荒く灼けた風が吹く礫の砂漠を越え、砂丘の連なりに潜む。
陽は傾き空には茜、やがて裾に紫が在り宵に至るだろう。
陽除けを終えた開拓者たちが、砂の路を辿った。
砂との境目で、半ば埋まっていた立ち枯れた木を掘り出し、
黒く乾いたそれを杖の様に砂に突きながら、歩む。
砂丘の狭間を抜ける風は丘肌に風紋を描き、終には崩し、
砂混じりのそれは旅人の衣服に薄らと砂を乗せる。
そしてアルフライラは、鮫に捕食されていた。
まな板の上に置かれたような鮫の口から、頭が生えている。
作業用ハンドが動く横で寝返り、時折に鰭が動いていた。
寝袋である。
先日に後にした豚人の国、その王女から譲られた品である。
ふわふわとした髪質の可愛らしい少女で、豚耳が生えていた。
幼く小柄ではあったが、無知ィとした太腿は豚人族と主張が強い。
そんな少女の目の前で、猫ぐるみを取り出した千夜神。
ジェットストリーム豚人礼拝の惨状に癒しを求めた神が、
以前大量に確保していた投擲用猫ぐるみを生成したのだが。
凝視されていた。
手に持ち左右に動かすと、首ごとぐるぐる動いていた。
無言の圧に負け、桃色ハートぶち柄猫をそっと譲る創世神。
大層に気に入った王女が、交換に捧げてきたのが鮫である。
意外に気に入ったのか、今日は朝からずっと鮫であった。
なお後日、猫ぐるみがキッタ・アビヤドお手製な事実が判明し、
豚人の国で国宝に指定される事に成るのは余談である。
ともあれ、そんな鮫が乗った板が砂を行く。
「身動きされない分、何か楽じゃな」
「だが時々転げ落ちる」
同行者の意見は賛否両論であった。
いつしか長く続く足跡も風に消え、やがて宵闇の色に成る。
丘は黒く夜に染まり、星月を受けた面が浮かび上がっていた。
「ようやく着いた様じゃな」
ハジャルが杖で示した先に在るのは、朽ちた都の痕跡。
永く砂に晒され、石造しか残っていない遺跡の地である。
「石以外が朽ち果てているのは古代文明らしくないね」
「失われた砂の都イルナハル、神国成立後の都じゃ」
見た目で軽く察した少女に、軽く説明が語られる。
初期神国最大の敵とまで謳われた砂の女王バトの治めた都で、
敗北に女王の恭順と死、そして残された民の反乱で滅びに至った。
「大神に劣らぬ美貌と、後添いを求めぬ貞淑さが謳われておるの」
「現在流通している前帝国史を編纂したのもその女王よね」
「先頭にて兵を率い、槍を取れば国内に敵う者無し、だったか」
「何その非の打ち所の無い超人」
なお、降し恭順させたのはザハブではなくアズラクである。
「まあそんな都も、今では開拓者の休息所じゃな」
言いながら砂に埋もれた遺跡に足を踏み入れ、奥に進む。
枯れた水路の先、僅かに下がった場所に砂と水の溜りが在った。
「人が住めるほどでは無いが、駱駝や旅人なら充分とな」
枯れかけて少な目な水源の近くに布を張り、居を造る。
その位置の低さと水源は、周囲の温度変化を抑制する。
ここで深夜の極寒を耐え、夜明け前に出る予定であった。
やがて気温も下がり、杖に使っていた枯れ枝が薪に成る。
礫砂漠と砂砂漠の境によく在る、立ち枯れた樹木。
徹底的に水分が失われ黒変したそれは、砂に埋もれ長く保存され、
木材でありながらも炭かと見紛う火力と持続力を有していた。
見かけたら掘り出し薪に使う、砂に生きる者によく在る話である。
そして水源側の砂を掘り水を汲み、沈殿を待ち、濾して火にかける。
沸き立つ頃に、鍋に椰子砂糖で固めた薄荷を放り込み茶を立てた。
その間に鮫は器用に座り直している。
目の前で動く作業用ハンドが焜炉に掛けているのは、鍋と平鍋。
中では肉の煮込みと米の煮込みが、ぐつぐつと音を立てていた。
「
「高いわ希少だわで機会無いわよねえ」
礫砂漠の水源に在った村で、アルフライラが貰った肉である。
水源掃除の手間賃物納とも言う、いつもの事であった。
それを村で聞いた通り、香菜と一緒に果実油で炒める。
火が通ったら水を足し生姜を入れ、長時間煮込むだけの簡素なレシピ。
店や貴人は香辛料を入れるが、駱駝を最も味わえるのはこの簡素さだと、
肉を譲ってくれた駱駝売りの言葉をアルフライラは信じた。
これを駱駝乳で流し込めば完璧とも言っていたが、それは保留している。
そしてある程度煮込まれた汁を一部、長粒米を茹でる平鍋に注ぐ。
香辛料や刻んだ野菜と一緒に米が炊き込まれ、やがて調理工程が終わる。
「筋煮込みかな」
調理神の、出来上がった代物への第一印象はこれであった。
ともあれ器に米を盛り、汁をぶっかけて匙と一緒に配った。
「何か凄く既視感の在る外見だなあ」
生前に競馬場近くとかで見た様なと零し、作業用ハンドで匙を操作した。
「普段の駱駝肉同様、脂が少なく柔らかいのに何かとても精力的」
「駱駝は砂の民の活力の源とも言われておるからのう」
そして柔らかい中に、固い歯応えを感じ首を捻る神。
「相変わらず、牛の小腸とかそこらへんみたいな食感」
仔駱駝だから違うかと吐露した神に、駱駝に変わり無しと返す人。
駱駝肉は脂身との狭間、瘤の近くなどに独特の歯応えを持つ。
改めて意外性の在る肉だと頷きながら食を進める互いと、黙々、
と言うよりはガツガツと匙で飯を掻き込む元傭兵と元貴族令嬢。
「まあ美味しいと言えば美味し、ん?」
調理神の言葉は切れ、水源近くの石壁に彫り込まれた紋様に視線が向く。
13の首に絆をかける、冥府の王の彫刻。
「ふむ、支える者の刻印じゃな」
視線を追ったハジャルが軽い口調で語った。
「冥府の王じゃないの」
「それは聞かんのう、他には耐える者などとも呼ばれておったらしいが」
以前のジャマール翻訳を語れば、天羽楼には無かったと返る。
別名が在ってもおかしくは無い話じゃなと告げ、改めて視線を戻した。
そして食事も終わり、食器を分解収納する板女神。
やがて深夜の冷気を防ぐ場に寝息が響き、星月の下に鮫が転がる。
獣蟲除けの香りの中、夜番のサフラが軽く欠伸をした後ろ。
ごろごろと転がる板の上の鮫が、いつしか紋様に視線を向けていた。
作業用ハンドが髪を摘まみ、板に嚙み込ませる。
「敗北者は反逆し、西の果てで世界を支える、故にその名は」
石に残された失われた国の文字を読み、アルフライラは告げる。
「
先史との不自然な一致と相違に、困惑の女神は軽く眉を寄せた。