砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-Ex 白紙の切符

 

買い込んだ消耗品を貴賓客車に積み込んでいる最中、

アルフライラ達は、後方貨物車両の方角の騒ぎに気が付いた。

 

何事かと様子を伺えば、貨物に乗せられている個人所有馬車の車体。

車輪を外し荷物の如く固定して、疑似的な客車にしているそれから。

 

内鍵が開かず、中に居る商会主も反応が無いと。

 

何某かの事件を疑い、商会の大柄な護衛がその膂力を以って扉を壊した。

扉に引っ掛ける鉄製の小さな閂が転がり、煙草の甘い香りが漂った。

 

野次馬に寄った神に届くほどに濃く、それも風が吹き飛ばしていく。

 

そして、中を覗いた者たちの固まる様。

 

鉄錆の様な香り、転がる肉、車体の床の一部を染める紅。

 

絹を裂く様な悲鳴が、駅舎に響いた。

 

 

 

―― 製氷の法術 ―― 遺産相続

 

  ―― 見つからない鈍器 ―― 想定外の密室

 

 ―― 奇妙に正確な証言 ―― 蜘蛛の紋様

 

そう、謎は全てゴリ押し、真実は勝者が造る。

常に第2の被害者最有力候補、彼女の名は ――

 

 

『瀕死探偵アルナイネ 白紙の切符』

 

 

でぃすちきゅうたいむあるちゃんさまずひんとぅ 「水煙草(シーシャ)

 

 

 

商会主の愛人と名乗る彼女が喉を嗄らし、駅舎が落ち着いた頃。

関係者が一堂に会し、その場に何故か開拓者組も混ざっていた。

 

同行しているアキークに判断が託されたが故、要は巻き添えである。

 

要人たちを抱え赤の未来が背中に掛かっている状態での、突然の案件。

もはやその顔色は死人を通り越し、既に涅槃に至っている。

 

容疑者でもある関係者は、4名。

 

 

商会主の愛人である赤毛の淑女、ジャースゥス

 

「まあ下手だし小さかったけど、殺すほどじゃないわね」

 

マルジャーンより若干背が低いが、腰は細く胸は大きい。

常日頃から寵愛を受け、贅沢の限りを尽くしていたが。

 

昨今は商会主が他の女に目移りし、捨てられる事に怯えていたらしい。

 

事実婚の相手として、赤の法で守られる内にと考えてもおかしくないと、

そんな事を同行していた若い商人が語った。

 

 

その商人は商会主の従弟であり、名はカーゼブ

 

「殺したいとは思っていたよ、だが金がな」

 

契約で縛られ奴隷奉公させられていた小男である。

清潔感の在る身なりで、よく通る声の商人らしい商人であった。

 

身長の事を気にしているらしく、小さいと聞いた時に顔を歪めていた。

短気な所も在り、ついカッとするのは充分に在りえると老人は語る。

 

 

その老人は、商会主の家裁を務める執事ムタワティ

 

「坊っちゃまは、敵の多い方でありましたから」

 

老境の執事で在り、背は曲がり既に声に力は無い。

幼い頃より商会主に付いていたと語り、ほろりと涙も流している。

 

なお、財産の横領がバレそうで最近焦っていたらしい。

まあ俺には関係ないがと、呆れた声で語ったのは専任の護衛。

 

 

護衛を務めていた大柄な戦士、名はイカーブ

 

「乱暴狼藉の権化の様な、絵に描いた様な悪徳商人だったけどさ」

 

肉体は鍛えられ剣を帯びているが、大剣使いのサフラほどでは無い。

ただ背丈は同じくらいで、カーゼブに時々殺気を向けられているらしい。

 

路地裏の与太郎を拾い、人間扱いしてくれた恩が在ると。

関係者の中で唯一、被害者の死を悼んでいた。

 

 

犯行は朝方、誰も連れず煙草を愉しみに車内に向かった商会主は、

そのまま孤独な喫煙中に、後ろから鈍器で殴り殺された様だ。

 

縦に短く横に太い球体的な彼は、殴られた後に少し転がったらしい。

背が低いのは一族の特徴かなと聞けば、カーゼブが凄い顔をしていた。

 

窓と扉に内鍵が掛かっていたが、法術の心得ひとつでどうとでも成る。

そして容疑者の4名は、それぞれに何某かの法術の心得が在った。

 

水術士の愛人、風術士の執事と商人、傭兵式の商会護衛。

 

どの術士も、何らかの法術で密室を造り出す事は容易である。

それ以前にそもそもが簡素な掛け錠であり、針金一本でどうとでもなった。

 

 

一通りに関係者の証言を聞き、被害者の悪行の数々も並べ立てられた。

貧民相手の強姦強盗、官憲との癒着と揉み消し、傍若無人の生涯である。

 

非合法のやり口から同業者の恨みも買い続け、常に暗殺者も送られていた。

 

「むしろ、何故に今まで生き延びられていたのか」

 

遠い眼をしたアルフライラが身も蓋も無い感想を述べれば、

赤の神国の汚点とも言うべきその生態に、赤将アキークは頭を抱えた。

 

ともあれ、とりあえず現場に向かおうと保線兵を伴い車体へと向かう。

既に遺体は運び出されていたが、現場は手付かずに保存されているらしい。

 

「そう言えば、アルちゃんにも邪な視線を投げていたわね」

 

道すがら、思い返したマルジャーンの証言にハジャルは深く頷いた。

 

「マルジャーンよ、諦めて自首するのじゃ」

「待って信じて、殺ってないわ」

 

そう、マルジャーンならば壁越しに衝撃を徹し、

被害者を殴殺する事も容易であったはずである。

 

「あれ、もしかして最有力容疑者」

「アルちゃあああぁぁん」

 

道中に美女が涙目でいけずな神の頬をむにむにしつつ、

やがて貨物車両の上に固定された、豪勢な馬車へと辿り付く。

 

扉を開けているせいか、既に煙草も血臭も気に成らない程に薄れ。

 

「もう自然死で良くない」

「気持ちはわかるが、ぶん投げるでない」

 

飽きてきた創世神の言葉に、苦笑交じりで人の反抗。

 

「そうじゃな、少し向こうに視線をやってみよ」

 

言われてアルフライラが視線をやれば、そこには赤の将アキーク。

胃の辺りを抑え顔色を死人に近付けながら、現場の采配を執っている。

 

アルフライラより先に次の犠牲者に成りそうな気配が濃厚であった。

 

「もう、自然死でよくない」

「声色に多分に同情が混ざったのう」

 

言っている内容自体は同じである。

 

気を取り直し車内を伺えば、高棚が並び限られた空間を活用する造り。

座席を兼ねた寝台の上にも棚が在り、他の物よりも若干に高い。

 

天井も高く、車両と言うよりは屋敷の如くの豪勢さである。

車輪を戻し馬に牽かせれば、果たして何頭立てになるのだろうか。

 

改めて見れば内外に絢爛な装飾、商会の面子を掛けた大車両であり、

窓には澄んだ硝子がはめ込まれ、その裕福さを無遠慮に主張している。

 

「この高さ、将来に鉄道が高速化したら無理そうだなあ」

 

空気抵抗など一切考えていない無体の贅沢、神が呆れながら視線を回せば、

床の折り畳み式の机には手付かずの夜食が残り、水煙草の容器が並んでいた。

 

水煙草(シーシャ)、南方を主とする神国から広まった煙草の吸煙法の一種である。

 

硝子(シーシャ)製の容器に水を湛え、その中に煙を潜らせて吸う様式の物。

葉を果実に漬け上に炭を置き、軽く吸って煙を瓶の中の薔薇水に誘導する。

 

そのまま熱を伴う煙は水中を潜り続け、やがて容器の中に充満し、

古々椰子の実を削って作った吸い口から勢い良く吹き出す様になる。

 

被害者は、水煙草を楽しんでいる最中に後ろから殴り殺されたらしい。

 

この煙草好きも関係者の良く知る所であり、宿舎でなく車両に居たのは、

思う存分に煙草を吸いたいがためであったと、口を揃えて証言がされた。

 

争った跡も無いが、倒れた時に水差しが倒れたらしく少し床が濡れていた。

 

とりあえずに、何かが無いかと棚を開ける。

 

そしてアルフライラは両手を天に掲げ、そのまま未使用の寝台に飛び込んだ。

 

「何やってんだ」

「いや、見るからに高価そうな寝台だったから」

 

羽毛を絹に詰め込んだ、見るからに最高級の寝具である。

 

呆れ半分のサフラが頭上の棚を開けるのを、下から眺める創世神。

やがて探索も終わり、見つかったのは炭と煙草だけであり。

 

剣士が元通りと寝台上の棚に仕舞い、家探しに区切りがついた。

 

「そして飛び込んだ勢いで何か折れました」

「顔色ぐらい変えろ」

 

首根っこを掴まれ、板に放り込まれる折れ易い少女。

 

煙草では無い煙を吹きながら外に出れば、アキークと関係者が並んでいた。

早々に決着をつけたいが、如何ともし難いとの空気が漂っている。

 

「もう自然死で良くない」

 

疲れた声でアルフライラが提案すれば、アキークは胃の辺りを抑え蹲る。

 

「そ、その様な、いい加減な……ぐぐぅ」

 

アルフライラたちを神都に届けなければ、永らく望んだ未来も台無しである。

そんな状況の逼迫と、誠実さの狭間で胃壁が犠牲と化して持ち主を苛む。

 

溜息を吐いたアルフライラに、思い詰めた様相の商会護衛が意思を告げた。

 

「出来れば、行われた事の帳尻は合わせてほしいです」

 

唯一に死者を悼む彼の言葉には、感情の籠らない視線。

 

「お主は、それで良いのかの」

 

ハジャルが問えば、頷く若者。

 

少し迷っていましたが、やはりと。

 

野垂れ死ぬはずだった自分を拾ってくれた、打算も在ったであろうそれは、

間違いなく恩義で在り、どれほどの罪過が在ろうとも変わりはしない。

 

その言葉を聞き、何処か遠くを見つめながら神が告げた。

 

「断罪は、私の権能には入って無いんだけどな」

 

これも人間の証明かと小さく呟き、そして世界が接続される。

 

 

赤の領域を無遠慮に切り取った創世神に、周囲の視線が集まった。

気が付けばただの置物が、いと尊き大神へとその姿を変えている。

 

赤のアキークは喉を鳴らし固まり、その他の関係者も身を竦ませている。

そして離れた宿の厨房で、青の大神が皿をひっくり返していた。

 

「で、何で殺ったの」

 

何の説明も無く、ただ確信を持って問い掛ける声。

 

「妹が居たんですよ」

 

護衛の若者、イカーブは穏やかな声で応えた。

 

路地裏に捨てられた兄妹は、辛く苦しい現実を前にして傷付きながら、

それでも何とか日々を過ごしている内に、終に悲劇が起こる。

 

「まあ良くある話なんですけどね」

 

乱暴され殺された妹の屍、その前で泣き叫んだ兄は人間を辞めた。

手段を選ばず日々を越え、弱い者から奪い強い者から掠め取る。

 

そんな動物を、使い勝手の良い犬と拾い上げた商会主が居た。

 

「主の悪行自慢も散々に聞かされましたが」

 

水煙草を用意しながら、ふと思い出した様に零したと言う。

昔に路地裏で乱暴したとるに足らない肉穴、彼の妹の話を。

 

「殺っちゃいました」

「殺っちゃったのかー」

 

肩の荷が下りた様な軽い口調の白状に、呆れ半分の神の言。

 

そのままアルフライラはアキークに視線を投げ、周囲の保線兵が動く。

抵抗する意志も無く、大人しく従う犯人に向け神は告げた。

 

「善行の報いが勤労となり、悪行の報いがその生命を奪った」

 

神威の籠る言葉に、誰もが無言で聞き入っている。

 

「故に、その生命を奪った報いもまた受けるべきであろう」

 

赤の法に照らし合わせ、相応の刑罰をと赤将に大神が命じた。

 

「過剰に成らず相応に」

 

重ね告げる言葉を受け、真剣な顔で頷く赤に仕える者たち。

そしてとりあえず兵舎にと牽かれる罪人が、振り返り問いを発した。

 

「我が断罪を叶えた神よ、願わくば貴女の御名を教えて頂きたい」

 

対しそれは、瀕死探偵アルナイネ様だと言いたいのをぐっと我慢して。

 

「千夜神、名はアルフライラ」

 

それだけの会話を最後に、場は解散に至った。

 

 

神判を下した後、貴賓客車への荷物積み込みを再開する開拓者組。

酒瓶を詰め込みながら、ふとマルジャーンが口を開いた。

 

「ところでアルちゃん、どうして彼が犯人だとわかったの」

 

何もかも分かった様な顔をして横に居たけど、わかってなかったと告白。

 

「何じゃ、これを見てもわからんかの」

 

その言に、ハジャルが軽く手を伸ばしながら口を開く。

天に向けた指先は、サフラの頭を軽く越えた位置に在る。

 

「アルちゃんが両手を上げて寝台に飛び込んで居たけど」

 

それが何を意味しているのかと困惑を見せれば、

気軽な口調で瀕死探偵アルナイネが真実を告げた。

 

両手を上げても棚にぶつからない。

 

「彼以外だと直に手が届かないんだ、寝台上の棚には」

 

ただそれだけの話と、軽い言葉が線路風に乗った。

風に遊ぶまま、あの者はどうなるじゃろうかと人が案じれば神は告げる。

 

「辿り着いた因果の果てに応報は果たされた」

 

特に誰に聞かせる風でも無く、ただ淡々と創世神が言葉を紡ぐ。

 

「だからもう、その先には何も無い」

 

昼を示す陽光の先、対抗列車の煙が僅かに見えていた。

 

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