砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-02 6092A.D.

― 9.12.6092A.D.

 

時折に大気が大地を砕く振動が伝わる。

 

アルフライラは作業の手を止め、透明アルミニウムの窓から

荒野の先の岩の砕ける様を眺めていた。

 

風とは呼べない、もはや地球には気候は存在せず、

惑星の自転に引き摺られた大気が世界を削り続けている。

 

その身を包むのは簡素な白衣と、後頭部から耳の下を支える、

首にかけたヘッドフォンの様な形状の生命維持装置。

 

抱いた不穏を吐き出す様に軽く息を吐き、作業の再開。

中空に浮かぶキーボードへと手を伸ばし映像を照射させる。

 

ただ静かな打鍵音だけが響く個人研究室。

 

そして扉が開いた。

 

「姉上ー」

「アル姉さまー」

 

転がり込む様に、黒髪の少年と銀髪の少女が入室してくる。

 

機能を優先した入院患者の様な質素な衣服を纏う二人。

その頭頂部には、人として見慣れぬものが付いていた。

 

毛髪と同じ色の毛皮に包まれた、猫の耳。

 

「はいはい、アスワドもアビヤドもお姉さん忙しいから後でね」

 

そう言って押し留めようと願うも、幼い弟妹に理屈は通じず、

顔から一気の突撃を図り、綺麗にアルフライラから骨が折れる音がした。

 

「いやほんと、に、後で、うぐふ、わき、腹から、破滅の音が」

 

猫の習性か、二人はにぶい音を立てながら頭突きを繰り返す。

そのたびに乾いた、何かが折れ砕ける音が姉の身から響く。

 

「あー、こら馬鹿猫ども、姉貴の骨が折れまくるから離れろ」

 

姉の骨を絶対へし折るマシーンと化した二匹の首根っこを掴み、

ポイと部屋の外に放り捨てた者もまた、獣の特徴が在る。

 

見える肌に灰色の毛皮が在る人型の犬狼。

髪の如き白い鬣は長く伸び、背中に流している。

 

そんな彼は、頭痛を耐える様に頭を押さえていた。

 

そして解放された重症患者は、余命僅かな老人の如くに震えながら、

首元の装置を触り、全身から蒸気を吹き出し肉体を再生させる。

 

「うぐふぉー……」

「いや拒絶しろよ少しは」

 

呆れ顔の弟に、姉が困り顔で口を開いた。

 

「すまないな、実は私は猫派なんだ」

「業が深い生き方を猫派の一言で片付けるな」

 

そして鍵のかかった扉から、カリカリと猫が爪を研ぐ音がする。

 

「あー、肩凝るし生命維持装置も少し楽な形にしないとなー」

「もう移動する寝床でいいんじゃねえの、寝たきりで面倒も無え」

 

聞かないふりの言葉を拾い、どうでも良い会話が続いた。

 

そして空間をスワイプし机を引き出し、その上に飲料を生成する。

二つの白いマグカップの中には、湯気を立てる黒い液体。

 

「飲むかな」

「砂糖はいらね」

 

言いながら受け取った珈琲に口を付け、器用に飲む様の横、

作り手が指先を振ればカップに並んでいた砂糖が消えた。

 

「便利だよな、王の権能(情報化)姫の権能(物質化)

「セットで搭載するのを避ける様になるほどにはね」

 

室内に漂うモカ・マタリの香りを楽しみながら、互いに珈琲を傾ける。

猫の爪音が響く中、穏やかな一息が流れる。

 

そして器用にマグカップを齧る弟を眺めながら、姉が口を開いた。

 

「見れば見るほど、ウルフルンだなあ」

「姉貴が時々言ってるが何なんだそれ」

 

次いで、服が青ければ完璧だわと付け足す。

 

「古代の創作物語に出てきた、人気の敵役」

「敵役かよ」

 

聞いて浮かべる嫌そうな表情に、語り手が苦笑した。

そのまま液面に移る光景に視線を向け、息を吐く。

 

「そういやラマディは、性的嗜好はどうなっているのかな」

 

突然の話題の暴投に、犬面の口からぴうと珈琲が飛んだ。

 

「い、いきなり何言ってんだこのアマッ」

「いや、結構重要だから、だからこの機会に聞いているのだけど」

 

毛皮に隠されてもわかるほど器用に赤面した叫びに、

至って真面目な顔で問い手が言葉を続ける。

 

「何がどう重要なんだよ、何がッ」

「首から上がフサフサしてる嫁さんが必要かと言う話」

 

そしてアルフライラは首を傾げる。

 

「私的には、全身の8割ぐらいがフサフサしていると楽しいかな」

「聞いてねえ」

 

制式5号個体、即ちカルブン・ラマディは呆れ顔で呻いた。

そのまま側頭の毛皮を片腕でワシワシと搔き毟り乍ら、呟く。

 

「あー、俺はまあー」

 

小声でボソリと呟く。

 

「姉貴みたいなのが美人だと思うぜ」

 

目線が明後日の方向のまま、絞り出した様な返答に、

聞き手は納得がいったと言わんばかりの表情で、髪をかき上げる。

 

「弟を惑わす自分の美しさが怖いね」

「言ってろ馬鹿」

 

姉は弟の叫びを馬事東風と、中空のキーボードに向き直った。

 

「ならまあ、大量生産する低位新人類は普通に人型でいいか」

「何かあんた、いつのまにかあのマッドどもに染まってねえか」

 

言われた側が首を傾げる、そして真剣な表情で疑問を口にした。

 

「親族愛に溢れた適切な言動だったと思うよ」

「言動から人の心が微塵も感じられねえんだよ」

 

打てば響く様な返答は、多分に照れ隠しを含んでいたのかもしれない。

 

「しかしだね、幽霊も愛も人の心も、語る者は多いが見た者は居ない」

「発想が既に鬼畜のそれだ」

 

愛情、愛情を添付しろと叫ぶ苦労人体質の弟の有様を、

人の心にいまいち乏しい姉が嗤いながら所見を嘯いた。

 

「愛は示し応えるものだよ、口先のそれなど睦言の類かな」

 

コミュニケーション能力ーッ、と言うカルブン・ラマディの魂の叫びは、

残念ながらアルフライラの心にまでは届かなかったらしい。

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