砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-20 北風の彼方

 

廃材で造った竈から、湯が沸く音が鳴る。

 

薄荷と砂糖を入れて煮出した茶は、沸騰の温度が低いのも在り、

何も考えず火に掛けた割に、意外と都合の良い抽出具合である。

 

杯に受けたそれを胃の腑に放り込み、タサウブは白い息を吐いた。

 

「いや、完全に無視して喫茶に勤しまれると寂しいのですが」

 

奥の空間より従者人形が、困った様な声色で言葉を継いだが、

調整槽の間に陣取っている開拓少女の眼は座ったまま。

 

「やかましい、人間は高地で生命維持を放置したら死ぬんだよ」

 

鉄の塊2体と元大神1柱に付き合ってられるかとの主張。

開拓者の上澄みたちとの旅路は、少女を確かに成長させていた。

 

具体的に言えば面の皮の厚さとか。

 

「それで、グリュプスだったか」

 

固まってしまった施設統括に、改めて会話を試みる精霊機。

 

「貴様はこんなところで、何をしている」

 

様々な意味合いが籠る問い。

 

「私は人に仕える存在ですので」

 

問われた機械はそう応え、背後の立方を指し示した。

 

「魂魄保管用仮想現実施設、北風の彼方(ヒュペルボレイオス)

 

いつか再生された世界のため、旧人類の魂魄を保管していたと語る。

彼らは夢の様な世界の中で、長い微睡みを過ごしていたと。

 

「質疑、過去形なんですね」

 

ジャマールの問い掛けには、ただ人形の頬笑みだけが返った。

 

「彼らのために、新しい身体も作ったんですよ」

 

自動人形は、淡々とした口調で自らの行いを語る。

 

「蔓延っていた蟲たちは、駆除しきれませんでしたが」

 

使い道が無い事も無いので、まあそれも良かったのかもしれないと。

 

「でもアイオーンですか、何なんですかねアレ」

 

内容を吟味せずに零している様な、とりとめも無い言葉の連なり。

そして蟲の駆除を防いだ、不可解な機械に対しての疑問が残る。

 

兵器と言うには非効率的で、重機とするには危険過ぎる。

どの様な意図で造られたのか、最後まで理解できなかったと。

 

などと繰り言を聞く、精霊と妹神の脳裏に思い出が蘇った。

互いの思考の中で、馬鹿2匹がまったく同じ言葉を告げる。

 

「浪漫らしいぞ」

 

精霊が脳内会話の結論を伝える。

 

「理解できません」

「反論放棄、そこは同意します」

 

謎の共感が生まれている場に静寂が訪れた。

やがて暫くの後、感情の籠らない音で精霊が言葉を紡ぐ。

 

「哀れなものだな」

 

ただ一言が、遺跡の空気を凍らせた。

 

「人に仕えると言うが、その人とやらは何処に居る」

 

背後の箱を示す人形を、器用に鼻で笑う鉄面の機神。

 

「霊素も尽きて、もはや魂魄の鋳型しか残っておるまい」

 

鋳型に霊素を注ぎ魂魄を造り、用意した肉体に封じ込める。

そうして復活するであろう旧人類は。果たして。

 

「それは、我らが造った物とどう違う」

 

造られた物、蟲と蔑んだ物と同じ工程で造られる人類。

むしろ、世界に沿って調整されてないだけ粗悪な代物だと。

 

「正しく墓標だな、そして貴様は墓守りか」

 

明確な殺意が空間を占め、人形が飛び掛かった。

旧神に造られた機神は軽く歩を引き、振り抜かれる爪を逸らす。

 

「『禁則解除、エミュレート、アルフライラ』」

 

身を沈め受け、弾き、その胴体に向けて掌底を放つ。

 

「『重複権能、分解変性』」

 

周辺霊素を浪費して施行された多重権能が、グリュプスを穿った。

接触箇所が情報分解され、その周囲の物体が無秩序に変質する。

 

姉が弟妹たちには決して見せなかった、殺意を具現した権能行使。

 

胴体部に大穴を開けて吹き飛んだ人形は、箱にぶつかり止まった。

 

「精霊、何故突然に挑発を」

 

突然の凶行に、困惑の色を乗せて詩神が問うた。

 

「コイツは既に終わっている」

 

対し機神は、軽く首を振って苦々し気に言葉を返した。

ただの介錯で在り、コレもそれを望んでいたと。

 

「もうその箱の中には、誰も居ない」

 

そうだろうと言葉を投げれば、半壊した人形は弱々しく頷いた。

 

「……何故でしょうね」

 

霊素の枯渇であったのか、それとも何か別の要因であったのか。

 

箱の中の楽園に移り住んだ人々は、永遠の享楽の中で暮らし、

その内に何故か段々と、ひとり、またひとりと姿を消していった。

 

そしてもう、箱の中には誰も残っていないと。

 

「幸福の国、永遠の光に満ちた常春の楽園」

 

ジャマールの言葉を、タサウブが干し肉を噛みながら継いだ。

 

「私はちょっと遠慮したいかな」

「配慮発言、実に持ち帰り上役に相談する勢いですね」

 

しかしその適当な言葉にグリュプスは目を見開き、精霊は告げる。

 

「人は、楽園で生きられる様には造られていないのだよ」

 

言葉を受けて自動人形は、全身の力を抜いて俯いた。

腹部の穴から溶液を垂れ流し、火花を散らしながら。

 

「私たちは間違ったのだと、本当はわかってはいたのです」

 

仕えるべき人類を失い、しかし新しいそれを主と認める事も出来ず。

ただ在りもしない旧人類の復活を望み、それは果たされなかった。

 

「少女よ、廃棄端末が造った出来損ないを人間と呼んだ貴方よ」

 

人間とは、何です。

 

壊れかけの機械が、最後の力を振り絞りタサウブに問い掛けた。

 

少女は困惑する。

 

状況の深刻さにも、言葉の重さにも。

ただ荒ぶる思考に言葉を紡ぐ事も出来ず。

 

思い返す。

 

ハディヤは間違いなく人である。

 

家猫族もマヌル猫族もどうやら人間だったらしい。

奇獣人も何か物凄く納得がいかないが人間なのだろう。

 

何故か奇獣人の中に見覚えの無い黒い猫耳の美青年が居る。

人間とは爆発だとか言っている、え、誰これ怖い。

 

気を取り直し、オーク族も人と認められた、神の名の下に。

 

神、アルちゃん様、月と太陽に象徴される創世の虚弱大神。

 

彼女は、人でなしは人では無いと言っていた。

 

だから魔族を人とは認めなかった。

 

だけど、悍ましい造り手たちを人間だと認めていた。

悪意の煮凝りの様な奴も、人間だとは認めていた。

 

ふいに理解がある。

 

私は想到する、そしてそれ故に今から始まるのだろう。

辿り着いた答えを、生涯を掛けて疑い続ける。

 

だけど今は落ち着いて、目の前の見える彼女に言葉を返した。

 

「正しく人間であろうとする生命が、私は人間だと思う」

 

笑われた。

 

「アイオーンの方々と、同じ様な事を言う」

 

ただ、その笑いに嫌な色は欠片も無く。

 

「ええ、そうです、もう人類は過去の物と化してしまっていた」

 

私の人類はと、小さく続け。

 

箱の周りから幾つもの機械の腕が生え、壁の向こうを占めた。

そして破損した忘却のアイオーンを移動させる。

 

「これは、お返しします」

 

箱の周りは崩れゆき、壁を境に無事と崩落に分かたれる。

 

「私は、主に殉じましょう」

「その忠義だけは、誰にも否定できまいよ」

 

機械同士が僅かな会話。

 

動かない機械の面だが、僅かに微笑んだような気配がした。

 

そして壁が閉まり、遺跡内部の光も消えていく。

急ぎ精霊が配線を引き出し、調整槽に繋いだ。

 

やがて暗闇と化した空間に、調整槽だけが朧な明かりを保っている。

 

「あんな答えで、良かったのかな」

「多分、彼女は切っ掛けを欲しがっていたのです」

 

少女の疑問に、詩神が想像を述べた。

 

「タサウブ、貴女の言葉が同じと言っていた」

 

忘却のアイオーン最後の戦場。

 

そこで機械と神の交わされた会話は、詳しくはわからないが、

ただそれ以降に機械人類の行動は止まり、人の歴史が紡がれる。

 

そして拠点は遺跡として、静かに時を刻み続けた。

 

まるで、何かを待っていた様に。

 

誰かが訪れ、何かを告げるその時を。

 

「好い答えでしたよ、少なくとも彼女が納得するほどには」

 

そう言って、詩人は少女の頭を優しく撫でた。

 

竈に携帯燃料が放り込まれ、内部を僅かな光が照らす。

今まさに完全に死んだ遺跡には、神と人と精霊機。

 

あと壊れた巨大な忘却機神。

 

「……と言うか、返されてもどうしろと」

「精霊、情報分解でどうにかなりますか」

 

容赦無く兄と弟の合成権能を使用していた機械に、元大神が問えば、

出来はするが問題が存在すると、無感動な声で応える旧神遺物。

 

「権能を疑似行使する度、周辺の霊素を容赦無く消費するが」

「権能禁止、姉さんとは別の意味で大量破壊兵器ですね」

 

それは世界に合わせて調整された神の技では無く、旧神の技能である。

つまり、霊峰の霊素が深刻な打撃を受け環境が滅殺されると。

 

そもそも動かないのかと問い、夜になっているので明日でと応え。

 

「まあ最悪、誰かのアルコーンか機械天使でどうにかしますか」

「とりあえず調整槽ぐらいなら、自然回復が可能な範囲だぞ」

 

それだけは持ち帰り、千夜神殿に放り込むと決めた。

 

「何にせよ、ハディヤ嬢の調整が終わってからです」

 

改めて敷き布の周りに寝床を作り、湯を沸かし茶葉を放り込む。

角灯に火を灯し、乾いたパンを荷物から取り出し配り分ける。

 

やがて夜の極寒が遺跡に忍び込む頃合、寝息だけが聞こえていた。

 

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