星灯りに照らされた砂の上を歩む。
黒土に赤土、焦げ麦砂漠の様な玄武岩溶岩の砂が混ざっているはずの色彩は、
須らく宵闇の色に染まり、薄らと星の光が南方砂漠の形を象っている。
黙々と板といつもの面々は進む。
宵闇でもなお察する事の出来る、その顔色はさながら死者の様。
主にハジャルとマルジャーンが。
夜の中に遠く、何かの火が見えた。
口から魂を吐き出している最中の如き開拓者2名は、光に釣られる蟲の如く、
ただふらふらと吸い寄せられる様に前に進み、足元の砂が鳴る。
まるで、生者を嫉み動く死体の如き有様。
やがて陽光が地平を照らし、南方砂漠の色彩を目覚めさせていく。
遠くの炎は今は見えず、ただ噴煙が空に立ち昇る様が見えた。
南方砂漠の火口。
破局噴火の末に砕けた山塊は砂漠に散り、残ってしまった平地の火口である。
マグマの流れは表層に近く、南方砂漠の地熱を上げる要因であった。
やがてその場に辿り着き、天幕を張れば陽除けの休息。
影の中に倒れる2つの死体は微動だにせず、板神が接地して水を飲ませた。
途端に山羊皮の水筒の水を喉を鳴らして飲み、そしてまた死体に戻る二人。
「だから止めておけと言ったんだ」
頭痛を堪える仕草のサフラの言に、苦笑いで応えるアルフライラ。
動いていた死体たちはそっと耳を塞ぎ、赤の従神の顔色には少し呆れが混じる。
二日酔いである。
外に住む者の支族勢力の端までは駱駝に送って貰い、小さな村で昼に休んだ。
そして陽が暮れる頃合に、南方砂漠の中でも難所と呼ばれる平地の火口、
その先にある海峡を挟んだ港湾都市まで、徒歩で向かう道筋であった。
ただ、その小さな村の家屋の前に、白い布を巻いた棒が立っていただけである。
意味は単純で、この家が本日の酒場と言う意味だ。
多少排他的な気質の覗く、小さな村の小さな酒場に乗り込んだ呑酒妖怪たちは、
やれ
いつのまにやら村を挙げての酒宴と化していたのは永遠の謎である。
ちなみに蜂蜜酒は以前に神殿で呑んでいた物であり、雑穀酒は雑穀の粒の残る醸造酒。
どちらも
そうこうしている内に、重い酒ならこれだろうと村人が取り出した壺。
杯に注がれた無色の液体は、シンプルな単式蒸留で造られた
かくして今に至る。
旅程を狂わせない様に歩き切ったのは、開拓者として生きる意地と誇りであろうか。
酷い有様だが。
酷い有様だったが。
とりあえず
ついでに昼だか夕だかの食事にと、板の焜炉で鉄鍋を温めた。
炒めた大蒜と玉葱を、戻した乾燥赤茄子で煮込む。
パンやパスタに漬けるなり、肉を煮込むなりと何にでも使うのだが。
とりあえず村での宴席で残った
出来上がれば白っぽい
「随分と健康的ですね」
「生肉と辛いのばかりだったからねー」
遠い眼をして世界一不味いパンを齧るビッラウラの感想に、苦笑交じりで応える作り手。
南方砂漠では、生肉食が好まれている。
村での宴席でも、切り落とした
酸味の在る酒類で胃の腑に流し込むと、そんな野性的な飲食であった。
そして板は陽除けに休んでいる場を少し離れ、興味本位で火口を覗きに移動した。
南方砂漠が灼熱の土地である証。
噴煙立ち昇る平地の火口の奥に、赤熱した溶岩が見え泡が弾ける音がする。
そこかしこに散見する硫黄と硫化物、そして刺激臭が辺りに漂っていた。
しばしに燻され観光し、何となく満足気な雰囲気を醸しながら干物が戻る。
さりとて殊更に、何かやる事などが在るわけでも無く。
暑いと呻く死体たちと従神を脇目に、空調完備板で無駄にごろごろとする創世神。
やがて陽も傾き、幾らかに回復した動く死体たちが頭を支えながら身を起こし、
水筒片手に遅めの昼食を齧りながら旅路が再開された。
「野菜うめー」
座った眼で呻くマルジャーンに、死んだ魚の様な瞳でハジャルが言葉を繋げる。
「やはりこの、独特の酸味は慣れんのう」
「私は結構気に入ってきたわね」
まだ酔いが残っておるのかと問う声に、それはあんたもだと返す呑酒妖怪の片割れ。
そして互い、脳に響いた音に揃って頭を抱え呻き声を上げる。
しかし歩足は緩む事無く、玄武岩溶岩の混ざる砂漠を通り過ぎていく。
その内に砂に様々な色が混ざる様になって行き、風に乗る刺激臭が強くなった。
道行きの先には湧き出す泉が在り、異界染みた極彩色で染められている。
見るからに怪しい。
「言うまでも無いじゃろうが、触れたり飲んだりするでないぞ」
堆積した硫化物に囲まれた、酸の泉である。
そして近寄ろうとするアルフライラを、板上で羽交い絞めにするマルジャーン。
「泉の中に、何かいろいろと落ちているっぽい」
「犠牲者の遺品ね、拾おうとしたら死ぬわよ」
作業用ハンドなら大丈夫では、いや絶対にやらかすだろうと強い負の信頼。
かくて全自動自走式自殺神を封印する人の偉業を経て、足早に面々は泉を抜けた。
「まあ、流石に焼け溶けるアルはあまり見たくはないのう」
「食欲が失せるな」
「何で確実に泉に落ちる前提で話されているのだろう」
普段の行いである。
泉が在れば確実に落ち、川が在れば流され、小舟に乗れば引っ繰り返る。
そんな宿命を背負っている気配が色濃く滲んでいる創世神であった。
「とりあえず、火口と処刑場を抜けたからの」
「夜には着くわね」
赤土の混ざる砂の上を歩きながら、元動く死体たちが口にした。
目的地は南方砂漠の果て、海峡を挟み相対する港湾都市。
帝国の南端であり、銅の辺境、赤に抜ける道中の都である。