砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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06-01 酒場の水晶

 

夜を抜け、旭光に砂漠の宵が駆逐されていく。

 

ハジャルは凍えた指先を温める様に、白い息を吐きかけながら砂丘を降る。

砂と礫の境目に在る最後の砂丘からは、地平線の先にイルドラードが見えた。

 

「南から来ると、温度差に身体が泣き叫ぶのう」

 

足元の砂は既に礫混じりで、凍て付いた石榑が陽光に解されている中。

剣士と詩神以外の顔には疲労の色が濃く、言葉に頷くも返答は無い。

 

言うまでも無いが、アルフライラは板の上で安らかに眠っていた。

今日も元気に、冥府と現世の境を反復横跳びしている創世神である。

 

南方砂漠の冬は地熱のため、イルドラードの夏程度の環境であった。

そこから北へ歩むにつれ、慣れ親しんだ砂漠の冬へと移行する。

 

昼に陽を避け深夜に歩めば、やがて日中に歩き深夜に寒さを凌ぐ世界に変わる。

 

僅かな道中に半年を込めた様な、急激過ぎる環境変化。

 

気温の変化と昼夜の逆転は、旅人たちの体力を容赦なく削っていた。

それでも夜に凍て付く回数は少なく、冬の砂漠を渡るよりは難易度は低い。

 

ともあれ昼には旅路も終えそうだと、礫砂漠を黙々と歩く内、

板の上に安置されていたアルフライラが、ぱちりと目を開いた。

 

「はッ、もしかして寒い」

 

蘇生早々、何か言っている。

 

「アルちゃん、気温を感じられなくなっていたら周りに言いましょうね」

「いやあ、意外に自分では気付けないー」

 

マルジャーンのぐりぐりとした強撫でに、決まり悪く応える板少女。

衰弱した肉体が、周囲の気温を認識できる程度には回復した様だ。

 

そして板上は空調完備ではあるが、設定温度が夏砂漠対応のままだったと。

 

慌ててタオルケットを背中から被りながら、空間を温める千夜神の神域に、

サフラが無言でタサウブの首根っこを引っ掴み捻じ込んだ。

 

何事かと驚く開拓少女に、煮沸消毒からの寝かしつけが襲う。

 

「感謝、そろそろ私が背負おうかと思っていました」

「旅程が完全に俺たち準拠だったからな」

 

詩神の言葉に剣士が応え、その後ろで寝かされ少女はすやぁと意識を失う。

改めて見れば目の下の隈も濃く毛艶も悪く、疲労の蓄積が見て取れた。

 

そうこうしている内にも歩は進み、昼前にはイルドラードへと到着した。

 

「さあタサよ、長い旅で生まれ変わった姿を父親に見せてくるのだー」

「いや、見た目を変えられたの今日の朝からですよねッ」

 

道中に手持無沙汰だったアルフライラとマルジャーンとジャマールは、

寝込んで抵抗が出来ないタサウブを、好き勝手に飾って遊んでいた。

 

おかげで砂を越えて来たとは思えない、清楚可憐な美少女振りである。

 

「アルちゃん様の帰還ー」

 

ともあれ着いたと宿場酒場に突撃した板神に、店主は口元を綻ばせる。

 

「おお、帰ってきたか水屋」

 

昼も活動できる冬だけに、陽除けの必要性も低く若干閑散とした昼酒場で、

満面の笑顔で帰還勢を迎えた酒場店主は、笑顔のまま板神の顔面を握った。

 

「お、なんだよすっかり可愛くなっちまって」

「えぁう、べ、別に良いでしょッ」

 

そして娘を揶揄いつつ、片腕でぷらんと吊るした神に改めて向き合う。

 

「なあ水屋、俺、言ったよな」

 

注意して見れば、満面の笑顔は張り付けたように微動だにしていない。

 

「これ以上、帝国に大神を持ち込むなってえええぇッ」

「ぐげええええええぇぇーッ」

 

かくして握力は発揮され、砂漠の邪神は討滅された。

 

そして席に安置され煙を吹いている板神を放置して、他を迎える。

 

「で何だ、緑のアフダル様だったか」

「注意喚起、アフダルはもう居ないので私は詩神ジャマールです」

 

ジャマールに豚刻印が記された紙束を渡しながら店主が問えば、

前にもそう名乗ったでしょうと、詩神は軽やかに訂正した。

 

「して麦酒は当然として、今日の昼は何かの」

「丁度水屋に出す料理が在るからよ、厨房に向かわせずそこ置いとけ」

 

とりま人数分の開拓麦酒なと、ハジャルの注文を受けた店主は厨房に戻る。

そして各々が席に着き、頬を擦りながらアルフライラも復活した。

 

その席に、覆布を被り顔を隠す女性が歩み寄る。

 

無言でアルフライラの横に座り、無言で顔を隠していた布を外した。

その顔を見た在る者は固まり、在る者は口をぽかんと開く。

 

白銀の髪を落ち着いた色の法衣から引き出し、背中に流す。

そして神族特有の美貌に微笑みを乗せて、千夜神へと向きあった。

 

アルフライラも微笑みを浮かべ、すすすと板が後退した。

相手の視点と自分、その延長線で移動する距離感を誤魔化す逃げ方である。

 

「逃がすかあッ」

 

白銀の美神は叫びつつ、懐から取り出した水晶玉を逃亡神に投げ付け、

しかしぼよんと障壁に弾かれ、たかと思えば鉱物は粉々に砕け散った。

 

空中に飛び散った水晶片は再度に結合し、水晶の鎖へと形を変ずる。

 

そのまま障壁ごと鎖に絡めとられたアルフライラを引き寄せ、

片足で障壁を踏みつけ、少々はしたない姿で鎖を鳴らすビッラウラ。

 

「お久しぶりですね、アルフライラ様」

「ええと、私はしがない猫弾きのアルナイネ、神違いだよ」

 

座った眼で挨拶をする赤の筆頭従属神に、目を逸らす猫弾き神。

 

ビッラウラは無言で水晶鎖を操作し、頭上に障壁ごと板神を持ち上げて、

そのままぐわんぐわんと振り回せば、邪神の断末魔が酒場に響いた。

 

「改めまして私はビッラウラ、赤のアハマル様の従神をやっています」

 

倒れ伏し水晶ゴリラと古代語でダイイングメッセージを記した創世神を置き、

席の開拓者たちに身分を明かし名乗りを告げる高位古代神。

 

赤の神国の祭祀などの折によく顔を出しているせいで知名度も高く、

タサウブや駆け出し以外の開拓者たちの驚きは薄い。

 

「いや、主の姉に対して扱いが雑でないかの」

「この方、隙を見せたら何をやってくるかわかりませんから」

 

戸惑いがちのハジャルの問いに、迷い無く力強く断言するビッラウラ。

神代で散々に思い知らされましたと、苦労の滲む独白が在った。

 

「ほいよ、麦酒と今日の昼は水屋宛てに届けられたレシピだ」

 

そこに店主が人数分の麦酒と、器に入れた煮込み料理を配膳した。

玉葱と羊肉の煮込みで、軽く大蒜と果実油の香りが漂っている。

 

平パンに乗せるなり汁を掬うなりとして食べると説明。

 

「ええと誰からの供物かな、やっぱ豚人さんかな」

「いや、砂漠西方のオアシスからだな」

 

復活した創世神が、言葉に固まった。

 

肥育料理(マリアトンタ)だ」

 

神は応えなかった、苦難の記憶に精神がその生命を途絶えさせたからだ。

ドスンと音が響き煙が吹き、強制的に蘇生させられた神がのた打ち回る。

 

「いやまあ、まずは果実油を壺ごととか書いてはいたけどな」

 

被害神の有様に苦笑しながら、店主は器の料理を語る。

 

ルフィサ擬き(ムレイフィサ)、使う香辛料が本物より少ないのが特徴だな」

「おお、オアシスで食った肥える料理じゃったか」

 

肥育料理加工を削除すると、普通に砂漠でよく見る煮込み料理であった。

 

そして記憶を掘り起こし、麦酒片手に食事を進めるいつもの面々と、

料理を交えつつ、久々の親子の会話を弾ませるタサウブ組。

 

「うーん、美味しいけどモニョる」

 

羊肉だしと遠い眼をして匙を咥えるアルフライラに、

食事を進めながら、改めてビッラウラが言葉を告げた。

 

「まあ要件は簡単です、赤の神国にアルフライラ様を招きたいと」

 

えーヤダ、メドいなどと言う長女神に、従神は微笑みのまま言葉を紡ぐ。

 

「銅の神国は聖女の指揮で、神妃の神殿を建てはじめたとか」

 

アルフライラの動きが止まる。

 

「中には、誰が入るんだろうね」

「さあ」

 

引き攣り笑いで問い掛ける千夜神に、朗らかな笑顔で惚ける従属神。

なので赤の神国に避難しませんかと、その顔には書いてあった。

 

「ねえアルフライラ様」

 

頭を抱えて悩む美少女神に、美貌の女神は言葉を掛ける。

優し気な、まるで悪神の如きに艶の在る微笑み。

 

「アハマル様から、神の威と権を剥ぎませんか」

 

その口から出てきた毒が、酒場の空気を染めた。

 

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