真夏の夜は熱砂の中にも夢を運びはするのだが、
その良し悪しは結局の所、醒めてみるまではわからない。
幾らかのお花畑を生み出した交易村の夏の祭りは、
それなりの数の夢破れた者も生み、敗残兵は宿場へと戻る。
飢えて倒れた肉食獣たちが、仕事もせずに酒に溺れた。
その日の宿場酒場の夜は、そんな光景であった。
板娘は術式を両手に纏い、生成した作業用ハンドで酔っ払いに
水を飲ませたり大部屋に放り込んだりと、やたらと忙しい。
宵闇の中に灯明の油も切れ、無言で指を振り光源を作る。
先程までは炎に揺らめいていた室内が、薄明に安定した。
そして客席は誰も居なくなり、素面が遠い目をして一言を零す。
「何で私が面倒見てんのかなー……」
他に誰も正気の者が居なかったからである。
往々にして酒の席では、酔わない者が貧乏くじを引く。
ちなみに店主に任せた場合、酔っ払いは表に捨てられる。
最終的に入り口が死体で埋まる。
「まあ何だ、お疲れ」
店主が労いに麦酒を渡してくれば、そこに氷を放り込む。
泡も薄いエールだからと乱暴な扱いであった。
「酸っぱい」
「村の麦酒だからな」
そして酒精も弱い、食事時に水代わりにする様な代物であり、
ありふれ、酔いにくいため祭りの際には大量に振舞われる。
「ああ、麦芽パンを自然発酵させただけの麦酒なのかー」
「意味はわからんが、まあ確かに単純な工程の麦酒か」
麦芽パンを水に溶かし、放置して自然酵母で作られる村の麦酒。
なお、普段提供している古式麦酒は麦芽と棗椰子で酵母を作り、
それを糖化した麦汁に添加して酵母発酵させたものである。
アルコール度数は10%に至り、開拓者の麦酒とも呼ばれている。
新式麦酒の方は、固体発酵させた酵母で果汁と麦汁の二段発酵、
乳酸菌を駆使した麦の濁り酒とも言えるおかしな代物であった。
発酵乳に似た酸味は女性受けが良く、女性開拓者が愛飲している。
ともあれ板の上で若干の蒸気を吹きながら、杯は傾けられ、
カウンター前で足をプラプラさせながら少女が言葉を発した。
「夏場の夜は過ごしやすいね」
「昼はガチで殺りに来てるがな」
冬場は氷点下に至る砂漠の夜も、夏場は過ごし易い温度に留まる。
ちなみに昼は人の体温を容易く越えて、巷に死者を量産している。
そして静寂と言うには、厩舎の駱駝の鼾が五月蠅い宿場の夜。
夜に響く普段の音に、幾人かの来訪者が立てる雑音が混ざった。
「今、帰ったのじゃぁ……」
万感の疲労を声色に乗せ、博士が薄明の酒場に入ってくる。
その後ろからは担架に乗せられた暗赤の犬狼と数名、
誰しもに何かしらの負傷があり、その言動は精彩を欠く。
そして気配を殺し少女の後ろに回った姫が、板に上がり込む。
「ひんやりー」
そのまま後ろから抱きしめ撫でていると、抱きぐるみが一言。
「臭いがおぞましい」
「うげふッ」
今宵の神は殺伐としていた。
的確に精神を抉られ板の上に溶け、板から落ちない冷気への執念、
それはともかくと店主が博士に事情を聞けば簡素に。
「傷や布を洗うのも難しいのでな、怪我人だけ一時帰還じゃ」
カフラマーンは拠点に残って指揮していると言う。
そんな少数の獣人一行に板は近付き、様子を見る。
ついでに板上の姫からは蒸気が上がり、煮沸消毒されている。
「何か痛熱爽快、ナニコレー」
「死相が出てる」
茹で姫は放置して、担架に乗る長毛のサヤラーンを見ての言葉。
「傷は洗い骨は継いだが、足りなんだかのう」
聞いて不安そうに博士が尋ねれば、普段通りの声色で返答。
「死にかける事に関しては、私はちょっとした物だと思う」
「恐ろしいほどの説得力じゃな」
実際は板のバックアップを受けたアルフアイが透視力なだけである。
あまり関係無いが作業用ハンドから繰り出されるアルフチョップは、
右ストレートが起動の合図と設定されているのでパンチ力である。
「たぶん傷の中が膿んでるね、ほっとくと死ぬかな」
ぬけしゃあと言う言葉に、周りの怪我人が不安そうな顔色を見せた。
大丈夫なのかと、彼らの恐る恐るの問いかけにアルフライラは答える。
「穴開けて絞り出せば大丈夫」
楽園の花が咲くかの如く、可憐な笑顔であった。
「痛そうですな」
魅了されたのか圧されたのか、何か言いたいが巧く言えないと、
口を開けない怪我人を代表して担架の患者が所感を述べる。
そんな彼に、アルフライラがそっと視線を投げた。
可憐な笑顔が張り付いたまま、無言である。
そして壁を見て、天井を見て、数秒留まった後にまた戻ってくる。
「舌嚙まないように猿轡と、あと暴れないように抑える人が要るね」
「何ですかの今の間はッ!?」
僅かも表情を変えずの言葉に、悲壮な表情をした獣人たちが従う。
「あ、臭いが酷いだろうから排水路で殺ろう」
「何か言葉に不穏な気配を感じるのですがッ」
生贄の身体を抑える信者たちへ、濃密な死の気配を纏った神の指示。
そう、冥府との境を反復横跳びする日常からの残り香である。
「じゃあ、逝こうかー」
「いやあああぁ、何か怖いこの邪神んんッ」
ついに不安が限界を越えてしまった重症患者は、邪教の信者に担がれ、
悍ましき導きの元に穢れし冒涜の場へと連れ去られていく。
そして距離を取っていた博士の視界から、板の上で無駄にポーズを付けて
邪教の置物感を出して涼んでいる姫も遠ざかっていく。
そんな有様を、仕事続きでキレていたんだなと店主が一言で纏めた。