砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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06-11 呼ばれぬ神々

 

音が響く。

 

いつしか陽は傾きはじめ、西の空を茜に染めた。

血臭漂う荒野が、それに相応しく端から紅に染まりゆく。

 

内外から城壁に取り付く兵、怒号と罵声が交差し悲鳴が続いた。

質量が移動する低い音、地響きが戦場の人々の肌を揺らす。

 

刻一刻と城壁までの距離を詰める機械天使の眼下にて、

先行した随伴歩兵が攻城に動き、砦兵が防衛に迎え撃つ。

 

【挿絵表示】

 

交差する矢玉に投石が混ざり、煮え立った油が壁下に悲鳴を生んだ。

 

「随伴を散らす、続けッ」

 

砂猫神セルサールが叫び、城壁を駆け降りる。

砦の神造神が続き、白刃が壁と天使の狭間に舞い踊った。

 

その上から、腸詰腸詰と叫びながら石を投げていた奴隷兵が

一斉の射撃を受けて悲鳴の製造機へと変化する。

 

生き残りが運ばれるのは、矢避けの法術の掛かる屋根の下。

 

板に乗った少女が無遠慮に鏃を引き抜き、悲鳴を意にも介さず。

消毒後に布で縛り、はい次と流れ作業的に処置を続けていた。

 

開拓者組と妹に封印された邪神であるが、手持無沙汰であったため、

相応に忙しそうな救護所に紛れ込んで、暇を潰す黒い労働宿星の導き。

 

「はい次はい次はい次はい次、ああ忙しい」

 

ついつい周囲の者が見惚れんばかりの、可憐な笑顔での発言であった。

業の深い魂の発露であるが、知らぬ者からすればただの聖女である。

 

「そいえばさ、何で腸詰腸詰って叫んでるの」

 

治療の傍らで徐に神が、折れた骨を継いで転がされていた奴隷に問う。

 

「ああ、敵の頭をかち割ると夕食に腸詰が付くんですよ」

 

犯罪奴隷、戦場奴隷、借金奴隷、様々な理由で奉公している奴隷だが、

その意欲を維持するため、労働には相応の報酬が約束されていた。

 

「押し寄せ来る腸詰の群れと思えば、これも美味しい話ですね」

「道理でやたら危険な所から石投げまくってる人だらけー」

 

だから忙しいのかこの野郎と毒吐く神に、転がる奴隷は苦笑を零す。

 

「神様、傷を洗う水が足りませんッ」

「はい追加」

 

空の瓶を抱え寄ってきた小間使いの少女を、振り返りもせず権能行使。

途端に重くなった水瓶を抱えなおし、少女は引いた様相で作業に戻った。

 

アルフライラの後ろで怪我人の傷を洗いながら、弱々しく問い掛ける。

 

「何であの人たち、軽々しく生命を捨てられるんでしょう」

 

攻めてくる敵の事か、城壁で腸詰祭りに沸く兵の事か。

口にした本人もはっきりとはわかっていない風情で、小声の疑問。

 

「死なねば、生きられんからよ」

 

応えたのは神では無い。

 

アルフライラが首から上を包帯で絶賛ぐるぐる巻き中の、壮年の国境兵。

 

「領主と領民が運命共同体だからかな」

「流石に客神はわかっておられますな」

 

勝てれば良い、だがそうでなかった場合は。

 

軍事力、戦える者である事を証明し続ける事。

 

血肉で証明されるそれは、戦の勝敗に左右される事は無い。

むしろ敗戦後に、利用価値と言う名の命綱として領民の命を繋ぎ留める。

 

自分だけでは無く、後ろに守る家族友人の人生も。

 

「城壁に取り付き死ぬ事でしか、彼らが生き残る道は無いのさ」

 

そして俺たちもと、鏃を引っ込抜かれ悲鳴を上げた若者が嘯いた。

 

「すると突然、神の奇跡で見せ場無く終わったりなんかすると」

「誰からも拾われず、根切りの末路でしょうなあ」

 

領民も、良くて奴隷か貧農か。

 

「貧農ってのがわからない」

「直轄地になると、領地でなく国や代官に税が行きますから」

 

首尾良く立ち回り新領主を迎えるにしても、やはり必要なのは価値である。

黙っていても税を払う集団に、それ以上を求めさせるだけの。

 

包帯を結びながらの神の問いに、しみじみとした口調で壮年が応える。

そして我らは夕食の品目が寂しいままですなと、軽くお道化た。

 

「とは言えそれも充分かと、後は神の奇跡でも祈っておきますかね」

「あ、そこの邪神様には祈るなとセルサール様が言っていました」

 

「解せぬ」

 

人々の意思を受け、女神は新しい患者の鏃を引き抜きながら困惑を見せた。

 

「まあ実際、機械天使とやらをどうにかしない事には」

 

ともすれば敗北はこちらかもしれないと、壮年の言葉は歓声に消えた。

腸詰連呼に混ざり、機械天使が泥に足を埋めたと現状の叫びが在る。

 

「噂の奇跡とやらですかな」

「アズにゃんかー」

 

「邪神様じゃないんですか」

 

邪神やめいと看護少女に返す横で、転がる奴隷が拝みだす。

 

「邪神様、腸詰確定を有難うございます」

「元気そうだなこの骨折奴隷」

 

高い城壁の向こうでは、怨嗟の悲鳴が途切れる事も無く、

意気軒高の防衛側は、腸詰葡萄酒と叫び各階層の兵たちが矢玉を放つ。

 

「何という欲望の坩堝」

「私、戦場ってもっと真面目な物だと思ってました」

 

包帯を巻く看護邪神の後ろで看護少女が呟けば、からからと壮年が笑った。

 

「空元気でも笑っておかねば、気鬱で死ぬだけよ」

 

だからお主も笑っておけと、生き残る秘訣を少女に伝える。

恐怖に追いつかれぬ様、死がその身を捕えぬ様に。

 

「そうしておけば、夜半に狂い死ぬ病も逃げていくかもしれんしな」

 

笑顔の裏には、破傷風に怯える歴戦兵の顔が覗き。

 

「はっはっは、私の手にかかってそんな不手際があるとは侮辱かな」

「ぬお、もしや貴女様は医療の神であられましたかッ」

 

洗浄と消毒と患部切除をこなしていた創世神の不興を買う。

アルフアイとアルフセンサーもフル活用である。

 

本神的には、患者に心理的不安を与えないための大言壮語であったが、

事実として受け持った患者が全員生還してしまったため。

 

後に赤の神国で、千夜神に医療神の側面が付加され語られる事に成る。

 

そしてトリアージ処置、病室の換気、シーツの交換など衛生環境維持。

千夜手順と呼ばれ定着したそれらは、後代に多くの兵の生命を救った。

 

「あまり怒らせると性転換させてしまうぞー」

「邪神だ、邪神が居るッ」

 

それはそれとして、邪神である。

 

「アルやー、何か枯渇した身に効く物は無いかの」

「はい甘酒」

 

そこに魔素枯渇で下がったハジャルが問えば、神が渡すは呑む栄養点滴。

板に座り甘酒を呑む開拓者に、他の面々はと聞けば城壁に視線を向けた。

 

城壁を駆け降りた砂猫神が帰還している。

 

敵軍の攻城梯子を登って戻ってきたらしい。

幾柱かの後、最後に見覚えのある大剣使いが登ってから梯子を蹴倒す。

 

ただの剣士のハードルを天元突破させる男に、神と人が白い眼を向けた。

 

「マルジャーンは弓に混ざっておったの」

 

甘酒の杯を傾けながらの言に、神と人が城壁側に目を向ければ、

葡萄酒連呼集団に何か見覚えの女性の姿が在り、そっと目を背ける。

 

「さて、結論としてそろそろ神の奇跡の時間でも構わなそうだけど」

「はっはっは、大人しく座っておれこの破壊の邪神」

 

しかし見立て自体は正確だったのか、城壁の内外で歓声が轟いた。

 

響く破砕音に、次々と戦を忘れ城壁に登る国境兵たちの姿に呼ばれ、

アルフライラとハジャルも手を止めて、軽く様子見に移動した。

 

荒野を疾る鋼が在る。

 

爆炎を吹き、後方に煙を立て、轟音を響かせて。

 

足の付いた球体の如き異形には、旋衝角に似た削岩機の両腕が在り、

肩であろう位置にはこれもまた円盤状の削岩機が在り、高速に回転している。

 

破砕の意思を音にした様な、駆動。

 

足は、動いていない。

 

ただ吹き出す出力がその機体を浮かせ、荒野を氷の如くに滑り移動する。

点在する岩石を砕き飛ばし、爆煙を供に荒野を疾駆する赤の大神が神威。

 

緩く弧を描き、噴進機の動作が止まっても慣性のままに前進する。

 

第2のアルコーン、ハルマス。

 

【挿絵表示】

 

疾走が止まらない、機械天使を巻き込み粉砕しながらも。

 

そしてあらゆる物を粉砕した赤の大神の威が、この戦場の終結を告げた。

 

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