砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-17 北の最果て

 

北の最果て(アル・シャマール・アル・アクサ)

 

土地の古老は山脈の事をそう呼んでいた。

一般に霊峰と呼ばれる、大陸中央の大山脈群である。

 

その山中にある集落に、タサウブとジャマールは滞在していた。

 

穴居人と獣人が混ざる、雑多な人種の土地。

 

全身毛饅頭の小山(マヌル)猫族に突撃した祟り神は、即座に毛玉肉弾で反撃され、

歪んだ笑顔のまま倒れた所を、偶然駆け抜けた奇獣人に轢き潰され。

 

苦笑いの只人たちに、担架で宿所に運ばれていったのは先日の話。

 

標高は高く、高原には溶け切らずに残った積雪が見える。

山肌を見れば登るにつれ積雪は増し、山嶺は万年雪で白く染まっていた。

 

そんな高地の集落。

 

冬の朝の空気に息を白く染めながら、タサウブは水場に向かう。

色彩に溢れた集落の祈祷旗は中空で風に靡き、水場までの道を飾っていた。

 

時折に雪と氷を踏みしめては音を立てる。

 

【挿絵表示】

 

滾々と湧き出す水源は循環を生み、湖を凍らせず湖面に軽く波を立てていた。

 

霊峰は豊富な地下水と数多の山中湖を有する、水に恵まれた地域である。

そして万年雪を残し溶ける積雪や氷河は、年を通し水量を安定させている。

 

幾らかの手間を掛け桶に水を汲み、宿所に持ち帰り身嗜みを整えれば、

母屋の方角から家主の陽気な歌声が響いて来た。

 

霊峰集落の人々は、歌と共に生きている。

 

調理の歌、洗濯の歌、放牧の歌。

日々の暮らしの作業の供に、様々な歌が歌われ続けている。

 

そして今に集落に響いているのは、攪拌茶(スーチャ)の歌。

 

茶葉を蒸し固めた磚茶を少量、長めの時間を掛けて煮出していく。

標高が高いため低い温度で沸騰するので、抽出に時間が掛かるからだ。

 

それに旄牛(ヤク)の乳と酪、少量の塩を入れて筒状の木の桶(ドンモ)で攪拌する。

攪拌棒(チャテゥク)を上下に動かし、よく混ざった頃合に急須(コクディー)に移す。

 

そのまま温め直せば、攪拌茶の出来上がりであると歌う。

 

日に幾度も飲まれる飲料であり、早朝に身体を暖める物でもあった。

 

歌に誘われタサウブが母屋に向かえば、既にジャマールは座っていた。

歌に合わせ爪弾いていた五弦を止め、茶碗を受け取る。

 

遅れてタサウブも受け取り、酪色に白濁した茶に口を付けた。

 

酪の香りの中、意外に塩が強く主張する。

 

「特筆大書、基本何でも味付けが薄味なせいですかね」

「毎日たくさん飲んでるけど、起き抜けだと改めて感じるよね」

 

そんな事を言いながら温まる身体にほっと一息を付けば、

家主の奥方が笑顔で朝食の皿を持ち寄ってきた。

 

大皿の上には、焙煎大麦の練り物と角切りの肉野菜炒め。

 

焦がし粉(ツァンパ)と呼ばれる大麦の粉を攪拌茶で練った物に、旄牛肉と山海月である。

 

酪と麦の香る生地に、牧草飼育独特の臭みのある硬い牛赤身肉、

それはもう硬く、笑えない程に硬いそれと海月的食感の茎野菜を乗せる。

 

「それでさタサウブちゃん、本当に行くのかい」

 

奥方が皿を渡しながら心配そうに問えば、頷く少女。

 

「せめて雪解けを待った方が良いとは思うんだけどねえ」

「でもそれだと、解凍された死体と再会する事に成りそうだし」

 

失踪したハディヤ嬢の足取りを追って辿り着いた霊峰にて、

恐らくは古戦場跡に向かったのでしょうと吟遊詩神が判断し。

 

しかし万年雪に埋もれながらの冬登山は困難の極みであり。

何にせよまずは高地順応のためと、集落に滞在している現状である。

 

「浦寂し、私も心配して欲しいのですが」

「いやジャマール様は、殺しても死なんでしょう」

 

悪気無い奥方の断言に、心に吹くは松風かとポエミーに哀しむ吟遊詩神。

 

「ええと、もしかしてジャマールさんとお知り合いで」

「あたしがまだちっこい頃にね、あれは吹雪の晩だったよ」

 

全身凍り付かせながら飄々と、何か温かい物をと強請ってきたと語る。

 

「聞けば山頂から降りて来たって、やっぱ神族ってのは丈夫なんだねえ」

「いやあ、たぶん普通の神族だとそこまででは無いんじゃないかなあ」

 

ジャマール・シャムスは元大神であり、当然素体は高位新人類である。

 

そして、まあ行くんならしっかり肉を付けていきなさいと告げ、

説得力の在る腹回りの脂を持った奥方は、厨屋へと帰って行った。

 

「疑問氷解、結構頻繁に肉が出ていたのは心尽くしだったのですね」

「え、ええと、そだったんだ」

 

なら真面目にと、改めて真剣な顔で攪拌茶に向かう開拓少女の有様に、

軽く苦笑を込めて吟遊詩神は弦を爪弾き始めた。

 

―― 鳥よ飛び立て 獣よ道を空けろ

 

忘却のアイオーンが辿り着いた北の最果て。

機械人類の本拠で行われた、最後の決戦に捧げる歌。

 

人ならぬ声色は集落に響き、やがて様々な音が追随していく。

 

―― ああ忘却のアイオーンこそ 我らが誇り

 

やがて指を止めても、どこからかの音で歌は続いて行った。

 

「歌舞優楽、本当に陽気な土地ですよ」

 

しみじみと口にした詩神の横で、人は真剣に攪拌茶を飲み尽くす。

 

「ハディヤは何で、何も言わずに姿を消したんだろう」

 

とりたてて返答を求めていない色合いの言葉が零れ、無言。

 

「古老と歓談、この山脈は北の最果てと呼ばれていたとか」

 

やがて神が口を開き語り出したのは、聞き取った土地の伝承。

 

「もっと北に国とか在るよね」

「古くはです、山脈の向こうは砂漠ですしねえ」

 

古代文明の頃には北の果てだったと、補足して続ける。

 

「星の運航の極限、北風の彼方に住む者たちの都」

 

常春の国、永遠の光に満ち溢れ夜でも昼の如くに明るい、幸福の土地。

実り多く、その地の人々は空すら容易く闊歩して、千年の寿命を持つ。

 

「理想郷伝説、北風が統べる羽毛の様な雪に隠されていると」

「機械人類の本拠地って、そんなだったのかな」

 

場所的には近いし、そんな感じだったのかもしれませんねと応え。

まあ、土地の人間の妄想が多分に含まれているのでしょうがと苦笑。

 

「それよりも、要点はハディヤ嬢が恐らくは機械人類であると言う事」

 

集めた情報には幾らか、肉を纏った鋼の骨の形容が混ざっていた。

そして道中に捕縛された盗賊が、何かを探し続けていた様だと証言。

 

「何を」

「推理推察、まあ全て想像でしか無いのですが」

 

機械人類を生み、造り続けた本拠地ならば存在している可能性が高いと。

 

「秘術、人間化身」

 

恐らくはそれに縋り、旅を続けていたのではないかと語った。

 

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