イルドラードから直線で東に向かえば、砂の砂漠を渡る。
外に住む者たちの案内で、ペル・アビヤドに向かう隊商の護衛。
やがて砂が礫と成り、岩肌が見えたころには陽も陰っていた。
茜に染まり行く世界の中、岩を辿るように交易路に向かう。
そして岩砂漠との境界に在る砂溜り、出来たての宿場に辿り着いた。
変化した水流が齎した新しい水場を、外に住む物が確保したと言う。
砂の交易路とペル・アビヤド、岩に沿った南北の十字交差。
そんな場所に造られた宿場はまだ新しく、建物も簡素な小屋が幾つか。
複数の天幕の並ぶ広場の横、豊かな水を湛えた泉が砂の中に在る。
気が付けば誰そ彼は宵に染まる。
薄明の中、用水の水場で旅人たちが水と戯れていた。
昼の灼熱を越えた今、暑を避け汗を洗い流すためだろうか。
特に躍動している獣人は、生命を躍らせる歓びを一瞬に開ききり、
人生に生命の全てを賭して自由に今、魂の爆発を謳歌している。
まずやってみる、それだけなのだと先史の芸術家も言っていた。
そんな黒虎の大神の加護に汚染されていそうな空間を通り過ぎ、
アルフライラたちは、同行者に誘われ岩場向こうの天幕へ。
表の宿場とは違い、外に住む者たちの身内の場である。
案内してきた壮年は、広場の隅から
小刀で届けられた野菜を雑に斬り、僅かの鶏肉を上に乗せる。
そして尖頭形の蓋をして、火に掛け若干の待ち時間であった。
「そう言えばこの宿場、まだ名が無いんだわですよ」
珈琲を配りながらの言葉。
アルの姐さんに付けて貰えませんかねと、砂の荒くれは雑に請うた。
「土地柄から考えれば、
「
東西南北の交易路が交差するこの宿場は、以降も発展を続ける。
「イルマクラム、良い名だ、です」
千夜神が名付けた宿場の名は、内住と外住、南北の民、獣人と只人、
様々な人々を結びつける土地たれりと解釈され、長く伝えられた。
そして鍋がことことと音を出す頃、壮年からパンが配られる。
「おお
「実は豚人に昔、ウチらが焼き方を教えたんだぜ、ですよ」
元はどこかの獣人から学んだらしく、獣人に返した感じですかねと、
外に住む者の伝統の去就を、気に負わない軽い口調で語る。
そして鍋の蓋を開ければ湯気、そこには蒸された野菜と汁。
玉葱と赤茄子が保有する水分は多く、無水で鍋に掛けるに足り。
そんな野菜自体の水分は鍋に溜る、蒸しと煮込みを兼ねた料理である。
「いつぞやの
「砂中蒸しの普段食べみたいな品でげすがね」
ハジャルが感嘆の言葉を零せば、壮年は軽く照れて頭を掻いた。
外に住む者は砂に生きるだけあり、水を使わない調理が巧みである。
近隣諸国の無水料理なども、源流を辿れば外に住む者である事が多い。
ともあれ蒸し野菜を食み、太陽形に飾られた白パンを千切る。
「何か凄く歓待されている気がする」
「気軽に生野菜を使っておるあたり、ガチじゃな」
砂の上に在るからには当然、新鮮な野菜は貴重品である。
各拠点で僅かに作られはする物の、大多数は輸入に頼っている。
などと食べ進みながらの神の感想を、耳にした人が補強した。
「い、いやペル・アビヤドで良い感じに作っているはずだし」
「ほう、アレを見ても同じ事を言えるかの」
見れば案内してきた外に住む者の壮年は、乳香を手に仲間に混ざり、
翌朝に神に捧げる香りはどれにするべきかと喧々囂々の最中である。
「何故に」
「着々と信仰を集めておるのう」
固まった神と、しみじみと頷く人の背中に、誰かの声が届いてきた。
―― 千夜神は仰いました
振り向けば交易の宿場側広場、焚火の横で書物を持つ青年が居る。
発言から、東方千夜神殿より巡礼の旅に在る信徒であるらしい。
苦しみより逃げる事、心の内に籠もり現実より目を逸らす事、
他者を卑しめて心の慰めにする、その様な行為に意味は無いと。
―― そも人生は苦しい物、現実を逃避し怠惰に堕ちても苦しいまま
刹那の楽を求めて生命を怠けても、人生と言う苦しみに何の変化も無い。
「言った覚えがない、かつ耳が痛い」
「いやまあ、言っておる事は立派ではないかの」
人にそれぞれ事情はあれど、だからと言ってそれに甘え、
生涯を克服する行動を起こさない者に生命が微笑む事は無い。
故に苦しみを嫌うなら、正しく生きる事こそが救いである。
―― そう教典に記されています
「誰だんなもん作ったの」
奇しくも神の代弁の如く、聴衆が信徒に同じ事を問うた。
―― 東方千夜神殿の神官が記されました
熱病に魘され生死の境を彷徨った時、夢枕に立たれ救われたと語る。
そしてそのお言葉を記し、広く伝えるべきであると誓われたと。
「夢で見たと言い切りやがったッ」
神の奇跡が勝手に発動していた現実に、千夜神も驚愕しきり。
―― 聖域千夜神殿にも認められ、近く豚人の国にて写本されると
「豚の人ーッ」
信仰の衝撃に圧倒された神は固まり、無力な腕を遠くに伸ばす。
そんな人に敗北した神の有様を見て、同行者たちは眉間を揉んだ。
「ま、まあ無秩序に信仰だけ広まるよりは良かったのではないかの」
「モラルの維持を主体に置いてるみたいだし、考えた末の行動かも」
「その割に、狂信の臭いしかしなくないか」
創世神が完全放任主義なのが悪いとの追撃で、少女が板に倒れ伏す。
着々と先史の世界宗教と同じ道を辿る千夜教の在り様に、
力無く伏した信仰対象が、薄ら寒い物を覚えていた宵の口であった。