砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 豚人たちの国

 

砕いた石が敷き詰められた街道を、馬車が行く。

 

午後の草原を渡る風が道に踊り、障壁を解いた神を撫でた。

先だって貰い受けた麦藁の帽子が揺れ、細い指で軽く直す。

 

「若干涼し気」

 

道中の村で名主に昼食を用意して貰った折、麦藁の話が出た。

 

妻子が手空きの慰めに編んでいるとの事で、

訪れる隊商などに対し、これが意外に良い値で売れる物だと。

 

妻と娘の売り上げを足せば、夫の畑の収入に迫るほどに。

 

「需要は多いが供給が足りぬからのう」

「そう言えば、船乗りさんの帽子も麦藁で編んでたね」

 

船乗りの帽子は麦藁紐で鍔広に編み、潰し固めてニスを塗る。

古くより在り、先史極東ではカンカン帽と呼ばれていた品である。

 

そして婦人用の帽子も鍔広に編むが、飾り布で括り風を通すまま。

 

アルフライラは傾いた陽の光を避ける様に鍔を傾けた。

帽子に合わせ、衣服を青の古装から愛用の獣人礼装に戻している。

 

―― 偉い神さんに認められたとかで

 

豚人族が大手を振って表通りで商売出来る様になったとかで、

編み紐の売り買いも堂々と出来る様になったと、名主は喜んでいた。

 

「それでもまだ、豚人を認めぬ者は多いですよ」

「豚の人と呼んでいるのにかな」

 

根強い偏見にかこつけて苦言を零した商家の同行人に応え、

既に人と認めている事実を神が指摘すれば、口籠り狼狽える。

 

「長く実績を積み重ね続けた、豚人族の粘り勝ちだね」

 

のほほんと板上で風に遊ぶ女神の後ろで、商家は天を仰いだ。

 

そして路を行き、傾く日射しの中に遠く城壁が見えてくる。

先触れが戻り、歓迎の宴席について問われ女神は軽く答えた。

 

豪華な席は要らぬ、雑で良いと。

 

慌ただしく城壁に戻る豚人の先遣使を見送り、歩が進む。

 

【挿絵表示】

 

横目に幾重も連なる小さな丘の果て、丘の上に城壁が在る。

石と日干し煉瓦、漆喰で丘ごと固めた豚人族の城壁。

 

幾人かの丸々と太った子供が丘を転げ落ちて遊び、笑い声が響く。

そして空が染まる頃合いと、年長に促され撤収していく。

 

やがて視界から消える姿に、集団の肩から力が抜けた。

 

「すこぶる長閑な国じゃのう」

「見るからに衣食は足りているけど」

 

はてさてと言いながら正門に移動すれば、人だかりが在った。

 

席が在る。

 

その前に豚人族が並んでいた。

 

最も豪華な衣服を身にまとった豚人が、地に跪いていた。

 

「……………」

 

アルフライラは固まる。

 

しかし板は行き、馬車もガラゴロと音を立て前に進む。

 

「おお偉大なるアルフライラ様、私めはこの豚人族の王にございます」

 

色彩に溢れ、柔らかな布を纏う壮年の豚人の口上。

始まると共に、膝を付いていた周囲の豚人たちも揃って首を垂れる。

 

アルフライラの視線が涅槃へと飛んで行った。

 

「先だっての使いの者に、豪華な席は要らぬと伺いましたので」

 

どうぞ私めにつきましては、地に跪き拝謁する事をお許し頂きたいと。

そう告げて地に伏せ敬意と信仰を深く示す豚人の王。

 

何と言う事だろうか。

 

先史極東的謙譲の美徳が、ただ一瞬で邪神のパワハラ現場に。

 

次いで、周囲の者たちも更に深く地に伏せて正門前に静まった。

老若男女が全身を地に投げて拝謁する様に、創世神は軽く振り向いて。

 

―― タースーケーテー

―― ええいこっち見るな、巻き込むでないッ

 

無言のままに頭脳労働担当同士で、視線だけの会話。

 

なお、サフラとマルジャーンはお付きの者の様な顔をして、

素知らぬままで決して視線を合わせようとしなかった。

 

とりあえず少女は板から降り、席に座る。

 

豚人たちは微動だにしない。

 

もはや固体かと錯覚するほどに固く重い周囲の空気に、

涙目で救援を求める崇拝対象と、そっと距離をとるお付きの者たち。

 

―― ドースレバー

―― 何にせよ面子は立てておけい

 

口ほどに物を言っている互いの視線。

 

仕方無しと席を立ち、平伏する豚人王に歩み寄る偽りの大神。

 

「大地を抱く事を知る王よ」

 

そっと手を取り顔を上げさせる。

 

「委細は問わぬ、伏せていては人として生くる事も叶うまい」

 

いいから顔上げて、との副音声が普段の面々には聞こえていた。

 

「しかし我らは、どの様に貴女様への敬意を表すれば良いのでしょうか」

「さてな、我は千夜神、幾度も移り変わる月と太陽の大神」

 

故に顔を上げ、天に恥じぬ様にと。

 

「自らの責任の内で、汝の為したい様に生きるが良い」

 

自己責任で、自己責任でここ重要と副音声が叫んでいた。

 

結局の所、いいから五体投地やめてーと、それだけの内容でしかない。

 

しかし内心を慮らねば、どこからどう見ても王権神授の現場である。

当然の如く滂沱と感涙に咽ぶ豚人たちと、周囲に響く嗚咽の声。

 

創世神は声に成らない悲鳴を上げた。

 

かくて初代豚人王は終生、大地を抱く者と自らの称号を掲げ。

永劫の誉れとして千夜神の名と共に種族に伝えていく事に成るのだが。

 

ともあれ今は、逃げる様に板に避難する少女。

 

追い打ちの様に、そっと乗せられる椅子。

 

椅子に座った創世神が乗った板を、輿に乗せる豚人の勇士たち。

 

そして宴席へと運搬される神は、考えるのを止めた。

 

やがて回廊に囲まれた露天の広場にて、立食の宴が行われた。

数多の豚人麦酒の樽が並び、食卓の上には山海の珍味が並ぶ。

 

豚人の民が、馬車に同行していた人々が、街に在る旅人たちが、

様々な立場の者たちが宴に混ざり、賑やかさを奏でている。

 

そしてアルフライラは、輿の上から宴席を眺めていた。

 

「か、隔離されている」

 

料理の卓は遠く、麦酒の樽も遠く。

 

手を伸ばしても届くのは、筋骨隆々な豚人の勇士の背中ぐらい。

なお普段の面々は、既に少女を見捨てて樽に群がっていた。

 

仕方無しと作業用ハンドを飛行させ、酒と肴を確保する祀られ神。

 

「『ラガー』と『皮付きフライドポテト』かあ」

 

揚げ立ての芋を、赤の権能で零下に冷やした麦酒で流し込む。

そして改めて眺めれば、そこかしこに散見できる先史のレシピ。

 

「『フライドポテト』のレシピは青の女神由来ですけれどね」

 

悪魔の言語を聞き留めたのか、豚人王が神に寄り話し掛けた。

互いの発言に、先史悪魔の言語が混ざっている事は指摘しない。

 

「揚げるだけじゃないかな」

「僭越ながら、それは作れる人の言葉なのでは無いかと」

 

揚げる前に芋を再度洗うなんて思い付きもしなかったと語る王と、

失敗している内に気付きそうだけどなあと首を捻る特級調理神。

 

「そう言えば、潰し芋の成形は止めておけと言われましたが」

「素人が成形すると空気が混ざるんだよ」

 

揚げる時、物によっては気泡が膨張し破裂する事故が起こる。

単体なら火傷程度で済みがちだが、複数だと被害も大きく。

 

先史でも手作り成形のフライドポテトが揚げ油ごと破裂し、

そのまま火災や死亡事故に繋がった例は少なくない。

 

「隔離したのは、そんな事を聞きたいからなのかな」

「さてこの世界そのものに、幾つかの疑問を持ってはおりますが」

 

それよりもまずは、天羽楼について知る限りの事をお伝えしたいと。

 

かつて天羽楼に造られた、神造オーク族の王族ユニット。

失敗作であり、人間化身もされずに廃棄された数多の豚人たち。

 

その最後の生き残りからの、執念の言葉が在った。

 

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