礫砂漠の交易路を行く。
踏み固められた礫の道を、列を為す駱駝が歩み続けた。
先頭の駱駝使いが、幾度も短く吐き捨てる様な音で駱駝に指示を出し、
その度に隊列は僅かに角度を変え、弧を描き蛇行する道に沿い続ける。
冬の砂漠は日中の気温もそれほどに上がらず、日を通して進む事が出来る。
とは言え夜間は極寒の中で休み、総じて移動距離は変わる事が無い。
普段ならば個人商に旅人などを抱え、歩みの速度で移動する隊商などに、
徒歩で護衛に付く開拓者たちと付随する板で在ったが。
今回の旅路は赤の神国からの経費の力に因り、駱駝移動である。
徒歩の供連れは無く、ただ駱駝だけが列を為し駱駝の速度で歩んでいく。
2人乗り2頭で男衆と、マルジャーンの後ろにはビッラウラが乗っていた。
言うまでも無く、板は浮いたままに紐で牽かれている。
「何だかんだ、尻に来ますね」
「太腿で締めていると少し楽よ」
乗り慣れない従神の感想に、砂漠の長い元高位貴族の助言。
ちなみに素直に従った場合、今度は太腿の筋肉痛にのたうつ事に成る。
「お、先触れが戻ってきたな」
そんな開拓者たちの前の駱駝で、外に住む馴染みの頭領が口を開いた。
駱駝を走らせ戻ってきた外に住む者の徒党は、各人に伝達を果たす。
「さてそれでは今宵、我らが麗しの真珠を尾根に招かせて頂きたい」
そして勿体ぶった言い方でアルフライラを誘い、お道化て片目を瞑る。
「拠点に招くとは、随分と気を遣っておるが良いのかの」
「我が部族の恩神たる千夜神だからな、むしろ招かねえと殺されるわ」
あまり例の無い誘いにハジャルが問えば、ざっくばらんに応える頭領の言。
「何やらかしたんですかアルフライラ様」
「水回りを勝手に整備しただけなんだけどー」
軽いジト目のビッラウラの問いに、遠い眼で応える創世の水屋。
頭領が統べる部族は、極東を追い出された獣人支族から生まれた小神が、
戦乱の大陸で戦災孤児などを拾い集め、家族とした集団から始まっている。
拠点水源の枯渇で良人が、そして子供たちが眠る土地を捨てようと決めた時、
ふらりと訪れて全てを解決した板上の大神に対する感謝は、如何程の物か。
狐神ジャザーイル、アルフライラより賜りし神名はラーレ。
聖域の千夜神殿の隣にさりげに自分のも建てている、押し掛け従神であった。
やがて宵の帳が空を染め出した頃、岩砂漠の中に柵と篝火が見えた。
外に住む者の迎え火、訪れた客人を歓待する意志であり、砂漠の癒しである。
この火が在る所に訪れた旅人は持て成され、旅路の幸運を祈られる。
外に住む者の天幕でも夜間に焚かれる火であり、旅路の喜びであった。
そして今に焚かれる火の周囲に、幾人か座り込んでいる長衣の中、
ひときわに目立つ色合いの服を着る少女が、飛び上がる様に立ち上がった。
「おお、アルフライラ様なのじゃーッ」
そして駆ける。
極東の巫女が纏う紅白の衣服の後ろに、豊かな金髪が棚引いた。
その頭部には同じく黄金に輝く狐耳が遊び、ふっくらとした尻尾が風に乗る。
迎えようと身体を起こした板神の前で急制動を掛け、しかし速度は落とさず、
ドリフトを極めながら板を回り込み創世神の背後を獲る。
そして勢いのままに、アルフライラの背中に飛び付いた。
板神の背中から、何か鳴ってはいけない音が響く。
ぽきぽきと様々な音を鳴らしながら頬ずりをし、尻尾がぶんぶんと振られた。
「いや大婆様、恩神が死にかけてるから」
流石に少し引きつった様相で、祀神を窘める頭領の声。
これはいかんと正気を取り戻した狐神と、煙を吹く創世神。
「アルちゃんって、へし折り系獣神にやたらと懐かれるわよね」
「ねこねこねっとわあくとやらに登録されたせいかも、とか言うておったな」
遠い眼をした人々が、特に答えの出ない疑問を口に乗せる。
少しの間、改めて歓迎の意を告げる神と、改めて旅路の足を休める集団。
朗らかに広場に駱駝を休ませて、手荷物を降ろし宿場に案内されていく。
そしていつもの面々と、ビッラウラは小神の神殿に招かれた。
ちなみにいつもの面々には、既にタサウブとジャマールは居ない。
失踪したハディヤ嬢の足取りを追い、北へと旅立っていったからだ。
石と日干し煉瓦で造られた、羊飼いたちの家屋を通り過ぎる。
やがて村の中央に建つ、赤く塗られた鳥居と木造の異彩を放つ神殿。
神社と呼ばれるそれに酷似した、狐神の住居である。
「あ、殿上には靴を脱いでお上がりください」
「あら、本格的に極東様式なのね」
神社から出てきた、神より若干簡素な巫女衣装の女性が旅人に告げる。
マルジャーンとハジャルが頷き靴を脱ぎ、サフラが素直にそれに倣った。
なお、アルフライラは板上では普段から裸足である、時々気分で靴下を履く。
歩く機会も少ないので、足の裏が若干ぷにぷにしている。
そして本殿に登れば、中央に足付きで中空に浮いている
消し炭が周囲を温めるそれには、真鍮製の
中で湯が沸いているであろうそれからは、
そして勧められるままに火鉢を囲みコの字に座る。
アルフライラはコの字の中央、最賓客の席であった。
設置した板の上で、炭火で珈琲豆を炒る狐神をぼんやりと見守る。
そして社の巫女から、干した棗椰子を受け取った。
客が甘味を齧っている内に、やがて炒られた豆は
コツコツ、カッ、コツコツ、カッ。
時折に擂り鉢の側面を叩きながら、楽器の様に鳴らされ砕かれる珈琲豆。
―― 何処かで誰かがきっと待っている
その音に合わせ、朗々と歌声が響いた。
―― 雲は灼け道は渇き 陽は永らくに沈まないが
外に住む者は、持て成しに珈琲豆を砕く時は音で拍子をとる。
各家に独特の節回しが在り、時折に歌声でも持て成してくれる。
やがて長茶瓶に珈琲は出来、椰子の葉を織った布で濾しながら別の長茶瓶に淹れる。
そして
まずは中央のアルフライラから、そして端から右回りに。
小豆蔲の香る煮出しの
同時に配られた干し棗椰子を齧りながら、珈琲回しと呼ばれる歓待は果たされた。
やがて焼けた色の空に宵の帳が降りていき、外からも様々な歌や音が響く。
今日は肉が食えるぜと叫ぶ子供の声が混ざり、客の前で叫ぶなと親がシバく音。
そっと聞かなかった風を装う開拓者たちに、狐神は苦笑しながら口を開いた。
「普段は野菜や乳製品ばかりでな、肉は客が来た時しか食わんのじゃ」
砂漠を主とする放牧生活のためか、外に住む者の保存食には肉類が乏しい。
なので普段は食べず、何かの折に家畜を締め生肉を使い調理する傾向にある。
「じゃからそこの子の様に、肉食いたさに外回りに出るのじゃな」
突然に話を向けられた頭領は、決まり悪い表情で明後日を向いた。
「と言うわけで、今日は肉じゃぞ肉じゃぞッ」
「いや、大婆様も似た様な嗜好じゃねえか」
呆れ声の言葉を流し、楽し気な狐神の前には長火鉢に置かれた鉄鍋が在り、
刻んだ香菜に蕃椒と乾燥赤茄子を茹で戻しながら、刻んだ羊肉を茹でる。
「銅の神国から流れて来た者が居ってな、元は青の料理じゃったらしい」
しっかりと挽肉ソースが出来上がった頃合に、巫女が砂漠の鍋を持ってきた。
中には一面に蒸された高黍が膨らんでおり、湯気を立てている。
「使った素材は近場の物じゃから、砂漠蕃椒とでも言うべきかの」
語りながら穀物の上に挽肉ソースを掛け、その上からこれでもかと削り乾酪。
とても分かり易い構造のそれ、元の料理は神国蕃椒と呼ばれていたらしい。
「分かり易く美味しい」
「食欲直結ぶりが銅の料理らしいのう」
「青では絶対にもっと手順と材料があったわよね」
アルフライラとハジャルがシンプルな味覚の暴力を称え、
マルジャーンが銅のアレンジ力に訝し気な考察を述べた。
「聞いた話じゃが、銅では3段で青では6段が主流じゃとか」
「穀物、肉、乾酪で3段かな」
青ではそこに玉葱、豆、揚げ蕃椒で6段、刻み大蒜と発酵乳も掛けるらしい。
「まあ段を増やすよりも、肉を増やすのが我らの好みなのじゃ」
そして分かり易い構造の夕餉を食べ進み、やがて宵も更ける。
薄焼きパンで包んだ棗椰子を茶請けに、食後の珈琲を嗜む頃合。
「して、アルフライラ様たちは赤の神国を目指すのじゃったか」
「南方砂漠から海を越え、銅の辺境を通過して赤に入る予定ですね」
狐神の問いに赤の従神が答え、ふむりと頷く問い手。
「なら北の海沿い、銅の首都に向かったと広めておくのじゃ」
深くは問わない、だが名高き赤の従神が居る時点で察する物は在った。
礼を告げ頭を下げるビッラウラと、櫛を板から取り出すアルフライラ。
そしてきょとんとした顔の狐神を作業用ハンドで板に乗せ、尻尾を漉く。
「きゃふー」
容赦なく尻尾を漉き続ける。
「あの慣れ切った毛並みの手入れ具合」
「神殿の家猫族全てを手名付けただけはあるのう」
「いや俺は、どんな顔をしてここに居れば良いんだ」
しみじみとしたマルジャーンとハジャルの言に、眉根を揉む頭領の嘆き。
そして悶えるラーレ神の嬌声は、宵の拠点に軽く響き続けていた。