砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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07 Prologue

霧深きイルカーディア。

 

重工業に汚染された土地に、有害物質の霧が立ち込める。

陽の光が遮られ薄暗い街路を辿り、工廠に向かう影。

 

灰と鉄に彩られた、血の通わぬ壁。

 

空調に守られ多少はマシになっている建物に入り、

頭を覆っていた布を外せば、日に灼けた肌と癖の在る髪が在る。

 

ハジャル・トルキが馴染みの穴居人に昼食を届けるべく、

室内に入れば、そこに在ったのは倒れ伏した老人であった。

 

床に広がる血が白髪に染み赤く染め、床の指先には文字。

 

―― あるふら

 

はたして邪神の奇跡が、敵対者を誅滅でもしたのであろうか。

 

「し、死んでる……ッ」

「生きとるわいッ」

 

むくりと起き上がった老人は、軽く咳き込み口中の血を吐いた。

 

「えげつない数を造らされたからの、ただの霊素汚染じゃ」

 

白衣を汚しながら口元を拭い、昼食を受け取りながら席に着く。

大丈夫なのかよと呆れ半分のトルキに、老人は呵々と笑った。

 

「元より霊素の汚染は避けられん、早いか遅いかよ」

「まあ俺たちも似た様な境遇だけどな」

 

慢性的な高濃度の霊素に因る被爆、機神を扱う者の業病である。

 

大神や高位神族、霊素許容量の大きい高位素体や中位素体ならば、

世界との循環が叶うまで耐える事が出来、問題には成らない。

 

だが、穴居人の低位素体である老人には叶わぬ話である。

 

それ故に穴居人は機神、霊素に関わるアイオーンやアルコーン、

その動作系と類する物を禁忌として久しく、だからこそ。

 

かつて老人は種族から追放され、赤銅の大神へと降った。

 

「神鉄に僅かと触れるだけ、などと言う人生は御免被る」

 

挟みパンを齧り、血の味がすると呟きながらの言葉。

 

「でもよ、流石に少し休んだ方が良いんじゃね」

「ふん、わかっておるのだろう」

 

茶を淹れながら窘めるトルキを鼻で笑い、老人は言葉を続けた。

 

「次が、最後だ」

 

室内の空気に、鉛が混ざる。

 

それは、現在進行形のナハースの最後の抵抗であり。

老人の生命が尽きる前に訪れた、最後の好機でもある。

 

「どうなるにしても、天羽楼も終わりか」

 

神に因り制御された偽りの理想郷も、その役目を終える。

ハジャル・トルキが造られたその意味も、何もかも。

 

軽く嘆息の息を吐いた青年に、老人は激昂の声を告げた。

 

「だからと言って、幾つ鉄の棺桶を造らせる気じゃッ」

「いや棺桶と言い切るなよ、乗るのは同胞だぜ」

 

苦笑いで言葉を返せば、強く咳き込みまたも血を吐く老人。

 

「ああ畜生、量産機神も決戦機神もようやくワシの手を」

 

離れたのに、時間が足りないと絞り出すような怨嗟。

 

「ただの夢だと、人は決して神に届かぬのだとッ」

 

過去からの声に抗い、台座に拳が叩き付けられた。

 

「既に、ワシには見えておるのに」

 

音が絶え、拳の上に水滴が落ちた。

 

「かの神より、新たな世界を覗き見る事を許されたが如く」

 

俯き震える老人の後ろには、骨組みの出来上がった機械の巨神。

それを覚めた目で見る青年は頭を掻き、少しの後に止まる。

 

掻いていた手を目の間に置けば、軽く震えていた。

 

「次が、最後か」

 

俺もかねと、溜息混じりに吐き出した言葉から問いが生まれた。

 

「爺、後は何が要る」

 

言葉に顔を上げた老人の、虚を突かれた顔。

かつて悪徳の限りを尽くした2人の、視線が交差する。

 

「造るんだろう、最後の、神に届く機神を」

「霊素結晶を」

 

骨組みを示唆して告げるトルキに、即座の返答。

 

「生成器は在る、怨念炉に取り付ける増幅器の分が足りん」

「はッ、あの気に入らないクズが冥府の共連れか」

 

実に俺達らしいと青年が笑い、老人も笑う。

 

「後は使い物にならずとも良い、何か旧神遺物を」

「わかった、最優先で調達し届けさせる」

 

そしてトルキは軽く拳を上げ、老人と叩き合う。

 

「あのクソッタレな創世神に」

「目に物を見せてくれよう」

 

生命を削る深淵に、外道達の決意が深く響いた。

 

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