赤の神国は降って湧いた祝賀に酔った。
先行きの不安、大神不在の懸念を振り払う様に、そこかしこで宴席の祝辞が響く。
蔵は空き、振舞いの酔い薬は次々に消え、砦後ろの宿場街も賑やかに騒いでいる。
街中のどこかで宴席が終われば、どこかで宴席が始まる。
在るはずもない法則性をそれに見出すとするならば、終わりと始まりは繋がり、
ひたすらに巨大なひとつの宴を催しているとも言える、そんな無制限の乱痴気騒ぎ。
「円環蛇の宴とでも名付けようか」
どっちを向いても酔漢、どこまで行っても宴席。
そんな夢の船乗りたちが空を飛ぶ行状を、アルフライラは端的に評した。
国境線の騒動は終わり、新たな問題が幾つか。
銅の神国は自国内の問題の対処と、大神妃を神殿に迎えるために軍を下げた。
赤はビッラウラが戻り国内掌握に動き、赤将と青の女神もそれに同行している。
そして両陣営が改めて、創世の破壊神を自陣営に確保しようと目を向けた時、
既に陣中はもぬけの空であり、国境大砦まで下がっていた開拓者組であった。
そのまま後方宿場街で、黒の踊り子マルフ嬢を交えて杯を傾ける。
「旦那さんに同行しなくて良かったの」
「夫が頑張ってる間に後顧の憂いを晴らすのが良妻ですしー」
要はお目付け役である。
なお黒の商人はビッラウラに同行しており、青の女神を正面に迎えながら
黒赤航路の再契約に関して日々に胃壁を擦り減らしながら話を詰めていた。
ともあれ面々、足の付いた高杯を傾けながら麦酒が進む。
宴席の飽和で既に酒場の席は無く、道の表に席を作って露天の飲食。
乾いた風が軽く砂を巻き上げながら、賑やかな街路を通り過ぎていた。
「ほらアルちゃん、パンをお食べパンを」
のんびりと高杯を傾ける板娘に、マルジャーンが食を勧める。
「何故に妙に推しが強いのか」
「パンは生命の証で麦酒は国の嗜み、それが赤の流儀らしいのよ」
神国に着いてからは葡萄酒責めで、ようやくの麦酒だとは言外の雰囲気。
かくして待望の
「何と言う小麦」
もはや言動がただの観光客である。
並び席に在るのは先日の様な塊ではなく、薄く平焼きにした
それで果実と香菜、大蒜に付け込み焼いた羊肉の
もそもそと肴を食んだ神は、棗椰子の香る高杯の麦酒で流し込み。
「塩か酢を下さい」
「つくづく赤の料理よねえ」
完成に一歩足りないような出来栄えに、要望を零した。
「それで、これから赤の神都に戻るのかな」
「のんびり行けば、着く頃には慌ただしさもマシになっとるじゃろ」
付属の大蒜蜂蜜タレに魚醤を混ぜ、軽く火に掛けながらアルフライラが問えば、
分けてくれと、小皿を出しながらハジャルが応える。
他3名もそっと皿を出し、板上焜炉で温めたタレが注がれて。
即席の照り焼きタレ擬きを肉に塗り、改めて食めば豊かな香りが口中を染めた。
香味を纏う柔らかな肉を、麦酒で練りこまれた生地が味を積層に包み。
「噎せ返るほどの麦」
「赤の麦は、本当に香りが強いのう」
麦に始まって麦に終わり麦で流し込む、そんな酒肴。
通りを笑いながら闊歩する酔漢を横目に、黙々と小麦が消費される。
高杯に代わりが注がれる頃合い、たけなわの宴の傍らに疑問が零れ。
「しかし、これからどうなるのじゃろうな」
「只人1世代ぐらいは、銅からの干渉を防げるんじゃない」
それが終わった後に対策仕切れていなかったのなら、もうそれはそれまでの話と。
赤の命運を神から人へと渡しきるまでの猶予に関し、無感情な声色が在った。
「けど今回は、何がやりたかったのかな」
「赤と銅を交戦状態に置く、必要性かのう」
返す様に疑問を積めば、状況の俯瞰。
ふと思いついたように、アルフライラはさらに疑問を積んだ。
「天羽楼は、赤からさらに奥に在るんだっけ」
ごく自然にイルドラードを基準点に置く地理。
「天羽楼から銅を見れば、赤が壁に成るのう」
同じ視点でハジャルが応え、互いに黙り込む。
赤の国土を使いヤルダバオトを封じるつもりであったのならば。
「奥まで様子を見に行くべきかの」
「気にはなるけど猫が足りない」
ので神殿に戻るぅと、猫が枯渇し禁断症状を起こしかけている神が告げた。
これが砂猫神と別れてから、さほどの時間は経っていない上での発言。
中毒症状が進み、発作までの間隔が短くなっているアルフライラであった。
「あと道中に青から食材巻き上げて豚さんに挨拶して、ふふふ夢が広がるぅ」
「ごく自然に強盗が予定に組み込まれておるのう」
アルフライラ海賊団が再結成される悪寒に、遠くアズラクの背筋に冷たい物が走る。
そんな第六感を発揮している彼方の妹を気にも留めず、姉は板の上で猫を描き出す。
そう、猫は居る、居るのです。
「もふもふ、もふもふう」
「そこで中空に見てはいけない物を見るでない」
完全に末期であった。
そして路傍に描かれた非実在家猫族の幻像に、道行く人も足を止め、
気が付けば随分と注目を集めている開拓者たちの席。
「これは少し困るわね」
迂闊に集めた注目は、どの様に成れ果てるかわからないと黒の踊り子。
なら風評を買いましょうかと、マルジャーンが金貨を店主に放り投げた。
「酒樽よ、酒樽よ、魂に至福を齎す酒樽よ、心を喜びで満たす杯よッ」
大仰に、群衆に向けて煽る言葉に合わせて、店から持ち出される麦酒の樽。
「欠かす事の出来ぬ杯よ、麦酒を満たした杯よッ」
滔々と肉感的な叫びは、やがて節に合わせ歌声に変じて行く。
手拍子が打たれ、樽の蓋は割られ、持ち出された高杯は次々と満たされる。
―― 私は麦酒を呼び寄せよう 集う貴方がたに振る舞うために
拍子を打ちながら宴席に人を避け、回りながら場を作る踊り子。
下がり空間を開ける宴客と、好機と見て駆けつける背負い屋台売り。
―― 何という喜び 何という悦楽 満足しきり麦酒の香りを吸い込めば
杯を受け取った酔漢たちの喝采が響く中で、千夜神は2弦を弾き。
―― 高貴なる麦を喉に流し込めば 心は歓喜に満ち魂が輝きに燃える
ひとしきりの賛美歌が終われども、音の連なりは止まず。
誰ともなく連鎖して、陽気に騒ぎ出す数多の赤の民。
やがて歌舞音曲が通りを埋め、円環蛇の宴に華を添えた。