砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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06-02 旭光に踊る

 

気が付けば宵の星もその精気を失い、天壌の黒暗淵に薄く藍が乗る。

 

陽が昇るまでにはまだ時間が在り、凍て付いた砂は硬いままに。

イルドラードの酒場には、黎明を待つ人影が幾つか見える。

 

飾り布で壁や入り口を覆い、防寒の中で酒杯を重ねる開拓者たち。

 

法術の灯りに黒白の陰影は深く、夜明け前の時間に独特の、

どこかしら静寂の混ざる空気の中で、静かに会話が続けられていた。

 

「そろそろ新年ねー」

 

マルジャーンが青菜で包んだ挽肉の詰め物(ヤブラク)を齧りながら、

白濁した新式麦酒片手に現状を口にしてぼやく。

 

「帝国では、日付は夜明けに変わるのでしたか」

「そう言えば、赤では深夜に変わるんだっけ」

 

ビッラウラが訝し気に応えれば、マルジャーンは気が付いたように頷く。

 

神国は旧神たちが使っていた神代歴を採用しており、帝国も準じている。

 

諸王国時代などに、幾つかの国が自らの暦として新たに制定した物は在れど、

それらは特に広域に定着すると言う事も無く、大多数は神代歴で生活していた。

 

「アルちゃんと出逢ってから、新年の祭りに縁が無いわねー」

 

男女の出会いの場も兼ねる新年の祝祭。

 

今年も例によって例の如く、肉食系女性開拓者相互扶助隊員たちの懇願で、

神族3柱はイルドラードに隔離されており、マルジャーンも巻き添えである。

 

「私も随分と、間の悪い時期に訪れましたか」

 

平に請われた赤の従属神も、苦笑交じりに愚痴を零す。

 

同じく隔離を請われたジャマールは、先ほどまで近場で弦を弾いていたが、

夜明けを待てずして寝落ちしてしまったタサウブを抱え、寝所に戻っていた。

 

新年まで起きていると誓った開拓少女は、情け容赦が無い神々の暇潰し、

すなわち積み重ねられる酒杯と肴の攻勢に、無様に敗北して前後不覚である。

 

そんな潰れた荷物を抱える吟遊詩神の頬にも、どこか苦笑が浮かんでいた。

 

そのまま静かに酒杯を進める1柱と1人の、耳に届く板の鳴き声。

 

「『お汁粉』の様なそうで無い様なまあちょっとは覚悟しておけー」

 

火から降ろした鍋を抱え、アルフライラが厨房から戻ってきた。

そして改めて板上生成焜炉に置き、弱火で保温の状態に置く。

 

鍋の中の褐色染みた乳色の汁は、豆を煮潰れるまで煮込んだ物。

 

それに溶かした椰子砂糖を注ぎ、乳を混ぜた後に木の実や干し葡萄、

果実油で軽く炒めたそれを雑に放り込んだ甘味である。

 

乳粥(キール)ですか」

乳粥(パヤサム)ね」

 

乳粥(フィルニ)かな」

 

順に赤、帝国、交易路での呼び名である。

 

「米も在ったけど気分は豆ー」

 

器に取り分けながら、そんな事を言う。

 

乳粥に使う食材は曖昧で、豆を使う事も在れば長粒米や高黍も在った。

 

「そこに炙った切り餅も入れます」

 

完全にお汁粉である。

 

「極東の食材でしたっけ」

「東方でもたまに見るわね」

 

「糯米を蒸して搗いた物だね」

 

言いながら匙を伸ばし、餅も伸ばしながら食を進めていく。

 

「この敢えて使う、精製の甘い砂糖の褐色が良き」

 

冷えた夜の空気の中、器の湯気の中でアルフライラが語る。

 

「交易路は砂糖が気楽に使えて、本当に贅沢ですね」

「南方帰りだと、これでも高価に感じるわ」

 

しみじみと甘味を味わうビッラウラの言に、眉根を寄せたマルジャーン。

それもまた甘味の前に溶け、やがてまた静寂が訪れる。

 

酌み交わす杯と、時折の会話。

 

やがて空の藍も薄くなり、東の空に陽が灯る頃合。

 

2柱1人の3娘と、他の夜明かしをしていた開拓者たちも、

イルドラードの門を抜け、礫砂漠から東の空を臨んだ。

 

【挿絵表示】

 

旭光が砂を疾る前の、僅かな時間。

 

「そう言えば、店主に赤の神国までの指名依頼を出しておきました」

 

白い息を吐きながら、赤の従神が進捗を述べた。

 

「水溜めの期間が在るから、今日明日とはいかないわよ」

 

人の立場から開拓者が応え、創世神が静かに口を開いた。

 

「アハマルが居なくなって、国は回るのかな」

「以前より、青に留学生を送り続けていましたから」

 

神が在り、そしてそれに頼らない国家運営の姿をと。

 

「人もかなり育ち、粛清のおかげで今ならば妨害も少ない」

 

天羽楼からの工作員の排除は苛烈を極め、国内の動揺を呼ぶと共に、

既得権益を抱え硬直していた体制に風穴を開けた。

 

好機、ではあると。

 

「あと今、赤と銅の関係性がかなり拗れているんですよ」

「うん、ちょっと待とうか」

 

粛清した工作員の置き土産で、開戦1歩手前ですねと従神が笑い、

笑い事かなと問えば、笑うしか無えなですねと真顔の返答。

 

「まあ盾になれとは言いません」

「言わないけど忖度しろとか」

 

無言で微笑むビッラウラに、無言で微笑むアルフライラ。

 

「本題はそれかこの水晶ゴリラあああぁッ」

 

創世神の叫びが、新年の陽光を受け輝いていた。

 




謹んで新春のご祝詞を申し上げます(巳年
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