夜を抜け、ガタゴトと揺れながら軌道を行く。
蒸気機関から強烈に吹き上げる排煙は巻き込んだ灰に因り、
煙の色を黒く染め、後方車両を黒く包む様に流れ続ける。
乗務員と護衛が先頭車両に詰め、貴賓の客車が繋がれた後に、
貨物の車両が連なる形の、輸送を主体とした赤の蒸気大列車。
そして貴賓客車の硝子窓から見える物は、基本的に黒い煙だけ。
高価そうな絨毯が敷かれた箱の様な車両。
密閉はされているが完全では無く、車内に煤の混じる味と臭いが在る。
まあ板の障壁が防ぐので何の問題も無いのだけど。
しかし連れ合いの面々を見れば、自然と鼻に溜まる煤に難儀していた。
見れば幾度も噛み続けたせいで、全員の鼻の頭が赤くなっている。
ともあれ時折に軌道が大きく弧を描く、風向きが良ければ外が見える。
断片の様な道中の風景。
土地の郷士の若者だろうか、馬に乗り列車に併走して追い越していく。
河川の土手で止まり、通り過ぎる車両に向かい手を振っていた。
後方剥き出しの貨物車両から、荷物として積まれた商人たちの応声。
列車は遅く、そして速い。
その速度は馬が駆けるよりも遅く、人が走るよりも速い。
通常の荷馬車は人が歩く程度の速度である事を考えれば、
早馬に比する速度の貨物列車は、破格の速度ではあるのだろう。
ガタンゴトンと身体も揺れる。
またも軌道が弧を描き、黒煙が逸れて外の景色が見えた。
立ち枯れたままに放置された、枯草の草原。
雪が積もらない土地、人の手の入らない土地だと枯草も放置され、
立ち枯れたまま春に若草が駆逐するまで、秋の景色を残している。
それもすぐ黒煙に遮られる。
列車は時折、人の手の入らない土地を直進していた。
鉄の道は神軍を投入して敷設され、神都と交易都市を直接繋いでいる。
水と集落に沿い曲がりくねった街道と違い、かなり直線に近い。
そこから生じる総距離の差もまた、鉄道の速さであるのだろう。
線路脇には兵士見回りのための街道が並列で引かれているが、
頻繁に兵が通る都合も在り、馬車などの乗り入れは禁じられている。
その禁令には、線路を盗む輩への防止策の意味も含まれている。
当然に道中の水回りも乏しく、完全に保線のための魅力が無い道で。
とは言え路線は長く、たまに街道や集落に近接する様な箇所も在った。
見回り兵の詰め所や厩なども置かれ、時折に宿場町も成立する。
だいたい中間あたりに造られた駅、それはその様な宿場の一種であり、
反対側から向かってくる、対抗車両と行き違うための土地でもあった。
警笛が鳴りガタゴトと揺れながらの減速。
停止と共に盛大に噴出する排気の音。
「おお、とりあえず着いたようじゃな」
揺れ続けた行程に、若干顔色を青くしていたハジャルが言う。
神国まではまだ長く、道中消耗品の補給を臨む宿場駅。
貴賓車両も箱の端、乗務員室や手洗いの補給や清掃も在り、
待ち時間の間にする事は多く、まあ何よりも。
「
とりあえず食材が欲しいと主張、きっと妹もそう言うはず。
「そうよね、せめて蜂蜜か葡萄酒を混ぜたいわ」
「いや粥を改良する方向じゃなくて」
何かベクトルが違った、まあ良いけど。
貴賓客車では食事が出たが、貴賓と言う割に食材は積まれず、
連日に大麦と乾酪を煮込んだ簡素な混ぜ粥三昧、飽きる。
粥と言う割に、餡子ぐらいの硬さが在る生地みたいなそれは、
初回は美味しく頂けたのだけど、後は何かもう、何かもう。
「何でこう、選択肢が無く延々と同じ物が繰り返されるの」
「ふふ、アルフライラ様も我が国の恐ろしさに気付いた様ですね」
思わず漏れた愚痴に、ビッラウラが優し気に受け答え。
だけど眼のハイライトが消えている。
「いやビッラウラ、何でそこまで絶望しきった顔」
「変えたかった、でも変わらなかった、変わらなかったんですよ」
闇が深い。
ふと不安を覚え振り向けば、3者1柱も沈痛な表情。
いやサフらん、その中で何の疑問も無い受け入れ顔しないで。
変化や進歩の概念すら無さげな赤の神国の食文化を哀れむべきか、
粗食に魂レベルで慣れ切っている感じの剣士を不安に思うべきか。
悩ましい思考の中で、客車の扉から鍵を開ける音がした。
貨物も含めた全ての車両は、乗り降りに関して制限されている。
扉や昇降口は外から鍵が掛けられ、乗務員が外から開錠する形式。
運行する側から見て、乗員は閉じ込めておきたい生き物だからか。
当然、事故などが起これば大惨事一直線の危険極まり無い形式だが、
これに関してはもう、大惨事が起きるまでは改善が難しいだろう。
先史でもそうだった。
仮に神の強権で急ぎ改善しても多分、問題の先送りにしかならない、
将来的な発展のどこかの時点で、誰かがきっと迷案を思いつく。
結局は、痛くなければ覚えない。
制度、安全に関わるそれは血肉の上にしか生まれないのだから。
ともあれ扉を開けて、そして閉める。
何だろう、駅の向こうにギッシリと売り子が詰まっていたのだけど。
「せ、先行して道を確保して参ります」
「頑張れー、他の客と売り子の迷惑にならない範囲で」
善処致しますと硬く誓い、頼れる赤臣アキークが客車から降りていった。
加齢と共に、負担が胃壁か頭皮に掛かっていきそうな性が少し心配。
しばし後、常備兵が整理した道を辿り宿へと向かった。
「それで、この地にはどれだけ逗留するのじゃ」
「対抗の列車が来て、その翌朝に出る感じですね」
道中に頭脳担当が予定を問えば、結構適当な内容が返る。
そして路傍の木賃宿とは、見るからに格の違う高価そうな建物に。
石造りの宿場に酒場の側から入り、上段へと案内される。
荷物を預け、買い物は後で御用聞きが来るらしい。
「どうしようアズラク、何かお金持ちみたいな待遇」
「油断したら駄目よ姉さん、絶対に裏が在るわ」
「待ちやがれそこの大神姉妹」
ひしと姉妹で怯えていると、水晶ゴリラの塩対応。
「何はともあれ、まずは厨房よね」
「調味料は微妙だけど、醸造酒の使い方が気に成るかな」
「だから大人しくしていろと、この最上位賓客どもが」
次いで、いと尊き大神2柱の首根っこを掴む不遜な従神。
そして席に着けば、相も変わらず氷に埋められた
硝子瓶から杯に注がれ、3柱4人に回される酒精。
「あ、不思議と呑み易い」
「麦酒は壺に葡萄酒は瓶に、だったかしら」
先日のねっとりとは違い、意外に水分が多かった。
「そうですね、神都の方は壺で置かないので水気が消えないのです」
「それだけで説明が付く水気では無いのう」
「これは、絞る時に水を加えているわね」
などとビッラウラの説明を、補足する呑酒妖怪2匹。
ふむり、水割りが規制されているから作成時に加水しているのか。
「上に命在り、下に手管在りかな」
赤の民も、随分と逞しくて好感が持てる。
ともあれ適当な会話を積み重ねていれば、その内に大皿の料理。
窯で焼かれた生地は熱気を持ち、軽く大蒜の香りを漂わせている。
「
聞けば大蒜と魚醤を練り込んだ生地で、山鳩を包んでいるらしい。
「山鳩ってどんな食材なのかな」
「野生味が強く鳩より胸肉が厚くて、総じて弾力があるわ」
疑問を持てば、即座に頼れる美食妹。
火を入れ過ぎると水気が消え、肝の様な臭みが強くなると言う。
包み焼きで蒸しているのも、加熱を緩やかにする工夫かな。
ともあれ切り分けた物を食めば、歯に掛かる弾力と舌に踊る脂。
鶏と言うよりは牛に近い、それでいて鶏の様に軽い。
「山鳩は久々じゃが、好く脂が乗っておるのう」
「冬の鳩だからね、身体に脂を蓄えているのよ」
呑酒妖怪にも好評の様で、食みながら杯が空き注ぎ直す風情。
しかし若干素材の味勝負の様な淡白さが在り、試しに付属のたれ。
葡萄酒で溶いた蜂蜜に、大蒜と香草が混ぜ込まれている。
悪くないけど、あれだね。
「塩が欲しい」
「本当に、赤の料理よね」
「この岩塩を削ってお使いください」
しみじみ姉妹の愚痴に、恐縮仕切りのアキークからの供物。
姉妹揃って五月蠅くて御免ねと、謝れば恐縮が酷くなった。
「さて、これからの事ですが」
何だかんだ舌鼓を打っていれば、ビッラウラが口を開いた。
「私は銅との国境線を回りますので、神都に向かうのは遅れます」
赤将アキークだけが、鉄道で神都に向かうと。
「だからアルフライラ様が到着するのも、同様に遅れます」
ほうと聞いていれば、将の緊張した頷き。
「で、その時間差に何をやれと」
問い掛ければ、従神筆頭の悪い笑み。
「別に駄目でも、既に大勢は決しているので問題は無いのですが」
ただその時に出る被害の桁が、間違いなく変わってくると。
そんな言葉に顔を青くするアキークに、同行する謎の猫弾き神への依頼。
「手段は問いません、武神ロカームの調略を」
赤の神国を人質にとるか。
「アルフライラ様以外の皆様にお願い致します」
「アズラクこれを抑えて、口に大蒜捻じ込むから」
とりあえずぬけぬけと宣言しやがった従神に懲罰を試みた。