砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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01-12 餡子か干柿

 

それは大量の棗椰子。

 

昼下がりの宿場酒場のカウンターの上に盛られている物であり、

真夏の夜の花嫁たちが幸せのお裾分けとして持参した引き出物。

 

アルフライラ宿場待機依頼料金の色付けとも言う。

 

「むしろお土産」

「その方がしっくり来るな」

 

とりあえず少女は、色とりどりのそれから熟し乾いた物を手に取って

口に寄せれば、隣で青い未熟果を齧っている剣士に止められた。

 

「齧るな、割って食え」

 

何故と聞くと簡単に一言。

 

「たまに毒虫が入っている」

 

食べなれていない者は、割って中を見てからの方が無難と。

言われ素直に納得して半身を口にすれば、目を閉じて悩み声。

 

「何か記憶に在る様な無い様な味わいー」

 

口の中に残る強い甘みに、アルフライラの記憶の奥底を刺激する

何某かの引っ掛かりが、しかしそれを思い出せない、あと少しでと。

 

「まあ何だ、厩舎で採れた乳でも飲むか」

 

棗椰子を咥えたまま目を閉じ思案顔な古代神の様相に、

気を遣う店主が杯に乳を汲み渡してくる、依頼料の一部である。

 

受け取ったそれを口にした瞬間、哲神に天啓が降りた。

 

クワと目を見開き叫ぶ。

 

「『餡子』と牛乳ッ」

「駱駝乳だ」

 

訂正を入れつつ、店主が逃せない興味の単語に身を乗り出した。

 

「で、アンコって何だ」

 

聞き覚えの無い、おそらくは棗椰子に似た甘味の名を。

 

「甘く煮つけた潰し豆かな」

「ああ、確かに干した棗椰子は潰した豆っぽいな」

 

「ふむ、椰子砂糖が入ったら試してみるか」

 

一団が新種の甘味のレシピを語っていれば、外から入って来たのは

洗濯物を取り込んだ若手集団であり、各人に受け渡しを始める。

 

カウンターにも怪我人などの居る個室のシーツなどが積まれ、

一通りと終われば店主が銅片を渡し、依頼を締めた。

 

乳を飲み干した暇神は、積まれたシーツを板に乗せて洗濯籠も引っ掛ける。

この手の雑事の手間賃は、賽銭箱の重みを増やすので結構受けていた。

 

そして大量に積まれている棗椰子に目をやって、黙考。

 

視線をやれば剣士も店主も、もう要らないと顔が語っている。

酒の肴程度の量を幾つかカウンターに残し、そっと大皿を持ち上げる。

 

そしていまだに酒場の隅で管を巻いている、夏の夜の敗北者席に寄って。

 

「甘い物、食べると元気出るよ」

「姐さん……ッ」

 

机の上に置けば、悪い酔いに打ちのめされている女性開拓者たちから

感涙の、もはや言葉にも成らない嗚咽混じりの感情が転げ落ちた。

 

「あれ、素か」

「何か昔、長女やっていたそうだ」

 

働きたくないと言う割に、妙に細かく周囲の世話を焼く神柄。

言動不一致なそれを見て、店主と剣士が棗椰子を齧りながら会話する。

 

「俺は黄色ぐらいが好きだな、甘いし歯ごたえも在る」

「緑だな、硬いから食った気になれる」

 

それを後ろに、少女はふよふよとシーツ交換へ旅立った。

 

「水屋よ、何か思い詰めていないか」

 

その後ろ姿を見ながら、店主が言葉を零す。

 

先日に博士からの報告を受けて以来、どことなく覇気が無い。

行動などは普段通りなのだが、動作の節々に重さが見える。

 

剣士は無言で頭を掻き毟った。

 

その様な外野の気も知らず、漂う浮遊物。

宿場外壁通路は白く、暗く、小さい採光窓が薄明を齎している。

 

建物には基本、漆喰が塗られている。

土地柄、成分的に石膏に近いそれは白く輝いており。

 

外壁などは砂混じりの風と寒暖差、大部屋などは泊まる者の在り様で、

何と言うか多少は無残な有様になってはいるのだが、他は少し異なる。

 

例えば、ある程度は懐に余裕の在る者が借りる宿場個室。

 

古代製氷機が借り受けている2階個室などの貴賓室とは違い、

一階に在る寝床程度の幅の穴倉ではあるが、漆喰は健在である。

 

そんな場所へと向かう、薄暗い通路をアルフライラは進む。

 

足音の無い浮遊版が移動する様は、少しばかり異様な光景であり、

常日頃に心霊現象めいた美貌などと言われる一因と成っている。

 

とは言え、作業用ハンドに洗濯と日干しで殺菌を終えた布束を抱え、

ふよふよと移動する様は確かに、遠目に観れば幽霊以外の何物でも無い。

 

「シーツ交換と布の補充だよー」

 

【挿絵表示】

 

小さな明かり窓に照らされた室内に、重症のサヤラーンが横たわっていた。

 

陽も僅か傾くとは言えまだ熱砂の時間、折れた骨廻りの熱も在り、

僅かな微睡とも呼べぬ物に身をゆだねていた彼が、瞼を開く。

 

「何と言いますか、頻繁に交換しますね」

「これをやるとやらないとで死亡率が倍違うとか何とか」

 

適当な言葉に合わせ、増殖した作業用ハンドが室内を飛び回った。

患者を持ち上げシーツを交換し、着替えと包帯の交換が行われる。

 

最後に汚れた布を板に引っ掛けた洗濯籠に放り込まれた。

本来なら重労働なのだろうが、この神、板に指示を出しているだけである。

 

「あとは水差しの水の交換ー」

 

獣人集団は各国の獣人組織の支援を受けているらしく、

水差しの交換がされるぐらいは支払いの余裕が在ると言う。

 

「少し、良いですか」

 

新しいシーツに寝かされた怪我人が、穏やかな声で看護神に話しかけた。

 

「貴女は、人にどのように関わる神でありたいのですか」

 

問い掛けに、少し考えた風で答えにならない応えを返す。

 

「何か、神族が恣意的に自分の在り様を決められるみたいに言うね」

 

鈴の音を転がすような楽し気な声色と裏腹に、その目は笑っていない。

思いがけずの、常日頃の少女と違う有様にサヤララーンの喉が鳴った。

 

「この世界に満ちる魔素は、世界を整えている」

 

急かされる様に、言葉を紡ぐ。

 

風を呼び雲を生み雨を降らせ、世界に循環をもたらしていると。

魔素の連なりが持つ環境への強制力、言うならばそれこそが今の世界。

 

熱気の残る時間帯でありながら、部屋の中に氷室の如き気配が満ちる。

口の中の渇きを自覚しながら、サヤラーンは言の葉を紡ぎ続けた。

 

「世界十神、十の大神とはその世界に接続され、在り様を定める者」

 

ならば従属神、小神などの神族とは何か。

 

「その世界の一部を貸し出されたか、奪った存在」

 

故にと問う前に逡巡して口籠れば、神が言葉を継いで静寂は訪れない。

 

「あるいは肉体を極限まで活性化させ、魔素に接続できる様に成った者」

 

静かな言葉に、息を呑む。

 

そのどれかであれば、確かに在り様を自らに定めただろうと続く。

神威を持つほどに美しい顔は微笑みを浮かべてはいるが、どこか冷たい。

 

「カルブン・ラマディが、そう語ったのかな」

「ルンの支族の、宿は、獣神の言葉を伝える役なればッ」

 

返された問い掛けに息が詰まる。

 

そうだ、彼女は一度もカルブラマディと呼ばなかった。

まるで大切な名前を、決して汚そうとしない様に頑なに。

 

ならばそれはもしや、時の流れの中に失われた我らが獣神の。

 

「…………ッ」

 

貴女は、何者なのかと、言葉に出来ない。

 

神威が満ちる、室内はまるで氷室が如く唯人の生存を拒み始める。

 

違う、これは小神などではない、気配だけでここまで世界は変えられない

高位の神ですらここまで世界を従えられない、ならば、コレは、何だ。

 

神宣が響く。

 

「私は、何かの選別や淘汰をするつもりは無い」

 

それはまさに、神の視点からの言葉。

 

「喜びも、哀しみも、苦しみも、憎しみも、人が自ら得たそれらを」

 

―― 何一つ奪うつもりは無い

 

どれほどの刻が過ぎたのか。

 

気が付けば室内には暗赤の獣人しか居らず。

 

人の世に戻って来た世界に、怪我人は急かす様な呼吸をする。

 

カイナン・カミン、人の身で抗えぬと思い知らされた神威に対し

僅かなりともと、助力を請う心積もりの問いかけであった。

 

しかしそれはまたの機会に成る。

 

深く、息を吐く。

 

アレは、何だ。

 

静かな思考に、採光窓が夕刻の光を伸ばす。

 

ルンの支族が永く伝えてきた言葉に、思い当たる者が在る。

 

「大神の何れか、では無かったのか」

 

敢えて名を秘された、おそらくは獣神が大切と慕っていた相手。

大神13柱、あるいは古代従属神の何れかと思われていた。

 

永く伝えられた言葉に残る、何よりも尊き者。

 

「何と、優しく、残酷な」

 

―― 月と太陽の乙女

 其は手を伸ばせど届かず、されど世界に寄り添い続ける

 

サヤラーンは折れていない腕を持ち上げ、掌で視界を塞いだ。

 

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