廃材で造った竈から、湯が沸く音が鳴る。
薄荷と砂糖を入れて煮出した茶は、沸騰の温度が低いのも在り、
何も考えず火に掛けた割に、意外と都合の良い抽出具合である。
杯に受けたそれを胃の腑に放り込み、タサウブは白い息を吐いた。
「いや、完全に無視して喫茶に勤しまれると寂しいのですが」
奥の空間より従者人形が、困った様な声色で言葉を継いだが、
調整槽の間に陣取っている開拓少女の眼は座ったまま。
「やかましい、人間は高地で生命維持を放置したら死ぬんだよ」
鉄の塊2体と元大神1柱に付き合ってられるかとの主張。
開拓者の上澄みたちとの旅路は、少女を確かに成長させていた。
具体的に言えば面の皮の厚さとか。
「それで、グリュプスだったか」
固まってしまった施設統括に、改めて会話を試みる精霊機。
「貴様はこんなところで、何をしている」
様々な意味合いが籠る問い。
「私は人に仕える存在ですので」
問われた機械はそう応え、背後の立方を指し示した。
「魂魄保管用仮想現実施設、
いつか再生された世界のため、旧人類の魂魄を保管していたと語る。
彼らは夢の様な世界の中で、長い微睡みを過ごしていたと。
「質疑、過去形なんですね」
ジャマールの問い掛けには、ただ人形の頬笑みだけが返った。
「彼らのために、新しい身体も作ったんですよ」
自動人形は、淡々とした口調で自らの行いを語る。
「蔓延っていた蟲たちは、駆除しきれませんでしたが」
使い道が無い事も無いので、まあそれも良かったのかもしれないと。
「でもアイオーンですか、何なんですかねアレ」
内容を吟味せずに零している様な、とりとめも無い言葉の連なり。
そして蟲の駆除を防いだ、不可解な機械に対しての疑問が残る。
兵器と言うには非効率的で、重機とするには危険過ぎる。
どの様な意図で造られたのか、最後まで理解できなかったと。
などと繰り言を聞く、精霊と妹神の脳裏に思い出が蘇った。
互いの思考の中で、馬鹿2匹がまったく同じ言葉を告げる。
「浪漫らしいぞ」
精霊が脳内会話の結論を伝える。
「理解できません」
「反論放棄、そこは同意します」
謎の共感が生まれている場に静寂が訪れた。
やがて暫くの後、感情の籠らない音で精霊が言葉を紡ぐ。
「哀れなものだな」
ただ一言が、遺跡の空気を凍らせた。
「人に仕えると言うが、その人とやらは何処に居る」
背後の箱を示す人形を、器用に鼻で笑う鉄面の機神。
「霊素も尽きて、もはや魂魄の鋳型しか残っておるまい」
鋳型に霊素を注ぎ魂魄を造り、用意した肉体に封じ込める。
そうして復活するであろう旧人類は。果たして。
「それは、我らが造った物とどう違う」
造られた物、蟲と蔑んだ物と同じ工程で造られる人類。
むしろ、世界に沿って調整されてないだけ粗悪な代物だと。
「正しく墓標だな、そして貴様は墓守りか」
明確な殺意が空間を占め、人形が飛び掛かった。
旧神に造られた機神は軽く歩を引き、振り抜かれる爪を逸らす。
「『禁則解除、エミュレート、アルフライラ』」
身を沈め受け、弾き、その胴体に向けて掌底を放つ。
「『重複権能、分解変性』」
周辺霊素を浪費して施行された多重権能が、グリュプスを穿った。
接触箇所が情報分解され、その周囲の物体が無秩序に変質する。
姉が弟妹たちには決して見せなかった、殺意を具現した権能行使。
胴体部に大穴を開けて吹き飛んだ人形は、箱にぶつかり止まった。
「精霊、何故突然に挑発を」
突然の凶行に、困惑の色を乗せて詩神が問うた。
「コイツは既に終わっている」
対し機神は、軽く首を振って苦々し気に言葉を返した。
ただの介錯で在り、コレもそれを望んでいたと。
「もうその箱の中には、誰も居ない」
そうだろうと言葉を投げれば、半壊した人形は弱々しく頷いた。
「……何故でしょうね」
霊素の枯渇であったのか、それとも何か別の要因であったのか。
箱の中の楽園に移り住んだ人々は、永遠の享楽の中で暮らし、
その内に何故か段々と、ひとり、またひとりと姿を消していった。
そしてもう、箱の中には誰も残っていないと。
「幸福の国、永遠の光に満ちた常春の楽園」
ジャマールの言葉を、タサウブが干し肉を噛みながら継いだ。
「私はちょっと遠慮したいかな」
「配慮発言、実に持ち帰り上役に相談する勢いですね」
しかしその適当な言葉にグリュプスは目を見開き、精霊は告げる。
「人は、楽園で生きられる様には造られていないのだよ」
言葉を受けて自動人形は、全身の力を抜いて俯いた。
腹部の穴から溶液を垂れ流し、火花を散らしながら。
「私たちは間違ったのだと、本当はわかってはいたのです」
仕えるべき人類を失い、しかし新しいそれを主と認める事も出来ず。
ただ在りもしない旧人類の復活を望み、それは果たされなかった。
「少女よ、廃棄端末が造った出来損ないを人間と呼んだ貴方よ」
人間とは、何です。
壊れかけの機械が、最後の力を振り絞りタサウブに問い掛けた。
少女は困惑する。
状況の深刻さにも、言葉の重さにも。
ただ荒ぶる思考に言葉を紡ぐ事も出来ず。
思い返す。
ハディヤは間違いなく人である。
家猫族もマヌル猫族もどうやら人間だったらしい。
奇獣人も何か物凄く納得がいかないが人間なのだろう。
何故か奇獣人の中に見覚えの無い黒い猫耳の美青年が居る。
人間とは爆発だとか言っている、え、誰これ怖い。
気を取り直し、オーク族も人と認められた、神の名の下に。
神、アルちゃん様、月と太陽に象徴される創世の虚弱大神。
彼女は、人でなしは人では無いと言っていた。
だから魔族を人とは認めなかった。
だけど、悍ましい造り手たちを人間だと認めていた。
悪意の煮凝りの様な奴も、人間だとは認めていた。
ふいに理解がある。
私は想到する、そしてそれ故に今から始まるのだろう。
辿り着いた答えを、生涯を掛けて疑い続ける。
だけど今は落ち着いて、目の前の見える彼女に言葉を返した。
「正しく人間であろうとする生命が、私は人間だと思う」
笑われた。
「アイオーンの方々と、同じ様な事を言う」
ただ、その笑いに嫌な色は欠片も無く。
「ええ、そうです、もう人類は過去の物と化してしまっていた」
私の人類はと、小さく続け。
箱の周りから幾つもの機械の腕が生え、壁の向こうを占めた。
そして破損した忘却のアイオーンを移動させる。
「これは、お返しします」
箱の周りは崩れゆき、壁を境に無事と崩落に分かたれる。
「私は、主に殉じましょう」
「その忠義だけは、誰にも否定できまいよ」
機械同士が僅かな会話。
動かない機械の面だが、僅かに微笑んだような気配がした。
そして壁が閉まり、遺跡内部の光も消えていく。
急ぎ精霊が配線を引き出し、調整槽に繋いだ。
やがて暗闇と化した空間に、調整槽だけが朧な明かりを保っている。
「あんな答えで、良かったのかな」
「多分、彼女は切っ掛けを欲しがっていたのです」
少女の疑問に、詩神が想像を述べた。
「タサウブ、貴女の言葉が同じと言っていた」
忘却のアイオーン最後の戦場。
そこで機械と神の交わされた会話は、詳しくはわからないが、
ただそれ以降に機械人類の行動は止まり、人の歴史が紡がれる。
そして拠点は遺跡として、静かに時を刻み続けた。
まるで、何かを待っていた様に。
誰かが訪れ、何かを告げるその時を。
「好い答えでしたよ、少なくとも彼女が納得するほどには」
そう言って、詩人は少女の頭を優しく撫でた。
竈に携帯燃料が放り込まれ、内部を僅かな光が照らす。
今まさに完全に死んだ遺跡には、神と人と精霊機。
あと壊れた巨大な忘却機神。
「……と言うか、返されてもどうしろと」
「精霊、情報分解でどうにかなりますか」
容赦無く兄と弟の合成権能を使用していた機械に、元大神が問えば、
出来はするが問題が存在すると、無感動な声で応える旧神遺物。
「権能を疑似行使する度、周辺の霊素を容赦無く消費するが」
「権能禁止、姉さんとは別の意味で大量破壊兵器ですね」
それは世界に合わせて調整された神の技では無く、旧神の技能である。
つまり、霊峰の霊素が深刻な打撃を受け環境が滅殺されると。
そもそも動かないのかと問い、夜になっているので明日でと応え。
「まあ最悪、誰かのアルコーンか機械天使でどうにかしますか」
「とりあえず調整槽ぐらいなら、自然回復が可能な範囲だぞ」
それだけは持ち帰り、千夜神殿に放り込むと決めた。
「何にせよ、ハディヤ嬢の調整が終わってからです」
改めて敷き布の周りに寝床を作り、湯を沸かし茶葉を放り込む。
角灯に火を灯し、乾いたパンを荷物から取り出し配り分ける。
やがて夜の極寒が遺跡に忍び込む頃合、寝息だけが聞こえていた。