砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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06-13 神々の狂宴

 

穏やかな日差しの中、緑の少ない荒野に春先の風が薫る。

 

両神国の天幕に挟まれ、国境の荒野に講和の場が設けられた。

連日の対話が進む内にも兵は揃い、空気の重さは増していく。

 

野に造られた露天の場には、交渉役の姿。

 

赤の神国からは赤将アキーク、銅の神国からは聖女ルゥルゥ。

見届けに押し掛けた黒の神国からは、冒険商人スクル。

 

そして補助に雇われた開拓者、ハジャルの姿が在った。

 

双方の大神が揃うまでの日数、領土以外の細々とした処理が続く。

経緯の確認、捕虜の値付け、身柄と身代金の交換。

 

進軍を主導した銅の将である太守の身柄に関する時、

貫頭衣の聖女の眉間が一瞬だけ歪んだ。

 

それはすぐに消えて無くなったが、見逃す者はこの場に無く。

故に誰も何も言わず、視線だけで罵詈雑言のやり取りを交わす。

 

可能な限り敵将の捕縛を試みるべきとは、

赤のアハマルと別れる時、ハジャルからの進言で在った。

 

結果として将は、無体な進軍の責を取らされるであろう。

 

だがしかし、軍事力と言う意味でその存在価値を内外に示しきった。

賠償の責任かもしれない、不名誉を掲げさせるのかもしれない。

 

しかし、銅の神国からの排除の目は完全に消える。

 

貴様のせいかと恨み骨髄な聖女の視線を、飄々と受ける開拓者。

そして引き渡された太守の姿を見て、場の空気は凍り付いた。

 

兵に左右の腕を抱えられ、引き摺る様に場に持ち込まれた責任者。

 

口元から滴る涎が、不快な甘い香りを周囲に撒いている。

焦点の合わぬ目線で、呻き声の様な音を鳴らす口。

 

「これは」

「お伽噺に在る、幸せ草の類じゃろうな」

 

捕虜の虐待かと疑う懸念に、悪意の物語を主張するハジャル。

虜囚の内に薬効が切れて暴れ、終にはこの有様と説明が在った。

 

「千夜神の見立ても同じ物じゃった」

 

なおも言い募ろうとする聖女に、月光の賢者かっこ笑の駄目押し。

 

「早急に代替わりと、領内の捜査を」

 

そして即座に方針を切り替え、交渉の場で両国に対応を宣言しつつ。

銅側の人員に対して次世代の取り込みを含めた細かい指示を告げる。

 

「敢えて聞きますが、対応で気を付ける事はありますか」

「草の畑には塩を混ぜ、完全に土地を殺しておくべきじゃな」

 

天羽楼がばら撒いているだろう、今回はお前じゃないのかと問う視線に、

そんな恐ろしい事を出来るはずもないじゃろうと、白々しい善人面。

 

間に挟まれたアキークとスクルは、全力で引いた顔色をしていた。

 

そんな心温まる交渉の日々の内、ようやくと両大神が臨席を果たす。

銅に奪われた砦と、その周辺領地の国境線に関しての交渉。

 

対面する神は赤の大神アハマルと従神ビッラウラ、黄金の大神ザハブ。

そして商人の後ろで、我関せずと砂猫神を愛でているアルフライラ。

 

板の後ろに控えるのは、ローブで顔を隠した女性の従者が2名。

 

予告のされていなかった長女の臨席に、妹と弟の頬が引き攣った。

その動揺は双方の勢力に伝わり、交渉の場の空気が更に重みを増す。

 

他に幾名かの太守と神族も詰め、更に重さを加算させる。

 

交渉の場の横には双方の兵が武装して陣を張って圧力を掛け、

横に機械天使とヤルダバオト、赤にはハルマスが聳え立っていた。

 

「何かあったら全面戦争かのう」

「決戦も同時にできてお得だね」

 

のほほんと会話する開拓者と創世神の言に、とても笑えない周囲。

聖女と赤将と商人は、胃が音を立てて捻じれたのを実感する。

 

葬儀の如き緊張感の中、通夜の様な沈痛な面持ちで交渉は始まった。

 

単純に、砦を寄越せと主張する銅と、返せと主張する赤。

 

攻めてきた軍勢が敗北したのだから国境まで引けと望み、

実効支配している土地を手放す事を、簡単に出来るはずも無いと返る。

 

「生半可な補償では、頷くわけにはいきませんね」

 

敗北や賠償とは別の問題だと、全力で損失補填に向かう聖女。

しかしその反応待ちの軽い宣言を、ビッラウラは契機と捻じ込んだ。

 

「ならば、赤の大神アハマル様の身柄を引き渡しましょう」

 

何を言われたのか、誰もが一瞬理解できなかった。

 

銅の勢力には理外に呆けた顔が仲良く並び、赤の勢力には緊張が走る。

 

「は、え、ええと、ビッラウラ?」

 

何事かと困惑に、素が見えるアハマルにビッラウラは優しく微笑む。

そして、ああよかった冗談かと胸をなでおろした大神に、従神の宣言。

 

「赤の神国を簒奪すると言っているんですよ、この間抜け」

「なんでえええええええぇぇッ」

 

冷厳冷徹な赤の大神の威厳は微塵も無く、素の叫び声が場に響いた。

 

そして周囲を見渡すも、赤の誰もが深刻な表情のまま固まっている。

武神率いる神造神たちも歯を食い縛り、何かに耐え無言の有様。

 

段々と、アハマルの表情が絶望の色に染まっていく。

 

「引き渡すと言ったな」

「ええ、言いましたよ」

 

そんな姉を庇う様に前に出たザハブが、噛み付く様に問い掛ければ、

ビッラウラは顔から表情を消したまま、冷たく言葉を繰り返す。

 

「笑えん冗談だ」

「冗談ではありませんから」

 

その後ろでは猫が武神に合流し、猫成分が枯渇した板神が萎れている。

 

「彼女がこれまで、どれほどに神国に尽くしてきたか忘れたのか」

「誰よりも身近で全て見届けて、その上で簒奪するのです」

 

幾度かの対話を重ねる内、ザハブの頬に怒りの朱が差した。

何かに気付いた聖女が慌てて口を開こうとするも、遅く。

 

「ならばアハマルは我が銅の神国が貰い受ける、後悔するなッ」

 

裂帛の気合が場に轟き、聖女ルゥルゥが顔を覆い天を仰いだ。

そしてビッラウラは顔を横に向け、平素の声で念を押す。

 

「言ったな」

「聞いたよ」

 

言葉を受け、言質を認識したと創世神の証言。

突然に変わった空気に、黄金の大神が戸惑う中で従神は宣言した。

 

「では、此度に我が主はザハブ様に嫁入りと言う事で」

「千夜神の名に於いて、旧くより想い合う互いの祝言に寿ぎを述べよう」

 

如何なる逃げ道も残さぬとばかりの駄目押しに、未だ銅の勢力は固まるも、

聖女だけは疲れたように首を振り、そして赤の神々が決壊した。

 

「アハマル様、これまでの不忠をお詫び申し上げますッ」

「どうかこれ以上我らの事に思い煩わず、幸せに成ってくださいッ」

 

滂沱と流す涙の中、決別と祝辞を叫ぶ忠義の臣神たち。

そんなつもりではなどと言わせる前に、勢いで押し切る外道の策。

 

長女にして創世神の面目まで乗せた既成事実化のゴリ押しに、

ハジャルに対する聖女の殺い視線は、既に呪いと化しそうな段階である。

 

「何故か部外者なのに疑われておる気がするのう」

「不思議だねー」

 

その熱い眼差しはビッラウラに向けるべきではと飄々と問うも、

即座に寿ぎを述べさせて何をほざくかと、雰囲気で語る聖女の怨念。

 

「え、ええと、何がどうなって、何で」

 

そして未だに困惑から抜けられない赤の大神に、従神が告げた。

 

「いいからもう、自分の事だけ考えてろ6千年喪女神」

 

喪女神言うなと叫ぶ大神に、講和の場とも思えぬ明るい笑いが満ちた。

 

そして拍手が起こる。

 

銅の神国より、1柱の太守が歩み出てビッラウラに告げた。

 

「では赤の神国は銅の下か、或いは併合を望むと言う事で宜しいか」

「宜しく無いな、既に大神無き我らが赤の神国は成立している」

 

現実を見ましょうと、顔立ちの整った若い神が哂った。

 

ルゥルゥとザハブが動くも、それを手で制し言葉を紡ぐ銅の太守。

赤は大神を失いアルコーンも失った、故に彼我の軍事力差は絶望的だと。

 

磨り潰される様に消えていくよりは、今ここで臣従するべきではと告げた。

 

「わあ空気読めない」

 

「アルに言われるのも相当じゃのう」

「自分の事を棚に上げてませんか」

 

緊張の増す赤と銅の横で、黒と雇われ1柱1人はのほほんとしていた。

そんな突然の横入りに太守は眉を顰め、不快を乗せた声で言葉を紡ぐ。

 

「黒だ姉だと言われましても、それがどうしたと言うのです」

 

今ここに聳える伝説の巨神たちと機械天使。

見てわかる武の質量を前に、口先だけで抗えるものかと。

 

そしてアルフライラは、聞く耳を持たず腕を振った。

 

「星剣 ――」

 

気が付けばその腕には、黄金に輝く指抜きの手甲が備わっており。

 

「―― 抜刃」

 

切断された。

 

何かが変わったわけでも無く、何の変化も無い。

しかし肉体の何かの感覚が、遠く、何処までも分かたれたと認識している。

 

不可解なそれに戸惑いの感情を見せる周囲の神々の耳に、

大きく、重い物が落ちる響きが伝わってきた。

 

突然の音に誰もが振り向けば、そこには両腕を失った巨神たちの姿。

 

そしてその視界の中で、ゆっくりと分かたれていく胴体。

 

数多の神話で謳われた、不滅の黄金が崩れ落ちる描写。

長く国を背負い民を守り抜いた、赤の神威も形を失う。

 

崩落し、土煙を上げる破片は速やかに光と化して消えていき。

 

残った物は、例外無き絶望。

 

それが齎した静寂に、少女の声だけが軽く響いた。

 

「ごめん聞いてなかった」

 

静止した太守に向けて、可憐な笑顔で告げる。

 

「もう一度、言ってくれるかな」

 

そして世界は切り取られ、アルフライラの所有と化す。

 

「ひ、ひいいいぃッ」

 

凶悪な神威が場を圧し潰し、太守は膝を折り悲鳴を上げて後退った。

神造神たちは平伏し、銅の神族もまたその頭を上げられない。

 

「な、いくら姉上で、も」

「アハマルも、居るのに、何故」

 

大神2柱の抵抗すら紙の如くに破る創世神の暴威と、古代神の困惑。

不可解な場に、板の後ろに控えていた従者が前に出てローブを解く。

 

「大神2柱程度の抵抗なら、当然じゃない」

 

青く長い髪が流れ、整い過ぎた大神の美貌が衆目に晒された。

 

「アズ、ラク」

 

大神2位と11位に対し、3位と創世神が乗せられた天秤。

次女は驚愕し、そのままに三女は長女の場で滔々と宣言を響かせる。

 

「青の神国は、新生した赤の神国と友誼を結ぶ用意が在るわ」

「黒の神国も、これまでと変わらぬ友好を望みます」

 

事ここに至り、商人もまた覚悟を決めて黒の未来を天秤に乗せた。

とは言えビッラウラでは無い、ましてやアズラクでも無い。

 

アルフライラに全賭けである。

 

「これも口先だけには違いないけどね」

 

軽く笑いながらどうすると、視線だけで神が聖女に問えば。

 

「まずは神妃の神殿に迎える、赤の大神アハマル様の行幸に寿ぎを」

 

震えを抑え、即座に迎合を選んだルゥルゥは寿ぎを述べる。

 

そして創世神が祝えと命じ、改めて無数の祝辞が荒野に鳴り響いた。

 




アルフライラが動いた瞬間の、大神と古代神の心象風景

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