風雪が山肌を打ち、低い音が山嶺を登る。
万年雪に閉ざされた霊峰の頂きに近い場所。
吹き付ける雪もあまり入らぬ、巨岩に挟まれた狭間。
その奥に在るのっぺりとした鉄の扉に、背を預ける脱力する人影が在る。
やや小柄でぼろ布を纏い、その下からは鋼の骨格だけが覗いている。
人として呼ばれた名はハディヤ。
まるで墓場だと、かつて少女であった鉄塊は零した。
人として生き、何かの折に発生した不具合が肉と鉄を分ける。
やがて肉と皮は腐り落ち、鋼の骨格だけを残し機能を停止する。
そんな末期の機械人たちが、最後の望みと訪れ絶望する場所。
かつての機械人類たちの拠点、再度に鉄骨へ人の皮を被せる術、
人間化身と呼ばれる技術が存在していたはずの遺跡。
しかしその寿命は尽きていたのか、それは何の反応も見せず。
見渡せば扉の前には、数多の朽ちた鉄の骨格が転がっていた。
「結局、お伽噺だっテ、わかっテいたハずなのにな」
やがて身体内部の生体発生器が止まり、人工髄液が濁り切る。
終にはこの地に眠る、物言わぬ屍の仲間入りを果たすのだろう。
ハディヤは、ぼろ布の中に縮こまり俯く。
「タサうブ」
いつか一緒に旅に出ようと、約束をした。
「こんな事ナら、一緒に居るべきダったのカな」
人として戻ろうと、夢を見たのが間違いであったのか。
例え死出の旅路で在ったとしても、約束は果たせたのにと。
風雪は激しく、しかしもはや肉の無い身では何も感じない。
そして、聴覚ユニットが雪を踏みしめる音を聞いた。
「探したよ、ハディヤ」
鉄の瞳が視線を上げれば、雪に塗れ着膨れた少女。
そして後ろに、円匙で雪を固め壁を作っている怪しい詩神。
「主にジャマールさんが、てかそろそろ手足の感覚が無いんだけどッ」
「何はともあれ、火を起こすのでさっさと壁に寄りなさい」
「何しに来たんダてめエらと聞いテいイのかな」
微妙に緊張感の無い再会であった。
そして即席の風雪除けの内側で、湯気の立つ杯を両手で持つ凍死寸前娘。
機械人の墓場に微妙に距離の在る、雪造りの釜倉から声を掛ける。
「それで、何でいきなり失踪したのー」
離れた位置に聞こえる様に、やや間延びした大声。
「何よリもマず、緊張感をヨこせええェ」
「やかましい、氷点下で雪に埋もれると私は死ぬんだよッ」
格好良い会話を交わすには、少々過酷過ぎる環境であった。
やがて改めて、溜息を吐く動作をした鉄骨人形は立ち上がる。
そしてぼろ布をはぎ取り、音量ユニットの出力を上げた。
「見ろコれを、こレが人間に見えるカ」
もはや生体部品は全てが腐れ落ち、全身の鋼が剥き出しに成っている。
流線型の異形、どこか人の骨格に似た鉄色の人型の姿。
その時、一迅の風が吹いた。
墓場と釜倉の間を、駆け抜けた者が居る。
何故走るのか、成人の儀式だからとか、力が在る無いとか、才能とか、
金とか、あらゆる条件を超えて瞬間、瞬間に生きるという事。
そう、人生の目的とは悟る事では無く生きる事。
今だ、今が全てだ。
ただ前に向かって身心をぶつけて挑む、全生命が瞬間に開ききる。
それが爆発だと、先史の芸術家も言っていた。
そして奇獣人、疾走する眼支族の若者は駆け抜けていった。
巻き上がった雪はやがて落ち、白い世界に僅かの時間が流れる。
「余裕で人間の範疇だよッ」
「奇獣人ヲ比較対象にスるノはズルいと思うなッ」
全体的なフォルムが人間なので、むしろ人間らしさでは完勝である。
「こんナ身体ヲ受け入レる土地なんテ無いでシょ、奇獣族以外ッ」
「ペル・アビヤドなら機械の獣人と言い張れば余裕だよッ」
「在るんカいッ」
むしろ既に他の機械人が住んでいそうまで在る。
距離の空いた喧々囂々は続き。
内臓機関の寿命が近いから無理よ、アルちゃん様に投げるよッ。
アルちゃん様って誰よッ、創世神だよ、何か凄い肩書き出てきたッ。
などと機械少女の否定の叫びを、開拓少女は自らの経験で潰していく。
「ハディヤ、貴女がどれだけ自分の未来を否定しようとも」
やがて言葉の尽きた幼馴染に、真面目な声色でタサウブが言葉を告げる。
「私の見てきた世界が、貴女を肯定する」
ハディヤは宣言に止まり、そして僅かの間を置いて首を振った。
「駄目よ、今の私ハ結局のとコろ機械人類でしカ無い」
生体機関、人間性を担保してた肉は剥がれた。
内部機関に埋め込まれた命令で、やがて人に害を為す存在と化す。
故に人間化身が果たせなかった以上、人類の怨敵でしか無いと。
「だカらタサウブ、貴女は私の分も旅を―― 」
「かくなる上は暴力でッ」
「―― 最後マで言わせロやッ」
遺言を途中で遮られキレた機械が、ボロ布を雪に叩きつける。
「ハッ、環境にも負ケる只人がドうすルって」
「ジャマールさん、お願いしますッ」
「他力本願ッ」
突然に矢面に出された元大神は、しかし微塵も揺らがず五弦を鳴らす。
―― どぅなどぅなどぅなああぁぁぁ
無駄な美声で売られていく子牛を謳い上げ、場の空気を青く染めた。
やがてひとしきりに謳い終わり、満足気な表情で口を開く。
「一唱三嘆、これで一緒に行く気に成りましたね」
「何故そレでイケると思っタ」
とりあえずタサウブが鬱には成った。
「しまった、機械だから人の心がわからないのか」
「何か凄ク酷い事を言ワれてるッ」
人の心のわからぬ姉を持つ、人の心をわからぬ元大神が、
容赦無く目の前の機械少女を同類認定しつつ荷物袋を開ける。
「かくなる上は、こんな事もあろうかとッ」
そして取り出した円盤、指を入れる穴が開いたそれを掲げ、
天高く突き上げた人差し指に引っ掛けて、くるくると回し始めた。
「来たれ精霊、姉さんに頼んで作って貰った召喚機ッ」
くるくると回し続ける。
どこか懐かしい精霊サイン的な円盤をくるくると回し続け、回し。
何も起こらないので、雪に叩きつけて何度も踏みつけた。
「いヤ、何をしたカったぶぎゅるッ」
そして胡乱な言動に問い掛けた機械少女の頭も、突然に踏まれた。
青い装甲に包まれた機械の足が、少女を頭を足場にして跳ねる。
そのまま突如現れた人影は空中を舞い、コーナーポストに降り立った。
深い紫の素体に明るい青の装甲を持ち、森人の意匠で飾るその姿。
密林の精霊の化身、旧神が残した世界守護者、凶嵐のアイオーン。
荒れ狂う牡牛が如き凶風 ―― エル・ウラカン
「疑問、何故に時間差を」
「いやな、待った方が面白いと思って」
召喚主の疑問に、素の声色で返す召喚機神。
「どっせいッ」
返答に対しトップロープを足場に飛びあがったジャマールが、
両足を揃えて飛び蹴りを繰り出せば、精霊も飛ぶ。
空中で身を捻りながら詩神を飛び越え、背中からトップロープに、
しかしその両手はしっかりとロープを掴み、反動で射出される。
水平に飛んだウラカンが、着地したジャマールの背中に直撃した。
「猪口才、
「ハッ、温いなあ四女」
「え、いヤ、何コの鉄柱とロープッ」
至近距離から
「いヤ待ちナさイよ貴方たち」
「何です、やかましいッ」
「邪魔だッ」
そして乱打戦に割り込もうとした少女の足を、詩神が水平蹴りで掬う。
倒れた機械の骨格の足を取り、足で両足を外から挟み爪先を内側に捩じる。
そして精霊は腕で顔面を締め、空いた手を前から脇を通しロックする。
「姉さん直伝、
「旧世界伝、
ハディヤの首、肩、膝、足首からゴキリと鈍い破滅の音が響き、
そのまま煙を吹きながら、全ての動きを止め機能を停止した。
「は、ハディヤーッ」
かくして機械少女は三つ巴戦の脱落者と成り、白いジャングルに倒れ伏す。
残された二柱は生き残りを賭け、改めて手刀の打ち合いを再開した。
結果として死合は、旧世界基準4分36秒でウラカンが