7人の小人の生命を捧げ、スノゥホ王国に吹雪の魔女が黄泉返った頃。
隣の王国では、王太子が聖女召喚の儀を試みておりました。
帝国属国だけあって微妙に質素な謁見の間に、王太子の言葉が響きます。
「侯爵令嬢よ、そなたとの婚約を破棄し聖女を妻に迎える事とするッ」
「おーほっほっほ、ざまぁ無いですわねッ」
とりあえず面倒なので侯爵令嬢ざまぁまでに不必要な部分は省きました。
あとはもう王太子が廃嫡され、身を持ち崩し苦しみぬいて死ぬだけですね。
「何か地の文が悍ましい事を言ってないかッ」
「チッ、素直にのたれ死んでおけば良い物を」
勢いのまま終わらせようとしたらメタ的に止められてしまいました。
仕方が無いのでしぶしぶと、侯爵令嬢は顔だけ王太子に問い掛けます。
「寝言は寝ている時に言う物ですわよ」
「それ問い掛けじゃなくて罵倒ッ」
だいたい聖女とは何ぞやと疑問を持つ周囲に、王家に伝わる秘術を用いて、
異なる世界より素晴らしき聖女を召喚するのだと王太子が宣言しました。
「聖女側からしたら迷惑極まり無い話ですわね」
「きっと大丈夫、だって聖女だし」
清らかな心の持ち主は海より深い情愛できっと許してくれるはずなどと、
サッカリンよりも甘い了見の誘拐犯候補を、殴り倒して止めるべきかと。
侯爵令嬢がそんな帝国式解決法を試みる直前、儀式の場が整いました。
そう告げに来たメイドの報告に、室内で固まっていた老宰相が崩れ落ちます。
常日頃からの心労が限界を越え、足腰に来てしまった老人を放置して、
全力ダッシュして儀式場に向かう王太子を、侯爵令嬢は追いかけます。
儀式を止める、王太子を殴る。
両方やらなければならないのが、高位貴族の辛い所ですね。
かくして床に大きく魔法陣が描かれた広間に、一同は辿り着きました。
真っ先に飛び込んだ王太子を、助走をつけて殴り倒した侯爵令嬢。
その後からメイドに支えられ、足元おろそかに入ってくる老宰相。
「これが、王家の秘術ですの」
「聖女召喚の儀式、王から存在だけは聞いておりましたが」
室内には既に工業機械的な謎の起動音と、謎の電光とかが満ちています。
魔法陣的な模様から延びる配線の先には、そこそこの大きさの鋼の箱が在り、
側面にナハース製聖女製造機とか書かれていますが、気にしてはいけません。
「苦労したのだ、王家に伝わる古文書を解読し、必要な材料を集め」
なお、全て実行したのはメイドです。
「その果てに、終に素晴らしき聖女を伴侶として呼び寄せる時が来たッ」
とても美しく、心根が優しく、何か神聖で光り輝いている良い感じの聖女が。
そうでなければ、王太子の財布が奇麗に空になった甲斐が無いではないですか。
なお、対称的にメイドの懐は温まりました。
「あときっと聖女は、胸元が豊か」
「殴り殺しますわよこの野郎」
微妙に寂しい胸元の令嬢が、掬い上げる様にショベルフックを叩き込み、
そして縦に沈んだ王太子を放置して、メイドに状況の説明を求めます。
帝国銀貨1枚で、メイドは素直に説明をはじめました。
水、炭素、安母尼亜、石灰、燐、塩分、硝石、硫黄、弗素、鉄、珪素。
後はお砂糖、スパイス、素敵なものをいっぱい。
全部混ぜるとむっちゃ可愛い聖女が出来る、はずなのです。
でも適当なメイドは間違えて余計な物まで入れてしまいました。
それは ―― ケミカルX
そして生まれる最強聖女、スーパー聖なるアレで良い感じに。
などと言った所で、製造機の作業が終わった模様です。
チンと旧神遺物によくある不穏な作業終了音を立て、爆発します。
突如の爆風に、侯爵令嬢の見事なドリルは棚引き老宰相は倒れ、
メイドは咄嗟に王太子を盾にして難を逃れました。
白煙に満ちた室内に、誰かの影が薄っすらと見えてきます。
それは、とても美しい方でした。
煙の隙間に注いだ陽光が、その肉体を厳かに光り輝かせます。
神が造りたもうた彫刻かと見紛うばかりに整った身体つき、
老若男女全てを魅了する、しかしどこか愛嬌も在る不思議な微笑み。
嫉妬すらも抱く気に成れないほどの、完全なる美の体現。
そんな煙の中から現れた推定聖女を前に、誰もが言葉を失いました。
胸も、豊かでした。
推定聖女が、静かに腕を伸ばします。
そして曲げる。
両の拳が、ゆっくりと天に向かい持ち上げられます。
みちぃと、上腕二頭筋が音を立てて膨れ上がりました。
豊かな大胸筋が脈動し、背中の筋肉も連動して盛り上がります。
反転し大迫力の広背筋を魅せつけ、輝ける全身にワセリンが光りました。
「キレてる、キレてますわッ」
「ひゅう、肩に小ちゃいアルコーンが乗っておりますのかのうッ」
「ちょっと待てええええッ」
ダブルバイセップス・バックで周囲を魅了した聖女の威光に、
心根が病んでいるのか、何故か魅了されなかった王太子が叫びます。
「いや聖女なのに、聖女じゃないし、いや何でだよッ」
混乱の極みですね。
そんな無様を晒す王太子に、メイドが優し気な声色で説明します。
失われた旧神の世界、遥かなる過去に魔女と言う言葉が存在していました。
所謂悪魔の言語と言われている言葉に在るもので、魔の女と書きます。
それは魔女術、ウィッチクラフトを扱う者の名称であり、
土着の自然宗教の系譜に連なる魔術師、その様な存在を示します。
そしてそれを悪魔の言語に翻訳する折、対象は国教に背く異端の技術体系、
表に出せないそれは、寡婦などの生命を繋ぐ物として受け継がれていました。
そんな歴史的な経緯から女性が多く、魔の女と書かれる事になります。
しかしそもそもは、ただの土着の系譜の魔術師の呼び名であり、
その単語に性別は無く、当然ですが女性に限られた物でもありません。
なので時折、男性の魔女などと言う翻訳の誤解が生じていたのです。
「つまり、聖女が男である事に何の不思議も無いのです」
「こいつさては千夜教徒だなッ」
王太子が真実に気付いても既に遅く、聖女は召喚されてしまいました。
「あとは王子が彼女を伴侶に迎えるだけですわね」
「いや俺たち男ぉッ」
冷静な侯爵令嬢の指摘に、王太子が往生際悪く叫びます。
しかし聖女はそんな無様に気を悪くした風も無く、慈愛の微笑みで。
持ち上げました。
王太子を肩に担ぎ、召喚陣の書かれた広間から歩み出します。
荷物の叫びはスルーして、先回りしたメイドが休憩所の扉を開きます。
扉が閉まりました。
メイドと侯爵令嬢と宰相、誰も口を開きません。
静かな王城の廊下に、外から小鳥の囀りが届きました。
そっと、メイドが人数分の硝子の杯を取り出します。
3人で耳に当て、無言のままで扉に杯を接触させます。
―― おるぁッ、雌に成れぇッ
―― ああ駄目ぇ、ボク、女の子になっちゃうッ
そっと杯が扉から離されました。
宰相と侯爵令嬢は無言のまま、静かに頷きあいます。
そして窓から遠く、どこまでも青く広がる空を見つめました。
自然は人の営みなど小さな事と、遥かな太古からそこに在ります。
きっと、これはこれで良かったのでしょう。
ハイライトの消えた瞳で、侯爵令嬢がそう語りました。
後に隣国で、名前で縛り相手を支配する吹雪の魔女を白猿姫が退治した頃、
この国では若き王太子と聖女の婚姻の発表が為されました。
誰しもが見ほれるほどの肉体美を持った素晴らしき偉丈夫の横で、
静かに寄り添う美貌の令嬢は見るからに仲睦まじく、国民は祝福します。
寿ぎの言葉が響く優しい世界。
輝ける後継者を得て、王国の未来はきっと明るい物に成るでしょうが、
宰相と侯爵令嬢の瞳のハイライトだけは、終ぞ戻っては来なかったそうです。
メイドのお小遣い的には、めでたしめでたし。