砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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06-07 流離いの轍

 

イルカルフにて、赤の神殿に逗留する。

 

神都に向かわないのかと問えば、数日待った方が早いとビッラウラ。

何やら工夫が在るのだと面々は流し、しばし旅の疲れを癒していた。

 

都市より陸に向かってどこまでもまっすぐ伸びる盛り土と、

鉄で造られた2本の轍から、何やら察する物が在ったからでもある。

 

そして、朝に市で遊び陽が中天に至れば神殿の宿場酒場に赴く。

 

石壁と列柱で組まれた採光の良い酒場には段差が在り、

庶民は下段、名士賓客など地位在る者は上段の席に招かれる。

 

赤の大神の姉であり、神国の賓客でもあるアルフライラ一行は、

当然の様に上段に案内され、少し遅めの昼食をとっていた。

 

法術行使で造られた氷には、葡萄酒の入った硝子瓶。

 

提供される酒類は段によって区別されており、上段は冷えた葡萄酒、

下段で提供されるのは常温放置された酔い薬(シカル)であった。

 

この酔い薬と言うのは、大抵は麦酒の事ではあるが時折に違い、

棗椰子の醸造酒なども含めて呼ばれる、酒精持つ物の総称である。

 

ならば単に、葡萄酒が庶民に許されていないだけとも言えるが、

下段で提供されるのは麦酒が大半で、言い切れるほどでもない。

 

「濃い」

 

半目になったアルフライラが葡萄酒を口に含み感を述べれば、

開拓者たちもしみじみと頷き、赤の将と従属神が苦笑する。

 

「民との契約の面がありますからね、水増しが出来ないんですよ」

 

水の豊かな国だけあって、酒類の水割りなども盛んな土地ではある。

しかし酒場に於いては、一切の水割り行為は法で禁じられていた。

 

赤の神より民へと提供する建前が、水増しを禁じるからだ。

 

「酒場と言うより、酒屋なのじゃな」

 

単に飲食が出来るだけと、ハジャルが状況を簡単に纏めて述べた。

 

同様の事例は先史にも珍しくは無い。

 

かつてのアルフライラ生前にも、極東にて居酒屋文化が発達していたが、

それなども、そもそもが酒屋の量り売り直呑みが発祥である。

 

呑むだけでは寂しいのでと席を作り、簡単な肴を有料で提供し。

 

なので名称が、居の酒屋と呼ばれる事に成る。

 

「それで、ビッラウラ神はアルに何を期待しておるのじゃ」

 

素焼き壺で保管するため水分が抜け、とろりとした葡萄酒を舌に乗せ、

ようやくとハジャルが従属神に思惑を訪ねた。

 

ビッラウラは少し言葉を選ぶ風を見せ、静かに口を開く。

 

「青からの知識の流入も在り、国内の意識変革は終わっているのです」

 

そのうち現状は改革される、されなくてはいけない、

でもそれは今日ではないし、多分明日でもない。

 

知識層の認識としては、そんな感じに落ち着いていると。

 

「やってしまえば、状況は後から付いてくると」

「日和見や風見鶏も多いですしね、あと思考放棄した脳筋も」

 

1人と1柱の会話は続き、そこに赤将アキークが口を挟む。

 

「アハマル様に最大の負担を強いている、現状は間違っているのです」

 

深刻な、信仰と敬愛を持つが故にそれを蔑ろにせざるを得ない、

事が起ころうとも起こらずとも変わらないその現状から、苦渋の言葉。

 

「つまり突撃して簀巻きにして出荷すれば良いのかの」

「アルちゃんを表に出せば、神国を人質にとれるわね」

 

「いやそこまで直接的なのは、あと脅迫は勘弁してください、脅迫は」

 

発言に苦笑いしつつ、神型超広域破壊兵器の封印を望むビッラウラ。

 

「問題は、思考しない脳筋どもですね」

 

赤の女神への揺るぎ無い忠誠を持つ、神造神族である不死の軍団。

戦乙女に見い出され、戦場に果てた魂魄を掬いあげて造られた赤の武威。

 

「そう言えば、どこからそんなエゲツない技術体系確保したの」

「神代での人類製造の、ちょっとした応用ですよ」

 

突然のアルフライラの問いに、穏やかを装いながらビッラウラは応えた。

 

聖女、勇者、異世界人、球体から解放された後に各勢力がかき集めた、

それらと同じ様な技術体系の延長に在ると語る、神造神族は。

 

「覚醒状態の中位細胞を混ぜ込んだ素体に、適正な魂魄かあ」

「遺物が壊れたら終わりですから、深く考えないでください」

 

どうしたものかと悩む創世神に、下手すれば国ごと消されると判断し、

期間限定の遺産でしかないと穏やかに、内心冷や汗で弁明する赤の従神。

 

「まあ、今更だよね」

 

そして表情をカピバラ的な物に変え、葡萄酒に戻る創世神。

ビッラウラの全身から力が抜け少し揺らぎ、深く息を吐いた。

 

「まあそんなわけで、不死の軍団の纏め役をどうにかして欲しいのです」

「纏め役と言えばアレかの、かの武神、剣聖、ロカーム神かの」

 

聴き手が思い当たりを問えば、語り手は頷く。

 

「そいつです、顔面大理石の脳筋野郎」

「赤の筆頭従属神から出て来てはいけない形容な気がするのじゃが」

 

身も蓋も無い発言に呆れる開拓者と、引き攣る赤の将。

 

「昼食が出来たわー」

 

その場に、豊かな青い髪を三つ編みにした青の女神が食事を持ってきた。

 

対抗してアルフライラを三つ編みにしていたマルジャーンが頷き、

そっと板から生成した瓶底眼鏡を装備して姉妹風味の長女神。

 

「青の調理神アズニャンです」

「猫弾き神のアルナイネだよ」

 

「改めて姉妹じゃのう」

 

器を受け渡しながら改めての事故な紹介に、呆れ半分のハジャルの感想。

 

そして食卓には、平焼きパンと羊肉の小麦煮込み。

焼きたての小麦の香りが、席の上にふわりと漂った。

 

「赤の特徴は、何と言っても野菜の出汁なのよ姉さん」

「水が豊富だったからなのかな、随分と味が深い造り」

 

パンに染み込ませ、匙で掬って食べる汁は随分と深みの在る味で。

 

季節の野菜を鍋の水が半分に成るまで煮込み続け、出来上がった汁で

じっくりと肉を煮込み小麦を溶かし、茴香と馬芹で香りを付けている。

 

「けど、味がぼんやりとしていて纏まりが無い」

「わかってるくせに、はい追い塩」

 

最後に軽く好みの量の塩を入れて、ピリリと味を整え完成である。

 

「建国ごろには、塩が無くて試行錯誤の日々だったんですよねえ」

 

しみじみと追い塩を入れながら、ビッラウラが過去を懐かしんだ。

 

かくして様々な試行錯誤の末に、庶民も野菜屑などを使って煮込み、

野菜出汁を縦横に活用する食文化が発達した赤の神国である。

 

「アルや店主とも、また違った感じの美食じゃな」

「流石は青の女神ね、羊をどうやればここまで柔らかく出来るのよ」

 

サフラが無言で匙を忙しなく動かす横で、残り2人が感想を述べた。

 

時折に喰い千切れ、腹を満たせと掛け声が聞こえてきそうなノリの、

アルフライラやイルドラード店主の暑苦しい方向性とは違い。

 

舌の上で蕩ける様に踊る繊細な調理が、アズラクの方向性であった。

 

「アルフライラ様の料理の時も思いましたが」

「神都に戻った時の粗食を考えれば、気が遠くなりそうですよね」

 

困った様な風情のビッラウラに応える、困った様な風情のアキーク。

 

神都の食事情に不安を覚える様な発言が零れれば、同時に警笛が鳴った。

遥か内陸より高く遠く、響いては街へと自らの到着を告げる。

 

食事が終わり、音に誘われる様に一同が外に出れば。

 

【挿絵表示】

 

海を臨む場所に造られた軌道の終点、そこに質量が鎮座していた。

色彩豊かに塗られた蒸気機関を有する、鉄道列車。

 

「赤の誇る蒸気大列車、と言えれば格好良かったんですが」

 

苦笑混じりにビッラウラが語るには、蒸気機関自体は古代遺物だと。

穴居人の協力を得て、法術士に因る各種強化調整を前提とした。

 

「法術式神国縦断蒸気大列車、ミン・ウフト・カビール」

 

青、銅、黒の海を経由せねばならない海峡側の航路に対し、

帝国との直接交易のために造られた交易都市イルカルフ。

 

それを支える、陸上運送の要だと。

 

「穴居人の蒸気大鉄車よりは若干小柄ね」

「いやそれでも、なかなかに凄まじい威容じゃぞ」

 

感嘆の色の見える開拓者たちの言に、少し決まり悪気な従神の補足。

 

「鋳造技術も精度もまるで足りないから、遺物頼りなんですけどね」

 

それでも2本の列車を保有し、神都と随時往復を続けていると。

 

上の妹のため(ミン・ウフト・カビール)って、もしかしてアハ姉さんが私のためにとか」

「いやそれは無いです、絶対に」

 

古代神語に引っ掛かったアズラクの言を、即座に否定するビッラウラ。

外観のデザインを担当した流れの小神男女が、完成時に付けた名前だと語った。

 

「意外に傑物で、赤に属して欲しかったんですが」

「行方とか把握してるのかしら、私が知っている神かも」

 

赤の従属神の思い出に、朗らかに問い掛ける青の大神。

眼の中に光る神材確保の執念を隠しきれて無く、部外秘と切り捨てられる。

 

「上の妹かあ」

 

そんな有様の横で、時を経た遊び心に大神長女が苦笑を零していた。

 

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