山猫森人執事喫茶千夜神殿居酒茶屋密林同盟、通称神殿茶屋は今日も騒がしい。
千夜札に一喜一憂する紳士淑女の周りには空の器が積み上がり、
連れ合いを待っている同伴客は、美形の山猫と森人が歓待をする。
帝国礼服に身を包んだ精悍な山猫と、甘い風貌の高原森人に挟まれたご婦人は、
はわわと困惑の中で頬を染めながら、勧められるままに注文を積み重ねた。
「はいッ、酒杯の塔入りましたッ」
えげつない金額の注文が入り、キャストたちが拍手でお大尽を褒め称えれば。
三角錐に積み重ねられた杯の頂点へ、硝子瓶を傾け酒を注いだ茶屋娘神殿長。
そして偏在する富の上層に位置するご婦人は、その程度の出費などお遊びですわと、
得意そうにドレス下からでも見てわかる豊かな胸を張り、むふーとか言っている。
などと売り物の夢が有料で叶う楽園、中略茶屋に対し憤りを露わにする者が居た。
「ふざけるな、密林の蛮族風情がッ」
帝都から訪れた若者、寄り親の湯治に護衛名目で同行した騎士爵である。
稼ぎ方が道徳的にどうかと訴えられたら、本尊も神殿長も一切の反論の余地が無く、
仕方が無いので法廷で逢いましょうと脱法家業の太々しさを魅せつける所だが。
そんなありきたりな義憤では無く、単に狙っていた女性が歓待されてあわわしており、
色男ぶりを魅せつけ続ける山猫と森人が気に入らなかっただけらしい。
そもそも貴族の湯治、しかも岸の向こう側でのそれ目当てな集団に属する者である。
治ったところで治らないお盛んに、やがてまた拾うであろうと目される生態。
女日照りに耐えられるはずもなく、この様な事態は予測されてしかるべきであった。
故に物陰から粘土の仮面がはみ出して、神殿長に穴の様な瞳で問い掛ける。
処す?
ついでにその仮面の上方には巨人族の女性の顔が在り、艶の在る流し目で問う。
攫う?
哀れ若き騎士の生命と貞操は、物の見事に風前の灯か。
とりあえず茶屋娘神殿長は、ブロックサインでケツ持ちに様子見と送りつつ、
帝都の流行と田舎の土人たちとの差をまくしたてる生贄候補を眺めやる。
まずは一服盛るか。
責任者が対処を決めようとしたその時、太鼓の音が響いた。
激しく、それでいて拍子に合わせ力強く叩きつける様な、音の楽。
突然の音に注目を集めた森人は、太鼓を放り投げながら店奥から騎士に歩み寄った。
かつて高原の若長をしていた青年、神殿内売上第三位の神官である。
投げられた太鼓は、泥人が受け取り軽快に音を鳴らしはじめる。
そして元若長は、まくし立てられていた売り上げ第二位な山猫青年の肩に手を置いた。
「なるほど、帝都の雅な作法は確かに我らに似合わない物だろうな」
切れ長の目が、ぞっとするほどの艶気を纏いながら細められる。
茶屋の空気が押し固まり、誰しもが息苦しさを感じていた。
「しかしながらそうだな、帝国の素晴らしき舞踏には数えられない」
そこで山猫が一歩前に出て、破裂寸前の空気の中で森人の言葉を継ぐ。
「我らの素朴な踊りをご存じか」
突然の問いかけに、虚を突かれた顔の騎士が問い掛けた。
「素朴な、とは」
途端、山猫と森人が飛び跳ねた。
―― 土煙を上げ飛び跳ねる牡牛の様に
左右に位置を入れ変え、腹式で茶屋に大音量の歌声が響く。
―― 千夜神に捧げる渾身の踊り
肩を回し空気を散らしながら、歌声に合わせ足元が踊り距離を詰める。
―― 靴を踏み鳴らせ剣戟の様に
音、叩く音、体を入れ替え、拍子の度に軽く飛び跳ね手を振りながら身を返す。
―― 木陰で心を持て余す若者の様に
騎士を挟み、歌声を響かせながら合わせて身体が揺れる。
―― 或いは蕃椒入りの雑穀パン
振り向き、表通りに背中から飛び出しながら合流し肩を組む。
―― まあ聴け この曲 この歌を
上着を脱ぎ棄て、首元を緩め、足を高く振り上げる。
―― 踊り踊る踊れ踊れ それは英雄の歌
拍子に合わせ爪先と首を振り、踵が後ろに下げられて、前に叩く。
―― 踊り踊る踊れ踊れ それは愛する故郷の踊り
足を絡める様に振り回し、腰は回り上半身が嵐の如くに振り回される。
―― 踊り踊る踊れ踊れ 刺激強めの密林蕃椒
空を叩く腕の振りに、合わせてその度に足を踏む。
―― 踊り踊る踊れ踊れ でたらめに飛び交う短刀の踊り
違う動きをする上半身と下半身が、拍子を合わせて激しく振り回される。
「やめろ馬鹿馬鹿しいッ」
騎士が叫び、音が消える。
静寂の中、詰め寄る者に押される様に踊りながら下がる踊り手たち。
しかしその背中を、両の手で留める者が居た。
茶屋娘神殿長が、景気良く二人の背中をひっ叩いて業務命令を下す。
「やっちまいなッ」
途端、改めて景気の良い太鼓の音が狂った様に辺りに響いた。
観客がひとり、またひとりと音に呑まれ手拍子を入れる。
楽に合わせ、森人と山猫は再びに踊り始めた。
腰を固め、飛び跳ねながら手と足を振る。
腰を回し、嵐の様に手と足を振り回す。
―― 胸の鼓動を上げろ 太鼓の様に打ち鳴らせ
弾けながらそこら中を飛び回り、観客を順番に巻き込んでいく。
―― この音を爆音を聴け 耳鳴りを起こすまで
ひとり、またひとりと歌い、踊り、輪の中に入っていく。
―― 謳う様に踊れ 拍子に指を鳴らし続けろ
増える楽器、増える踊り手、歌声と狂踏が砂埃を上げる中、
森人神官は手を伸ばし、指先を曲げ手招きをし若き騎士を挑発する。
腕は振られ、踵を返す力強い密林の踊り。
上着を放り捨て、輪の中に入った騎士も足元を見ながら激しく回り出す。
ただ歌声に合わせ、誰もが眉の汗を散らす様に踊り続けた。
―― まあ聴け この曲 この歌を
複数の楽に合わせ、円を描き土煙を上げ続ける若者たち。
―― 踊り踊る踊れ踊れ それは英雄の歌
ひと時も休まる事無く、飛び跳ね続け手足は全力で振り回され続ける。
―― 踊り踊る踊れ踊れ それは愛する故郷の踊り
やがてひとり、またひとりと足をもつれさせ大地に倒れ込んでいく。
―― 踊り踊る踊れ踊れ 刺激強めの密林蕃椒
繰り返される歌に、小さく成り続ける輪で意地の張り合いが続く。
―― 踊り踊る踊れ踊れ でたらめに飛び交う短刀の踊り
いつしか、踊りの輪は3人の若者で作られるほどに小さくなっていた。
力尽き座り込む人々は、いまだ踊り続ける踊り手に声援を送る。
汗に塗れ、引き攣った笑みで手足を振り回す3人。
最後まで踊っていたのは、物事の最初に居た森人と山猫と、騎士。
意地の張り合いは続く。
―― 血を滾らせて 生命の限り踊れ
そして終に、騎士が足をもつれさせて倒れ込んだ。
ああくそと小さく罵りながら、邪魔にならない様に後ろに飛び退る。
2人になった神官たちが、1拍の行動で目線を合わせ、飛び跳ね正面に向き合った。
太鼓は鳴り響く、声援と歌声が土煙と共に風に乗る。
左右の手を天地に突き出し、足を高く上げ大地に踵を叩きつける。
鏡合わせの様に、歌と楽に合わせ2人の踊り手が激しく動き続ける。
―― 踊り踊る踊れ踊れ踊り踊る踊れ踊れ踊り踊る踊れ踊れ
どこまでも続くそれに、座り込んだ若い騎士が呆れた笑いを頬に乗せた。
やがて、軽く周囲に視線を走らせた山猫が足をもつれさせて倒れ込む。
最後まで踊っていたのは、高原の元若長。
歓声の響く中、彼は飛び上がり腕を振り足を高く上げた。
―― 大地を踏みしめ どこまでも飛び上がれ
全身を振り回しながら高く跳び、宴の最後を飾る踊り納め。
―― それは生きる力 歓喜の踊り
ひとしきりに動いて終に立ち止まった時、再度の歓声が村に響いた。
「さて、騎士様」
倒れた山猫に手を差し伸べ立たせ、息を切らしながら勝者が言葉を紡いだ。
「世の常として、身分職責の貴賤、土地の優劣など多々あるだろうさ」
少しだけざっくばらんな言葉で、譲れない一線を力強く主張する。
「しかし、千夜神の前で全ての種族に貴賤は無い」
当然の如く、賽銭箱と言う単語は除外されていた。
どこかで狂信者が編纂した気配のする尊い言葉に感じ入る物でもあったのか、
それとも力尽き果てるまで踊りあかし、陰鬱な気配が吹き飛んだのか。
騎士爵の若者は頭を掻き、どこか清々しい表情で言葉に応える。
「謝罪を入れよう、山猫も森人も等しく素晴らしき人々だ」
勝者と敗者、互いの掌が固く握り合わされ観衆から歓声が上がる。
どこからか再び楽の音が鳴り響き、土煙は風に散らされ空の上に消えた。
騒々しく奏でられる神殿茶屋前に、茶屋娘店長の指示で酒樽が持ち出される。
責任者の手に握られた小槌で蓋が叩き割られ、周囲に芳醇な香りが漂い出した。
「振舞い酒だ、我らがアフダル様に感謝を述べてから杯に注ぎなッ」
途端、そこかしこで緑の大神に対する祝辞が重なり新たな騒めきと化す。
次いで人々は杯を持ち寄り、古都より取り寄せた樽酒に群がった。
そして神殿長店長が冷や汗を流しながら、群衆の隅で太鼓を叩いていたアスファルに、
これで良いっすかと目線で伺いを立て、応えた頷きに深く息を吐く。
いくら何でも、今回は千夜神が単独で目立ち過ぎたと。
気が付けば騒動は祝宴と姿を変え、件の森人と山猫と騎士の3名は笑顔で肩を組み、
ああだこうだと言い合いながら酒を酌み交わしていた。
そんな気楽な在り様を見て、神殿長と密林若長が苦笑を零す。
「あの野郎、すっかり敬虔な信者になりやがって」
「まあ経緯が経緯ですし、仕方無いところもありますけどね」
後ろでげひひと笑う千夜の銭ゲバ長も、緑神と精霊の使徒たる密林の次期長も、
相応に気苦労の絶えない密林の森人村である。
後に冬入りに行われる舞踏奉納、密林大祭はこのような経緯ではじまったのだが、
言うまでも無く、旅の空の下のアルフライラには知らぬ事柄であった。
Tips:少し前、聖地で森人を踊らせて暇を潰していた創世神が居たらしい