砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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06-06 山脈を越えて

 

海岸の果てに街が見えた。

 

山裾を離れ、平野を歩む開拓者たちは一様に疲れ果てた顔色を見せ、

その後ろに牽かれている板の上には、神の屍が2柱転がっている。

 

交易都市イルガルブからの逃亡を果たし、赤の神国へと向かう一行の

目の前に立ち塞がったのは、幾重にも重なり果て無く続く山脈であった。

 

赤と銅を区切る、大陸に皺を寄せた様に連なる南方大山脈地帯。

 

【挿絵表示】

 

山嶺より見ても空と山肌しか見えない世界で、アルフライラは問うた。

 

「ここを、抜けろと言うのかなー」

「いや、本来は海路で向かう予定だったんですけどね」

 

切り立った眼下は遠く、密林を挟み連峰が聳えている。

そしてその向こう、同じような連峰が幾重にも重なっていた。

 

「流石にこれは、抜けるのにどれだけかかるかわからんのう」

 

補充した食料は持つかと不安を語るハジャルに、ビッラウラは応える。

 

「まずは水晶で造った鎖で、皆さんを縛ります」

「ふむふむ」

 

そして続々と板の上に乗り、崖の先の中空を指さして一言。

 

「さあ逝きましょう」

「板が無かったらどうする気だったのじゃコヤツ」

 

命綱ならぬ鎖で繋がれた一行が、ふゆふゆと移動し崖から飛び出した。

 

落下したら即死が間違い無い高度から、少しずつ高度を下げながら、

風に煽られ方向を歪ませつつ、のんびりと落下しながら山肌を目指す。

 

「こう、山嶺を越えていくような高度には成らないのですか」

「惑星霊への斥力で浮いてるから、高度上昇は霊素を消費するけど」

 

干乾びる覚悟はと聞く創世神に、笑顔で首を振る従属神。

 

「と言うか、何か下から矢が飛んできているんだけど」

「赤も銅も手を出せていない地域ですからねえ」

 

勝手に住み着いた野人が居るのでしょうとビッラウラ。

 

密林から飛来する、届かずに、或いは障壁に弾かれ落ちていく矢の中。

その中に突如、轟音と共に障壁に突き刺さった槍が在る。

 

「敢闘賞」

「野にも人材は在るものですね」

 

刺さった槍に、焼き菓子を入れた革袋を括ってから落とす板の神。

 

「じわじわ高度が落ちておるし、そのうち捕まるのでは無いのかの」

「もうこれは、仕方ないかな」

 

落ちない様にと身動きせず、達観した表情のハジャルの予測に、

同じ様に眼をカピバラにしている神が、疲れた声色を吐いた。

 

そして、問答無用でビッラウラの顔面を握り締める。

 

「来い、高貴なる赤(レッドバロン)

 

その日、南方大山脈の彼方に紅玉の巨神が顕現した。

 

かくして、あらゆる物を使い果たして瀕死な神々の有様である。

山脈を抜け、平野を越え、ようやくに赤の神国南端に至る。

 

銅の神国、及び帝国南方と結ぶ、赤の交易都市イルカルフ。

 

辿り着けば石畳と列柱の並ぶ石造りの都市で、人も船も盛んに在る。

 

ビッラウラが門衛に顔を見せれば急ぎ知らせが走り、

太守に話を通すと言うので、板含む開拓者組とは一時的に別れた。

 

待ち合わせに酒場宿場の指定を受け、しばしの自由行動である。

 

「ご、ご案内を申し付かりましたアキークと申しますッ」

 

そして知らせを受け、駆け付けた官吏が供を申し出た。

 

「あれ、カイナン・カミンの時の赤の人」

「その節は大層なご無礼をッ」

 

見覚えの在る顔にアルフライラが朗らかに問い掛ければ、

石畳に膝をつき全霊の謝意を示す若々しい赤の将。

 

「え、あ、いや、気にしてないから、立って立って」

 

周囲の好奇の視線に狼狽える創世神と、決して頭を上げない人間。

そこから数歩距離を取り、他人のふりをしている開拓者3名。

 

「いや流れる様に自然に見捨てないでー」

 

アルフライラの嘆きが、石の通りに哀しく木霊した。

 

やがて時間を消費して物事も落ち着き、宿へと向かう面々。

宿場酒場の役も兼ねる、石造りの赤の神殿へ。

 

広く開かれた正面から、回廊に囲まれた露天の大広場に辿り着く。

 

常設の市が開かれており、中央の島とそれを囲む外周の様に、

所狭しと小売りが並び、様々な物品の取引が行われている。

 

「青から招いた客神も逗留しているのですよ」

 

ここに宿をとって居ますと案内したアキークは、付け足す様に告げた。

 

「ほう、ビッラウラ神の差配かの」

「そうですね、我々は青から学ばねばなりません」

 

探りを入れる様なハジャルの言葉に、深刻な声色の匂わせ。

 

人では無く神なのかと問えば、思いの外に青が乗り気でと応え、

手持無沙汰だからと、今日は広場で屋台を開いているらしいと締める。

 

「青に住まう神らしい所作じゃのう」

 

呆れ半分な開拓者の感想に、あの屋台ですねと示す案内役。

 

視線の先には煙を上げる屋台、串に刺した羊肉を炭で炙っている。

屋台の主は丸く大きな眼鏡を付け、三つ編みの神族。

 

無言でアルフライラが距離を詰める。

 

肉片焼き(ヒルツム)、香菜と大蒜、香辛料と果実を刷り込んだ羊肉を、

じっくりと焼いている女神の編みこまれた青い髪が揺れた。

 

アルフライラはさらに詰める。

 

屋台の横には果実水(ムー)の売り子が居り、これも盛況である。

赤の神国の果実水は、複数の果実を絞らずに漬けこむ特徴を持つ。

 

アルフライラが店主の横に顔を近付けて、無言。

 

「お嬢さん、お名前は」

 

店主の女神は目を逸らし顔を背けながら、震える声で応えた。

 

「ア、アズにゃんと申すにゃあ」

 

その並の神族離れした女神の美貌に、顔を寄せる嫋やかな美少女。

 

寄る。

 

距離は三寸。

 

僅か三寸と侮る事無かれ、三寸抉れば人は死ぬのだ。

 

「へええぇぇ、ほおおぉぉぉ、ふうううぅぅぅん」

「ぎにゃああああぁぁぁ」

 

終には、アズにゃんこと青のアズラクが断末魔の悲鳴を上げた。

姉の圧力に耐えきれなくなったらしい。

 

「何故に青の女神が」

「何故でしょうねえ」

 

流石に少し引きつって問うたハジャルに、アキークは遠い眼で答えた。

煤けた赤の将と頭脳労働担当の無言の横で、神々は騒がしく。

 

「おらお客さまだ、さっさとラヴ注入するのだアズにゃんとやらッ」

「お、おいしくなーれ、ラヴラヴにゃーんッ」

 

「萌えが足りん、やり直し」

「も、萌えって何です姉さあああぁぁ……」

 

実に騒がしい。

 

やがて、満足気にやり切った笑顔のアルフライラが屋台から離れれば、

猫耳装備を追加してメイド姿のアズラクが、白く煤けて灰に成っていた。

 

この神、猫に関しては一切の妥協が無い。

 

「それでアルちゃん、何でアズラク様が居るのかしら」

「しまった聞き忘れた」

 

麦酒の水割りを渡しながらマルジャーンが問えば、処刑神が悔やむ。

 

「まあ象徴大神だから、腰が軽いと言えば軽いみたいな」

 

きっとたぶんおそらくとか適当言いながら杯を傾ける神に、

船団の人々が泣いてそうねと、相槌を打つ人の言。

 

「何か甘口」

「棗椰子を混ぜて作ってるそうよ」

 

そのまま燃え尽きた大神の有様を放置して麦酒の感想を言う創世神に、

そっと見ないふりをしながら店主の口上を伝える開拓の姫。

 

「あと、赤の酒場だと水で割るのが法で禁じられているらしいわ」

「喉を潤したい時とかは、外で買うか果実水って事なのかな」

 

同時に聞いた注意事項を伝えながら、宿場酒場に向かう1人と1柱。

気が付けば陽も傾き、そこかしこの露店は店仕舞いを始めている。

 

そして、恥辱の限りを尽くされた大神の屍は転がったままであった。

 

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