砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 日向と陰の話

 

本殿に祀られっぱなしのアルフライラは、肉球に起こされた。

 

黒猫を敷布団に、三毛猫を掛布団にしながら、雉猫に肉球で顔を揉まれている。

もぎゅもぎゅと捏ねられながら、これは一種の理想郷ではと戯けた寝言を零す。

 

やがて目を覚まし身体を起こし、軽く伸びを打てばそこかしこから破滅の音。

板上に突っ伏して煙を吹いている創世神を見捨て、猫たちは板から離れていった。

 

そして肉体修復が終わる頃、白兎族が朝食を運んでくる。

 

妖精蘭でとろみを付けた紅茶に、茹でた空豆。

 

匙で掬い口に運べば、舌どころか唇で潰せるほどに柔らかく煮込まれていた。

もはやかろうじてと形を保つ空豆ペースト、それはしっかりと塩味が効いている。

 

「交代制で一晩茹で続けました」

 

どう作ったのかと神が兎に問えば、微塵も迷い無くとち狂った返答。

燃料費を含む手間、それは間違い無く神に捧げるに相応しい贅沢な朝食であった。

 

もぎゅもぎゅと豆を食みながら大儀であると褒めた所で、

聞いているのかどうだかわからない、眠気にふら付いている給仕の白兎。

 

倒れる前に通りすがりの家猫族が背中に乗せて、神殿から退出していく。

 

「素晴らしきかなもふもふ天国」

「法界悋気、姉さんだけずるい」

 

祀壇後方の物陰から、何やら怨霊と化した詩神が覗きながら呪っていたが、

その様な怪異に関われば祟られそうだと、祀神は聞かなかった事にした。

 

 

 

鉄と油が香る同心円の街、イルカーディア。

 

初老の穴居人が口元の血を拭い、改めて回収されたスロウンズの破片に向き直った。

 

世界樹の聖域から神と人が消え、改めて森人が戻るまでの僅かな隙に、

ハジャル・トルキの指揮で回収された偽典アルコーンの残骸である。

 

封印された燃料槽。

 

そこには5枚の花弁を示すシンプルな模様と、古代悪魔の言語が記されていた。

 

「花と、何だ『凄く』『良い』か、後は『出来栄え』」

「巫山戯た話だな」

 

―― たいへんよくできました

 

上から目線で採点された現実に、老人と若者が揃って悪態をつくのだが。

 

「いやだからさ、頬が緩んでいるぞ爺」

 

その上でガッツポーズまでしていた。

 

「で、この中身を知りたくない箱はどうするんだ」

 

拳で軽く鳴らしながら廃棄かと聞いたトルキに、ふと穴居人は気が付いた顔をした。

各種計器を接続し、幾つかの検査を経る度に顔色が悪くなる。

 

「おい、どうした」

「動いている」

 

検査の結果を見れば、際限無く魔素を出力している封印された燃料槽。

 

「中身の殺意と生存本能、それがぐるぐると回り続けて魔素を出力し続けている」

 

密閉された空間に滅びが無い故に、全てを使い尽くすまで回り続ける生体機関。

絶句したトルキに、老人は千夜文書禁章に触りだけ書かれていた内容を口にした。

 

「怨念炉」

 

生贄砲の基礎と成った技術体系に、名前だけ残されていた存在。

 

奥歯を噛み締め、絞り出す様にトルキが呻いた。

 

「悍ましさですら、自分には届いていないと哂っていやがるのか」

 

悔しさの滲む言葉を横に、穴居人は全てを吹き飛ばすように呵呵と笑った。

 

 

 

陽が南中に至り、暖かさが暑さに変化した頃合。

 

ペル・アビヤドが鳴らす生命に溢れた雑多な音は、聖域神殿にまで響き。

板上に転がる創世神の耳にまで人間賛歌を届かせていた。

 

念のために記せば、奇獣族と家猫族も人間に含まれる、たぶん。

 

その中でも特に音が大きいのは、用水路に遊ぶ子供たちの声と、

仕事を抜けだした獣神、そしてそれを追いかける詩神の騒音。

 

目を細めまったりと伸びる神の太腿に、虎縞猫が顎を乗せて伸びた。

 

神々の音はやがて遠く、川魚を求める子供たちの声だけが残る。

何やら成果が昼飯と変わるらしく、子供なりに真剣な声の響きが在る。

 

【挿絵表示】

 

時折に混ざる絶叫と、鈍い音。

 

内陸の近隣諸国に珍しく無い認識として、風雨河川は統治者の持ち物と在る。

そのため風車水車の設置には許可が要り、使用料としての税金が課せられた。

 

当然、釣りもまたひとつの特権である。

 

その様な土地では、例えば下級の徴税官として置かれる水車小屋の番人など、

体制側の者が河川を使用し釣りをする特権を有している事が多い。

 

後は漁師、統治者以上の身分か、あるいは直接に許可を貰った貴族。

 

それ以外の者が魚を獲れば反逆罪だ。

 

しかしペル・アビヤドは、犬狼族の掲げる獣神が統治する聖都である。

故にと言うほどの所以でも無いが、河川は一般に開かれていた。

 

夕刻にでも成れば昨今は、水源側から勝手に流入して増えた川魚を求めて、

無聊を慰める輩が大水路に軒を連ねて太公望と化す。

 

成果はそこらの屋台に銅片でも払い焼いて貰うなり、手前の篝火で炙るなり。

当然に釣り人をあてこんで、酒や肴を売りに出す屋台も軒を連ねる。

 

陽が陰る頃合の小規模な釣り人市は、気が付けば土地の名物と成っていた。

 

なので子供も平気で魚を獲る。

 

太陽を象徴する巨大な塔に見守られながら、獣人の子供たちは騒がしい。

そんな環境音に混ざり、とてとてと足音がアルフライラの耳に届いた。

 

「すいません、ジャマールさんこっちに来てませんか」

 

タサウブが訪れ問い掛ければ、来てないよーと素の返答。

 

その時、がたりと本殿入り口に開かれたままの大扉が鳴った。

神と人の視線を集める中、扉は静かに存在感を示している。

 

ゆっくりとタサウブが扉に近付き、その裏側を覗き見た。

 

「ひいいいぃぃぃ……」

 

そのまま扉と壁の隙間に引き摺り込まれる少女。

 

後には何も残らず、やがてたたたと小走りの足音が響いて来る。

逃げる家猫族を追いかけて、ジャマールが姿を見せれば。

 

「すいません姉さん、今の毛玉もとい家猫はどっちに行きました」

 

アルフライラが扉に視線を向ければ、扉の上で毛を逆立てる鉢割れ毛玉。

しかし視線の意味を勘違いしたジャマールは、扉の裏へと回り込んだ。

 

そこに在ったのは、暗闇に光る大量の瞳と、上下逆さに成ったタサウブの生首。

 

「ひいいいいぃぃッ」

 

そのままぬるりと大量の家猫族が隙間から這い出て来て、

ジャマールを踏み倒しながら方々へと散っていった。

 

後に残るは大量の足跡が付いた詩神と、毛玉プレスされていた人間の遺体。

 

 

 

風雪が山麗を渡り、世界を灰色染みた空と白い景色に二分する。

 

鬼が、歩んでいた。

 

額に生えた双角は肉を盛り上げ突き破り、乾いた皮と肉がその根元にぶら下がっていた。

ずるずると、身に纏うボロ布を雪上に引き摺りながら、足跡を残す。

 

それもすぐに、吹き付ける雪が積もって姿を消した。

 

「ア……」

 

両の手が顔を覆い、指の隙間から赤紫の瞳が覗いた。

その指肉は千切れ、腕もそこかしこが抉れて内部を覗かせている。

 

脈打つ回路と、鋼の骨。

 

「アアアアァァ……」

 

鬼が、哭いている。

 

眼球に紅の光が灯り、牙に触れた雪が溶けて水蒸気と化す。

流れる涙には血が混ざり、頬に跡を付けてから凍って消えた。

 

長く、濃い金の髪を振り乱し、吹雪く中に消えていく。

 

後には雪が積もり痕跡を消し、全ては夢であった様。

 

 

 

誰そ彼と問う頃合も過ぎようとする宵の口。

 

ふゆふゆと剣士を保護者に連れた板が厨房へと移動していた。

辿り着いた先には、幾つかの残り火と酒瓶を抱える妖怪2匹。

 

「夕餉には遅めじゃな」

「食べ損なったのだー」

 

ハジャルの問いに、簡単に応えるアルフライラ。

 

日暮れの早い時期ではあるが、早寝早起きの地域でもあり夕餉の時間も早い。

現在はちょうど、夕餉と夜食の狭間程度の時間帯である。

 

そして謎の怪魚や妹たちや毛玉と騒いでいる内に、時機を逸してしまったと。

そんな風に少しだけ細かく補足を入れながら、板娘は火に掛けた鉄鍋に油を回した。

 

熱するまでの僅かな間に、少し考える。

 

最近は白兎の料理でばかり持て成されているため、とにかく何か料理が薄目。

故に今は粗野で下品、ジャンキーな味わいこそ創世神の舌は求めているのだと。

 

なので熱した油に、以前に徴発したXO醤を注ぎ香りを開かせる。

 

「アルちゃん、何か早々に漂う香りだけで凄くお高そうなんだけど」

「青の女神、渾身の醤だからねー」

 

XO醤、先史20世紀末に香港で生まれた乾物を主にする混合調味料である。

 

基本は干海老、干貝柱、塩魚、金華火腿などを、生姜蕃椒大蒜との香辛料で整えた物。

後は様々な醤をブレンドしたり、他の乾物を入れたりと工夫の余地が多い。

 

ついでに辛み目当てで肉菜に辣油と豆板醤を放り込み、卵を幾つか割り入れる。

 

極限まで濃縮された海産物の旨味と辛味が、菜の香りと混ざり鉄鍋から散じ、

後から放り込まれた冷や飯に、華やかな味わいを纏わせた。

 

強火に作業用ハンドで鉄鍋を振りながら、パラパラに炒める。

 

しかしこれでは、ただの美味しい高級炒飯でしか無い。

故に調理神は、そこで一気にジャンク風味と化す劇物を放り込んだ。

 

鬱金を入れた混合調味料、つまりはカレー粉である。

 

玉子の黄金とは趣を異にする、鬱金の黄金が炒飯を鮮やかに染めていく。

海鮮主体の醤の香りに各種香辛料の香りが重なり、もはやこれは香りの暴力。

 

かくして出来上がったのは、辛口XOカレー炒飯。

 

アルフライラ的には、雑にカレーで染めたジャンク飯でしか無かったが、

後ろで見ていた3人にとっては、ドン引きするほどの超絶贅沢料理であった。

 

「え、ええと、アルちゃん、それちょっと危険過ぎない」

 

主に値段的な意味で。

 

「確かに、夜食にしては危険すぎたかもしれないー」

 

主にカロリー的な意味で。

 

どこまでも平行線な価値観が不思議と噛み合いつつ、皿に分けた炒飯は好評を博し。

最終的にサフラが酔い潰れどもを、板に捻じ込むまでに勧んだ酔いの口であった。

 

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