が理解不能な言葉を呟きながら豚肉の塊を叩く。
細切りからの挽肉にしながら、しまった板で挽けば良かったと後悔の言葉。
大蒜、胡椒、刻んだ香草と共に炒め、黒蜜と魚醤で味を整えた。
それを板の上に伸ばせば、板から格子状の突起が生えて小さな肉団子へと姿を変える。
そして出来上がった肉団子を捏ねた沙穀生地で包み。
「蒸すッ」
その隙に沙穀団子汁を夕餉と開拓者席に運び、食べ終わる頃に蒸し上がったそれを出した。
蒸し上げられ半透明な沙穀に包まれた、味付けをされた濃い色の豚肉団子。
団子の上に刻んだ揚げ大蒜と蕃椒が散らされているのは、密林仕立てか。
アルフライラの生前の時代には、沙穀がタピオカで代用されがちな南国レシピであった。
「甘辛ッ、良いわねこれ麦酒が進むわ」
口に放り込んだマルジャーンが楽しそうに感想を口にして、そのまま杯を傾ける。
「美味礼賛、アズラクや姉さんが居ると食卓が豊かですねえ」
「いやジャマールさん、要求の前提条件が高すぎなんだけど」
しみじみと麦酒を進める詩神の贅沢発言に、相方が果実水片手に引いた感想を入れた。
神国の象徴である大神と創世神の二択である、とち狂うにも程が在ると。
「噛むほどに味が濃い、これは罪の味じゃな」
気に入ったのか謎な感想を述べて横が頷き、そんな男衆は揃って麦酒を追加で注文する。
一連の流れを見ていた宿の主の瞳が、酒を運びながらキラリと光った。
「ヤバイ、減りが早い」
そしてジャマールとタサウブが居たんだと、普段の調子で作っていた調理神が焦りを見せる。
そのまま巣に戻りさくさくと簡単な酒の肴を追加すれば、その頃には杯も随分と空けられて。
古都との別れを惜しむに足る、ささやかな酒宴と化していった。
ちなみにレシピを店主に提供したところ、宿代が返金されたと言う。
後に宿の名物から古都の名物となり、千夜神の名と共に愛される肉詰めの沙穀団子であった。