砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 誰も知らぬ国

猫を梳く。

 

板の上にでろんと横たわる三毛を、櫛で梳いている神が居た。

梳く度に換毛期の抜け毛が集まり、それはやがて球に成る。

 

白、黒、黄色に梳き分けた3色毛玉が板に転がる頃、

アルフライラは背後からの視線を感じ取っていた。

 

振り向けば、猫。

 

板に頭を乗せ、両の前足を伸ばす白、黒、虎柄の3匹。

只の猫より大きく通常の猫人よりも小さい、家猫族の子供である。

 

いつしか視線はアルフライラから毛玉に移り、じとりと眺めていた。

 

神は無言でそれぞれと同じ色の毛玉を渡し、にゃあと応える子供たち。

前足で毛玉を掲げながら、二足歩行で駆け去っていった。

 

せっかくの毛玉を持っていかれた哀しみに伏し、三毛を枕にする少女。

そして母猫は姉の優しさを見せた少女を、そっと優しく肉球で撫でた。

 

「いやアルちゃん、いきなり人様の家に姉として生えないで」

 

抜け毛を掃除していたマルジャーンが、ぬらりひょん少女を咎める。

三毛も三毛で、ウチの娘ですが何かと言わんばかりの顔をしていた。

 

「親御さん公認」

「何かしらこの姉なる者」

 

などと信者の家を勝手に侵食している邪神の行いも暫し。

飽きた三毛猫が板から降りる頃合いに、白兎が昼食を運んで来た。

 

幾つかの器には、煮潰した豆に野菜を混ぜて練った物と、法蓮草汁。

それを太陽のパンの内側に挟み、1柱1人がもそもそと食べ進める。

 

次いで主菜に置かれた、窯で姿焼きに焼かれた4羽の鳩。

 

2羽ずつ皿に置かれ、アルフライラとマルジャーンの前に置かれた。

腹に詰め物がされているらしく、前後の断面は閉じられている。

 

鳩の詰め物(ハマム・マハシー)

 

混合香辛料で炒めた穀物を詰め、小豆蔲、月桂樹、丁子、桂皮など

幾つかの香草、香辛料で茹でた後に窯で炙り焼いた物。

 

白兎族に鳩料理のレシピは幾つか在るが、常に2羽1組で計算される。

2人前と言えば4羽、素材の売買などもその単位で行われていた。

 

そんな事を思い出しながら、アルフライラは法蓮草の汁を傾ける。

 

茹でた鳩の煮汁に、刻んだ法蓮草を入れて煮込んだ汁である。

鳩の姿焼きの時に作られる、定番の副菜であった。

 

とりあえず腿と手羽を捩じり折り、齧る。

そして骨盤を外せば、炒め、茹で、蒸された穀物が姿を見せた。

 

刻んだ玉葱と香辛料の香る、鳩の肉汁を吸った緑色の穀物。

口に入れれば軽く煙の香りが漂う、未成熟麦(フリーカ)である。

 

収穫時期より早く収穫された未成熟麦は、籾殻ごと火に入れられる。

未成熟故に水分が多く、籾殻だけが燃えて中身は燃え残るからだ。

 

そんな脱穀法で作られるため、煙が染みついている。

 

舌の上に踊るのは香辛料と、徹底的に臭みを抜かれた鳩の肉と汁。

水を吸った麦の歯応えには、香ばしさと煙の香りが乗っていた。

 

「何か凄く贅沢な気がする」

「あからさまに大神や皇族のための食事ね」

 

贅沢さで周囲に面子をゴリ押しする利点の在る階級、と言う意味である。

 

「豚人さんたちのおかげで、私たちの料理も垢抜けました」

「道理で、白兎料理なのに白兎らしからぬ贅沢仕様」

 

料理を持ってきた白兎の青年の言葉に、神はしみじみと頷いた。

千夜神殿厨房では日々、白兎族と豚人族が凄く頑張っていたらしい。

 

そして差し迫ってやる事も無く、毛皮の上で伸びていた午後。

神製氷を入れた水割りを傾けていた1柱1人の元に、獣神が訪れた。

 

肉体の要所を神鉄で覆った白いドレスを纏い、両の拳には旧神遺物。

背後に連なる犬狼たちは、鼻の突き出た面頬の全身鎧に身を固め。

 

「姉さまナハースの首ですね、いつ征きますか」

「ちょっと落ち着こうか」

 

私も同行する、家猫院と言わんばかりに殺る気に満ち溢れた集団を、

伸びていたアルフライラが、どことなく引きながら窘めた。

 

朝からハジャルが各所を回っており、以降の予定を聞いたと言う。

 

見渡せば物陰で豚人族は槍を抱え、白兎は鍋を被っており。

家猫たちまでいそいそと鉄鋲を打った皮の外套を被り、臨戦である。

 

「いや何でそんな気合入ってんの」

「ナハースめの首を獲るは、獣人全種族の悲願ですからのう」

 

呆れた声色のアルフライラの問いに、長毛のサヤラーンが答えた。

 

今まさに千夜神が立ち、数多の大神に檄を飛ばし決戦へと臨む。

ならば決して遅参は許されぬと、獣人たちが主張した。

 

それらを、ジャマールが帰って来るまで動かないからと追い返し。

 

改めて水割りを傾ければ、俄かに外が騒がしくなる。

毛皮から離れ、アルフライラがアルフアイ望遠で外を伺えば。

 

「話題に出せば、早々に帰ってきやがったー」

「何か大事になってきたわねー」

 

見覚えの在る妹と相方、そして見慣れない少女と謎の人型機械。

 

「金髪を飾り布で括っているのが、噂のハディヤ嬢かな」

 

そうこうしている内に、騒ぎの音が神殿に近付いてくる。

急ぎ武装を整える獣人たちの音と、困惑の吟遊詩神一行。

 

―― 侵入者発見、ハイジョ、ハイジョロボ

―― ま、マウジュさん、どうしてそんな姿にッ

 

神殿に新しく実装されたセキュリティが起動する音がして、

どたどたと誰かが走り込んで来るような足音が神殿に響いた。

 

「姉さん、マウジュに何やったんですかッ」

「マウジュは生まれ変わったのだー」

 

外から鋼と肉が相打ち、たゆんたゆんと鈍い音が響き続ける。

 

「そう、肉と鋼の違いなど些細な物なのさ」

「挙措失当、だからと言って機械に寄せないでください」

 

妹のジト目を華麗にスルーしつつ、毛皮に埋まる姉。

そして至近の毛皮に伸ばしたジャマールの手は、奇麗に空振った。

 

外では機神が守護神に対し勝利(チョップ)して、内では祟り神が降臨する。

騒々しい中で開拓者組も帰還して、水割りの杯が重ねられる。

 

やがて色々と転がる本殿で、死体に布を掛けていく祀神の姿。

 

「さて世界樹、聞きたい事が在る」

 

始末を終えた創世神が、壁にもたれていた精霊機神に声を掛けた。

 

「ナハースの居場所か」

「それと、支える者(アトラス)にどこまで近づいているか」

 

問い掛けた後の僅かの隙間に、夜の神殿の静寂が埋まる。

 

「入れ子構造の天羽楼は、全てが偽りだ」

 

複数の都市が存在し、天羽楼が滅びれば他の都市が次の天羽楼と成る。

その様にして正確な場所を絞らせない、滅び続ける構造の多層都市。

 

「創主ならどこに居を構え神都とする」

「少なくとも、天羽楼からは選ばないな」

 

機械の口元から苦笑の音が零れ、ナハースも同じだと告げた。

 

「裁定の街イルカーディア」

 

そして赤銅の大神の神都の名を告げた。

 

「同心円状の水路を持ち、採掘と工業に偏る高き城壁都市(アクロポリス)

 

霊素結晶(オレイカルコス)を採掘する鉱山都市であり、機神の生まれる工業都市でもある。

 

「霊素結晶の、採掘」

「思い当たるだろう、旧世界最大の愚行だ」

 

かつて旧人類たちが試み、そして阻止された惑星の命運を断ち切る愚行。

 

即ち ―― 惑星霊の採掘

 

「ああ、だがナハースでは支える者(アトラス)に届かない、今はまだな」

「多少の猶予は残っているみたいだね」

 

そして確信を込めて精霊は問う、支える者に辿り着いたのだなと。

 

「敗北者が反逆する、反逆して敗北した旧世界の神話とは順序が逆だ」

「そう、それは正しく敗北者たちの反逆に他ならない」

 

問題の輪郭をなぞりながら会話が続く、まるで本質に怯えている様な。

 

「旧神、爺婆どもは創主とは違った意味で心が削れていた」

「まあ確かに、人としてはお世辞にも完璧では無かったけどね」

 

返答には苦笑、創主と違い根本的に存在していない概念が在ると。

永い滅びの世界の中で、削れ失われていった人間としての文化。

 

「しかし人は木石でない、識らぬと言われても感情はそこに在る」

 

自らの中に在る感情を認識できず、持て余し、故に行動は行われた。

世界に敗北した旧人類が、自らに賭した使命へのたった一度の反逆。

 

「うまくいかないかもしれない、届かない、それも良きと諦めながら」

 

アルフライラは何も言わず、ただ軽く眉間を抑えた。

 

「場所は」

「旧世界ではリシャット構造と言うのだったか、識っているか」

 

軽い頷き、大陸の再生は既存の物を再利用した面が大きく。

故に、それは遥かな過去と同じ様に其処に在る。

 

「過去に惑星霊の採掘現場に選ばれ、封印された旧神遺跡」

 

【挿絵表示】

 

精霊の言葉に合わせ、中空に俯瞰の画像が表示された。

 

「サハラの目」

 

アルフライラが静かな声で、生前知識の中に在る名称を告げる。

 

「それでも確かに爺婆どもは、皆に情こそ持ってはいたが」

 

しかし、世界再生のための素体である13大神に対するそれは、

アルフライラに対する物とは違い、道具への愛着に過ぎない。

 

「疾く馳せて答えを告げ、世界を決めてしまえ」

 

故に、支える者が受け入れるのはただ1柱。

過去より遥か、旧神から創世神へと残された親愛が。

 

「問い掛けは今もそこで待っている、アトラスの娘(アトランティス)を」

 

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