砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 獣人の邦の話

 

まばらな草原に、踏み固められた交易路が生まれ始めている紅玉平野。

 

底浅の河川は日々水流に削られ深さを増し、簡素な橋架がその上を越えて道を繋げている。

泥土の湿地、まばらな草原には枯れた夏草が色を添え、幼い樹木が懸命に幹を育てていた。

 

平野を越えて、ペル・アビヤドが見えた頃には隊商も若干肥大化しており。

 

空白地と化した亡国より難民と化した若干名、襲われた交易商の生き残り、

様々な理由でペル・アビヤドを目指していた少数などが合流したためである。

 

ともあれ発展している最中の獣人の邦に、それぞれの未来を望む者たちは辿り着いた。

 

【挿絵表示】

 

空気の凍る早朝に仮設の堀や柵を越え、建設され続けている建物の狭間の大通りを通り、

大水路の通る石造りの中央広場、それに付随する交易広場で旅路の契約が終わる。

 

商会に売買を臨む商人、巡礼の輩に学問の徒、新たに植民を臨む自称猿を含む獣人軍団。

今は何も持たなくとも未来だけは在ると、明るい笑顔で別れを惜しんでいた。

 

そしてアルフライラたちは、聖域への参道に向かう途中に大広場。

常設市の屋台を冷やかし、消耗品と嗜好品の補充に時間をとる事にする。

 

偽麦や殻などで嵩増しした畜産飼料のふすまパンを雑穀パンと偽り売りさばく者、

薬剤で発色を良くした肉屋、茶葉や豆以外の何かを混ぜ込んで素知らぬ顔の歩き茶屋。

 

相応に性質の悪い者も混ざる雑多な市に、良品を求め彷徨う開拓者集団。

 

マルジャーンの付き添うハジャルが保存食や燃料の補充を叶えている間、

人除けにサフラが付いたアルフライラは背負い屋台の茶屋で時間を潰していた。

 

「おおこれはこれは、ウチの珈琲をお求めとはお目が高い」

「いや普通に他の物が混ざっているよね」

 

店主と適当な会話で、少々に値切って二杯ほどの注文。

指摘しつつも顔色ひとつ変えずに注文したアルフライラに、サフラが訝し気な顔で問う。

 

「混ぜ物が入っているのに、大丈夫なのか」

菊苦菜(チコリ)で嵩増ししてるだけだから、むしろただの珈琲より栄養価高め」

 

先史でも代用珈琲として著名な菊苦菜は、嵩増しの混ぜ物としての歴史も持っていた。

 

故に砂糖代わりに垂らした黒廃蜜の香りが漂う煮出し珈琲は、

特に何の問題も無く冬の朝に凍えた身体を暖めて、ほっとした顔に店主が告げる。

 

「軽食に母菓子(オム)が在りますよ」

 

言いながら背負い屋台の棚を開ければ、中には焼けた小さなパイ生地の姿。

生地で作った器に豆や干し葡萄を入れ、椰子乳や乳脂を注いで窯で焼いた物。

 

「意外にお安い、2つ貰うけどこのお値段どうやったの」

「夜明け前にパン窯の端っこを借りて焼いて貰ってんですよ」

 

窯の端、空いた隙間を小銭で借り受けて焼いたと語る。

茶屋は安く窯が使える、パン屋は余りで小遣いが稼げると。

 

やり手だなあと感心しながら神と人が菓子を食んでいれば、呑酒妖怪たちが合流する。

混ぜ物珈琲だけを追加で注文し、改めて神殿に向かい歩を進めた。

 

と思えば、アルフライラが屋台に引かれている。

 

熱された大き目の鉄製円盤がぐるぐると回され、その上で液状の生地が焼かれていた。

小麦と沙穀を水で溶いた物で、容器に開いた複数の穴から細く垂れ流されている。

 

そして回転の度に増えていく紐状の生地を、ある程度作っては纏めて売り物に並べていた。

焼き柔紐(クナーファ)、菓子や料理にと広く使われる獣人が好む焼き生地の一種である。

 

通りすがりにわさりと買い込んで板に仕舞い、改めて参道にふゆふゆ移動する。

 

ペル・アビヤドと聖域を区切る用水大河に架かる、随分と立派に仕上がっていた大橋を越え、

参道沿いに聳える岸壁の狭間を越え、屋根までは出来上がった各神殿を視認した。

 

とりあえず獣神に逢おうかなどと予定を立てる所で、1匹の家猫族が通りがかる。

 

ふさふさとした毛並みに立派な体躯の、灰斑。

 

その猫饅頭はアルフライラの目の前で、ごろんと横に成り白一色の腹毛を魅せた。

 

家猫族にとって、急所である腹を見せるという行為は絶対の信頼の表れであり、

海よりも深い親愛を表現する手段として行われる貴重な行為である。

 

ちなみに股間は尻尾で隠されていた。

 

そして無言のまま瞳で語る猫。

 

―― 触っても、良いんだぜ

 

もはや創世神に抗う術は無く、板が接地してもふもふと両手で腹毛の感触を確かめる。

 

少し皮がたるんでいる。

 

そこに寄って来た三毛が、ごろんと横に寝て腹毛を魅せた。

 

―― 触っても、宜しくてよ

 

言うまでも無く、股間は尻尾で隠されている。

 

誘われるままに複乳の覗く腹毛をもふもふと触る神に、今度は虎縞が寄ってきた。

 

―― 触っても、ええんやで

 

次々と無言のまま雰囲気だけで語る家猫族に、休む間も無く腹毛を堪能するアルフライラ。

 

「ああ、アルちゃんが自分の神殿に誘導されてる」

 

マルジャーンが察した通り、腹毛の行列の先には千夜神殿が在った。

これには獣神神殿の物陰に潜んでいた、待ち伏せ型狩猟大神も無念の涙を流す。

 

なお、手を伸ばす度に後ろ足や尻尾で掃われ続けたジャマールは、落ち込み膝を抱えていた。

接地したアルフライラと違い、性懲りも無く立ったまま上から手を伸ばしたせいである。

 

そして屋根まで出来上がった千夜神殿に一行は到着し、そこかしこに転がる猫人を足でどける。

 

太陽と月の意匠の神殿の中、夜を示す黒曜石の大鏡が中央に飾られ神威を示していた。

 

正殿に踏み入ると即座、黒一色の家猫族が速やかに板の上に昇りアルフライラの敷物と化す。

 

通りすがりに突撃したジャマールの顔を尻尾ではたいていたが、やられた神は何と言うべきか、

とても嬉しそうな顔をしていたので何の問題も無く、いやむしろ正しい対応だったのだろう。

 

そのまま神の御座に在った代理の招き猫像を仕舞い、千夜神が神殿に君臨した。

それはそれとして、当然ながら床にごろごろと転がっている猫人たちには何の変化も無い。

 

「やる事が思いつかない」

「開口一番がそれなのは、流石に少し酷いと思うのじゃが」

 

毛玉をモフるぐらいしか思いつかない神に、人は嘆きの声を届けた。

 

「とりあえず厨房にでも行こうか」

「そもそも、何で本尊が休み無く働こうとしておるのじゃろうか」

 

そっと黒い労働の宿星が輝く神の言葉に、呆れ半分な開拓者の感想。

 

猫饅頭に突撃してはすげなく扱われている妹神と相方は放置して、石窯の在る厨房に赴けば、

老豚人が火は入れてありますぜですと、いつもの怪しい言葉遣いで迎え再会を寿いだ。

 

「まずはさっき買ったクナーファをザクザクと切ります」

 

作業用ハンドが小鍋で酪を溶かしながら、焼き柔紐を指程度の長さに切り分ける。

そのまま椰子砂糖を塗し、溶けた酪を上から掛けてわさわさと揉んで混ぜ込んでいく。

 

「出来上がった物を鉄皿に押し付ける様に敷いて」

 

上に乾酪と生乾酪をこれでもかと乗せる、塩で包まれた外側部分は先に切り落とされていた。

切り落とされた塩乾酪部分は細切りにされ、呑酒妖怪に肴として回される。

 

「白兎の麦酒は重いから、塩気と乾酪が意外に合うわね」

「それでもこれだけ味も脂も濃いと、火酒あたりが欲しいとこじゃな」

 

「流れる様にごく自然に始めやがった」

 

歌姫と博士のいつもの在り様に、苦労人の剣士が顔を覆い天を仰いた。

 

「乾酪塗れの上からさらに、さっきの和えたクナーファを敷き詰めて」

 

そのまま竈に放り込む。

 

焼き上がりをわくわくと待つ神と、後ろで酒の壺を空けていく人の営み。

朗らかな空気の中、どこか遠くからお姉さまあと叫ぶ獣神の声が響き。

 

厨房に頭から中空を飛来した大神魚雷が、板の障壁にぼよんと弾かれた。

 

「密林の山猫に比べれば、隠形がなっていない」

「何かよくわからない存在と比べられていますッ」

 

4度に渡り創世神の喉元に迫った猛獣の記憶である。

 

「と言うか、妹との再会を喜んでくれないんですかーッ」

 

ぺしぺしと障壁を叩く獣神が在り、やがておっとり刀で駆け付けた2匹の犬狼従者。

カフラマーンとサヤラーンが見た物は、頭頂から滝の如く出血するアルフライラであった。

 

アビヤドを被っている、思い切り噛まれている、出血と白煙が頭部から止まらない。

 

「おお、アビヤド様がアルフライラ様を折っていないッ」

「ついに、ついにそこまでの加減が出来る様になられたのですなッ」

 

「何か君ら、私の妹を甘やかしていないか」

 

流れぬ涙を拭うふりをする従者たちに、ジト目で問い掛けた姉の疑問。

 

とりあえずと姉は妹の親愛の甘噛みを放置しつつ、作業用ハンドで竈から鉄皿を取り出す。

こんがりと香ばしく焼けた表面に砂糖を入れた椰子乳を回し掛け、砕いた阿月渾子(ピスタチオ)を塗す。

 

円状のそれをざくりと切り分け持ち上げれば、挟まれた乾酪がとろりと糸を引く。

 

そのまま自分の頭の代わりにと、獣神の口の中に突っ込んだ。

 

「頭部の代わりと言う意味では、これもまた『饅頭』なのかもしれない」

 

黙々と無心に甘味と香ばしさ、チーズの独特の魅力を姉の頭の上で味わっている狩猟大神と、

ピザ状に切り分けた焼き柔紐のチーズケーキに、斜め上の感想を貼り付ける調理神。

 

ともあれ横の鍋で温めていた乳に妖精蘭(サハラブ)を放り込んでとろみを付け、桂皮を混ぜ込む。

そのまま杯に注ぎ、場のそれぞれに渡し焼きあげたクナーファもしっかりと切り分けた。

 

なお、一連のレシピは細かく記録され神殿に保管される事になる。

 

聞きかじり白兎の馳走を千夜仕立てで整えた、千夜神の冬の昼食であった。

 

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