砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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06-12 戦後の戦前

 

採光窓の明かりは直線に進み、薄暗い室内を切り分けている。

そんな砦厨房のパン窯前で、神と人がパンが焼けるのを待っていた。

 

板に乗ったアルフライラは錻力の仮面を頭に引っ掛け、

手持無沙汰な時間を右手装飾の調整に充てている。

 

花弁の様に開いた白い袖と、白い手袋。

 

それを興味深げに見守るのは、黒の冒険商人が愛する踊り子。

括った赤毛と見事な胸が、事在る事に軽やかに揺れていた。

 

「礼装ハンドとでも名付けようか」

「片腕ドレスって、服と合わなすぎじゃない」

 

時折に垂れている獣人衣服の袖から覗くには、少しばかり微妙だと。

言われた神は再度の調整を経て、袖から手甲の如くに変化させた。

 

黄金色の曲板を腕に添わせた、指抜きの手甲。

 

「黄金ハンド」

「ザハブ神が見たら何か誤解しそうね」

 

的確な感想に、難しいと唸りながら神は錻力だぞお前仮面を被り、

そろそろ燃料が尽きるからここまでかなと作業中断を告げた。

 

なお、板から伸びる配線の先に転がされた燃料こと大神アズラクは、

既に白目を剥いて痙攣をしながら、延々と妖しげな譫言を繰っている。

 

「ところでアズラク様は大丈夫なの」

「胡麻の油と大神は、絞れば絞るほど出る物だから」

 

2柱1人で箆を使いパン生地を捏ねて竈に入れた後、

油断した女神に、後ろからこっそり配線を繋いだ創世神の見識である。

 

この長女、猫因子の無い弟妹の扱いは粗雑極まり無い。

 

「だが約束しよう、お前の生命は決して無駄にはしない」

 

改めて、アズラクの抜け殻に重々しく誓う悪魔姉仮面。

 

「娯楽のために浪費してなかった」

「浪漫と娯楽には相応の価値が在るのだー」

 

だから無駄では無いと創世の邪神は言い切った。

 

そんな焼きあげ待ち時間を潰している厨房に、足音が響いて来る。

 

「こちらに居ましたか姉上」

 

颯爽と姿を現したのは、肩口まで赤い髪を伸ばした赤の大神。

姉神は軽く出迎えの辞を述べ、踊り子は軽く頭を下げた。

 

そしてアハマルは何かを言おうとして、一瞬だけ止まる。

姉の被った錻力の仮面を直視してしまったからだ。

 

謎のアクマ・ユメノアール的な鉄より硬くて丈夫な錻力仮面に絶句し、

少し考え口を開こうとして、何も出て来ず、改めて言葉を紡ぐ。

 

「ザハブの前でもその仮面、付けていてくれませんか」

「脳味噌お花畑か、この妹」

 

何か本音的な願望が零れ落ちていた。

 

そんな桃色の大神に悪魔ライラは、錻力の向こうから問い掛ける。

 

「んで、そんな事を言いに来たんかお前ぇー」

 

何処となく仮面に侵蝕されている様な物言いである。

 

「あ、いえ、姉上に講和の見届けをして欲しいと頼みに来ました」

 

赤と銅の神国間の戦火は、一応の終結を見た。

とは言え、はいそこで終わりと言うほどに簡単な物では無い。

 

奪われた赤の砦、確保した捕虜、各所の被害、様々が手付かずであり、

現在は講和のために双方が交渉の場を作っている段階であった。

 

日毎に赤と銅からの神々と軍勢は増え、黒からも使節が急ぎ訪れ、

交渉の場となる地は、刻一刻と緊張感が高まる有様である。

 

そこに商人は金貨袋を千夜神の賽銭箱に放り込み、ハジャルが応え、

マルジャーンが陰ながら護衛に付きそっている開拓者組の動向。

 

なおサフラはアルフライラ保護の傍ら、時折武神に拉致られている。

 

「ええと、一般的な話なのですが、私ってどう見えますか」

 

そして何故か赤の大神が、どう見ても色惚けしている状態であった。

 

「見るからに声が低そう」

「的確に心を抉りにくるの、やめて貰えません」

 

可憐な美少女から鈴を鳴らす様な麗声で放たれる、余りにも酷な言葉。

 

「せめてアズラクの半分程度の胸が在ったならね」

「板に奇麗に合体出来る姉上様が何ですって」

 

そんな会話の後ろで、踊り子はたゆんたゆんと窯の蓋を開ける。

焼き上がったパンを取り出す間に、姉妹の会話は互いの妹に移っていた。

 

いつか、アズラクのたゆんたゆんを目の前にした時は。

 

「私が右からぶっ叩くから、左からぶっ叩きなさい」

「全力ですね」

 

姉妹の和解であった。

 

それよりも立派な胸を持つ踊り子は少し引いていたが、

流石に人の子に手は上げないと姉妹が告げ、一応の安堵を得る。

 

そして焼き上がった円盤状の平らなパン(アカル)を切り分け、味見の段。

 

粗挽きの小麦に挽かないままの小麦を混ぜて、麦酒で捏ねた物である。

小麦色にこんがりと焼けた表面、麦の粒が縦横に浮き上がっていた。

 

軽く蜂蜜も混ぜており、目の詰まった噛み応えは柔らかな印象。

麦酒で捏ねた割には主張は弱く、後味に香る程度である。

 

「生地に塩入れたけど、さらに軽く塩を振って齧ると丁度良い感じ」

「そのままの麦粒が良い感じの歯応えね」

 

調理神と人の感想を聞き、赤の大神は舐めようとしていた岩塩を置いた。

そして改めてアカルに塩を振り口にして、その顔を驚愕に染める。

 

「いや岩塩舐めさせるのでなく、料理に使わせなさい」

 

何となく赤の文化を察する物が在ったアルフライラが、呆れた声で告げた。

 

「と、ともあれ姉上にはザハブとの会談に参加して欲しいのです」

「それは良いけど、いつごろに成るのかな」

 

黄金の大神が現在こちらに向かっていて、到着次第との事なので、

正確な日取りは直前に成るまではわからないと告げ、創世神は頷く。

 

「まあ仕方ないよね、じゃあそれまで砦に滞在しておくね」

「ご面倒をおかけします」

 

そして頭を下げ、アハマルは厨房を後にした。

後ろ姿を見送った神と人は、少しの間を置いて溜息を吐く。

 

「よし、誤魔化せたな」

 

言葉に合わせ、天井からゆるりと降ろされてくる青の女神。

白目のまま、両足を作業ハンドが握って逆さ吊り状態である。

 

雑な角度で頭から床に降ろされ、前衛的な姿勢で覚醒した。

 

「は、何かアカルが焼けた匂いがするッ」

「うん、今焼き上がったところ」

 

そして切り分けた麦酒パンを、妹の口に突っ込む姉の姿。

 

「姉さんの言う通りだわ、粗挽きに胚乳挽きは混ぜるべきね」

「蜂蜜混ぜたのは青のやり方かな」

 

特級調理神たちの会話を耳にして、もしかしてこのパン凄いのではと、

技術面の価値を改めて認識した人の踊り子がパンを見直す。

 

「ところで姉さん、何か窯に入れた後の記憶が無いんだけど」

「疲れてるんじゃないかな、アカルに麦酒でも合わせとこか」

 

顔色一つ変えていないが、姉の愛情の発露にアズラクの頬が少し緩んだ。

そして焼き上がった麦酒パンを籠に詰め、厨房を後にする2柱1人。

 

改良型赤の麦酒パンは、集まり来る要人たちにも好評であった。

 

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