再生された大海は惑星を癒やし、千切れる曇天は時折に光の階段を造る。
アルフライラの墓標とも言うべき球体から施設は隔離され、
旧人類たちが計画通りに世界を造る傍ら、高位素体は各地に散った。
13の高位素体と補助の中位素体は、比較的再生が進んでいる地域を選び、
開拓拠点を設置した後、第一世代低位新人類素体の量産体制を整えていた。
そして拠点に籠もりきり、外界を拒否している者が1体。
整った容貌に軽く癖の在る白銀の髪を持つ中位試作2号素体、フィッダ。
後世に白銀の大神と謳われる、神殺しの大逆神である。
彼の行い、アルフライラの時間軸追放に対する処分は行われなかった。
旧人類たちは心が無い様に何も変わりは無く、何の関心も見せていない。
計画通りに惑星再生を進め、施設の閉鎖と共に順次眠りに就いている。
長女を慕っていた高位素体たちの内心は煮えくり返ってはいたが、
可及的速やかに進行する計画の中、開拓に手を取られ動く余裕が無かった。
「俺のせいじゃない、俺のせいじゃない」
白銀は開拓拠点の私室に頭を抱え、薄暗い部屋の中で呟き続ける。
補助に付けられた中位素体に命じ、最低限の開拓は進めていた。
任された通り、計画通りの内容を、計画通りの速度で。
いずれ誰かの怒りが、その命運を終わらせるために届けられるだろう。
しかし防備を整えるでも無く、ただ最低限の仕事だけに終始する。
あるいは、現実から逃避していたのかもしれない。
ただ閉じ籠もり、頭を抱え悔恨の言葉を紡ぎ続ける。
「そんなつもりじゃなかった」
「この期に及んで被害者面ですか」
そして憤怒よりも先に、悪意がその身に届いていた。
「……ナハース」
小柄な身体が、赤銅の髪を揺らして室内に踏み入ってくる。
その妹の有様を前に、やつれた兄の瞳に力が戻ってきた。
「お前が、お前があんな物を、あんな事をッ」
「あら嫌ですわお兄様、次は私のせいですの」
激高し立ち上がるフィッダが気付けば、その腹部には槍が生え。
「え、あれ」
膝が抜けるように、床に落ちる。
「オリジナルに比べるまでも無い、まだまだ改良が必要ですね」
魂消槍レプリカを兄に突き刺した妹は、その出来の悪さに溜息を吐き、
刺された兄は両手を槍を添え、引き抜く事もせず呆然としている。
「な、んで」
「いやだって、もう必要ありませんし」
むしろ生かしておいても害にしかならないからと、ナハースが告げた。
そして愉しそうに声を転がしながら、兄に問い掛ける。
「もしかして何とかなると、諦めさえしなければとか思っていましたか」
言いながら髪を掴み顔を上げさせ、力を失っていない瞳を覗き込み。
違うでしょうと諭す。
「それはあの狂人女の様に、始末に動ける者しか吐いてはいけない言葉」
お前では無いと。
「貴方のそれは、駄々を捏ねて周りに負担を押し付けようとしているだけ」
自覚も無く感謝も無く、誰かに救けろと要求しているだけ。
これまで問題の度に何とかなっていたのは、貴方の能力では無い。
ただ仕方ないからと、駄々を捏ねる横で誰かが代わりに処理していたのだと。
「そしてもう誰もそれをしない」
フィッダの腕は、槍を抜くでもなく、逃げるために藻掻くでも無く、
ただ自らの耳を塞ごうと動かし、しかし動きは鈍く間に合わない。
「貴方が殺したから」
そこで何かが折れ、ナハースの手は離された。
フィッダは槍が刺さったまま、潰れる様に床に崩れ落ちて力が抜ける。
「終には何者にもなれず、そこで無意味に朽ちていきなさい」
赤銅の名を持つ素体は、もう振り返らない。
ナハースが部屋を出れば、改めて廊下に満ちる鉄錆の香りに眉を顰めた。
足元に転がる、銀の従属個体の頭部を避けて歩む。
「何でこんな事をするのかな」
そして廊下の先から、9号素体エミールの問いかけがあった。
「世界はあるがままの姿であるべき、ではいけないかしら」
「君の言いそうな事だけど、折り合いをつける分別ぐらいは在るでしょ」
微笑みながら言葉を待つ兄に、溜息交じりで妹が応えた。
「世界なんか、壊れてしまえば良い」
誰もが不幸になれば良い、全てが悲しみの中に沈めば良い。
全部消えてしまえ。
「心の中で誰かが、ずっと叫び続けているの」
それでも聞かない様にしていた、考えない様にしていた。
しかし既に引き金は引かれ、全ては動き出してしまった。
「そして何故そうなのか、その答えが私の中には無い」
「僕たち、生前の記憶は消去されてるもんね」
だからもう対処の術も無く、本当にどうにも出来ない。
そして会話は途切れ、ナハースはエミールの横を通り過ぎる。
軽く目を瞑り、止めるために首を刈るならば今だと。
「とりあえず、権能すら無い個体では話に成らないかな」
言葉に瞼を開けば、胸元を掴まれ唇が重ねられる。
同時に王子の権能が譲渡され、僅かの後に互いの間に隙間が生まれた。
「まずはフィッダのアルコーン、そして旧人類の資料の確保」
いかに正確に被害を齎すか、どの様に惑星環境を破壊するか。
淡々と進捗を組む青年を、紅潮した頬の少女が凝視する。
背中越しに、言葉が在った。
「やってみせろよナハース」
そして、取り返しのつかない言葉が紡がれる。
「僕が大切にしていた物を、全て壊してしまえば良い」
破滅に焦がれた互いの有様は、まるで恋の様だった。