砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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07-02 砂漠を渡る

 

朝に駆ける。

 

いまだ黎明に足らず、闇色を纏う砂を2頭の駱駝が蹴立てて進む。

騎乗しているのは開拓者の男女、サフラとマルジャーンである。

 

サフラの背に括りつけられたハジャルは、その口から虹色の栄養物を

散々に不毛の砂漠に撒き散らす布施の果て、涅槃に至った顔をしている。

 

マルジャーンの胴に括られた神鉄ザイルの先には、様々な荷物と諸共に

板に縛り付けられたアルフライラが居て、後方でバウンドしている。

 

板に魂魄を縛られている以上は死ぬに死ねず。

 

やはりこちらも、ハジャルと等しく涅槃の先の住人と化していた。

 

やがて陽が昇る頃、砂の先に集団の姿が見えた。

距離は詰まり、それらは並走に至り外に住む者たちだと識れる。

 

若干の距離の後に足を止め、開拓者たちは空荷の駱駝に乗り換えた。

その隙に先行していた外に住む者たちが、砂丘の先の魔物を襲う。

 

四つ足で毛皮が在るが、その肉体は歪に肥大し何が元であったのか。

ともあれ丘を駆け降りる先陣は短弓をつがえ、横に倒し狙いをつけた。

 

弓の術と言う物は弓を縦に使いがちだが、それは単純に

同じ姿勢で射るが容易で、技術の研鑽に適しているからであり。

 

競技でも無く、騎乗の状態で照準器も無い弓では

視界の確保のために多少と傾けて射撃する射手は多い。

 

そして完全に伏せる横射ち、この引き方では自らの身体が邪魔で

弦を引ききるだけの長さを稼ぐ事が出来ない。

 

しかし視界は広く照準を付けるに易く、命中率は極めて高い。

 

そのため追い物射ちなど、前方の動体目標に対して好く使われる。

弦を引ききらないが故に威力は低く、ただ中てるだけ。

 

そのために対策として弦を強くするか、毒矢の類を使うか。

 

あるいはこの様に、牽制と誘導と割り切ってチクチクと射続けるか。

騎乗の弓手は魔物の注意を引き、駱駝の進路を曲げて退避に移った。

 

身体を押し捻り弓を立て、背後に追走する異形の獣に追撃する。

 

駱駝は北方や極東の馬と同じく、側対歩の生き物である。

 

近隣の馬の様に、対角線の脚を同時に前に出す斜対歩の生き物とは違い、

前後の脚を同時、左右交互に前に出す様な歩き方をする。

 

斜対歩の生き物に騎乗すれば、騎乗者は歩く度に上下に揺れる。

対し側対歩は脚を付く度に前後と揺れるが、上下には揺れない。

 

それは弓騎兵にとって、駆けた状態での射撃が可能と言う事である。

先史にて北方や極東の弓騎兵が精強であったのは、この要素が大きい。

 

そして激昂する獣の首を、横から突撃した別の騎駱駝の刃が落とした。

駱駝を乗り換えた開拓者たちは片手を上げ、そのままに駆け出して行く。

 

アルフライラたちは、ペル・アビヤドにて書状を受け取った。

皇帝と現副王の押印が為された親書であり、赤と銅に宛てた物である。

 

その配達がエミーラたちとも縁の深い前副王からの依頼であり、

幾つか在る対策のひとつでしか無いとは言え、無下にも出来ず。

 

急遽、アルフライラたちの砂漠横断RTAが始まった。

あくまで帝国の事情であり、アルコーンとアイオーンは使わない。

 

なので外に住む者たちの全面協力の元、早駱駝の契約が実行され、

3人1柱は駱駝を取り換えながら、可能な限りの速さで砂を渡る。

 

そこで問題に成ったのが、早遠駆けは特殊技能で在ると言う現実だ。

全速で走らせるのでは無く、平均速度の維持を前提とする。

 

そこまで器用な真似が出来るのは、サフラとマルジャーンぐらいであり、

多少の騎乗を心得ている程度のハジャルには叶わぬ事であった。

 

結果、論外のアルフライラと一緒に荷物である。

 

やがて砂は途切れ礫と化し、陽は高く世界を照らす。

吹き抜ける風は熱砂に炙られ、地平の果てまでを乾かしていく。

 

【挿絵表示】

 

中天に至り陽光に殺意が込もる頃、イルドラードが見えてきた。

 

「次の駱駝は」

 

城壁前に軽く疲労が見えた駱駝を乗り捨てながら、サフラが問う。

 

「いや少しは休めよッ」

 

問われた外に住む者の頭領は叫び、中から店主が姿を見せた。

 

「陽除けぐらいはやっておけ、後ろの荷物どもも限界だろよ」

 

言われて剣士が背中に括りつけていた荷物の様子を伺えば、

相も変わらず涅槃の住人が如き安らかな、完全に一線の向こう側な姿。

 

―― 人は変わっていくんだね、わたしたちと同じようにー

―― おおアルよ、刻が見えるぞい

 

何か向こう側で混線している。

 

「大丈夫だ」

「どう見ても限界越えとるわいッ」

 

そして日陰に移動させられ、寿命を迎えた虫の様に仰向けの1柱1人。

その横で座り身体を休め、店主から杯を受け取る2人が居た。

 

「麦酒がいいなー」

「やめとけ、まだ走るんだろ」

 

杯の中には大量の薄荷、そこに砂糖を入れて煮出した緑茶を注ぐ。

開拓者式の薄荷茶を口にすれば、互いは軽く疲労を思い出した。

 

「は、薄荷の香りがする、のぅ……」

 

そして蘇生したハジャルも杯を受け取り、口にすれば腹が鳴る。

 

「入れてもどうせ、砂漠にぶちまけるしのう」

「いや、軽くで良いから呑み喰いしとけっての」

 

耐えるべきかと悩む荷物に、頭痛を堪える様な顔で店主が勧めた。

その頃には、もきゅーと鳴きながら創世神も蘇生して。

 

「ほれよ、簡単な母菓子(オム)だが腹にゃ優しいだろ」

 

渡されたのは、刻んだパンに駱駝乳を掛けた乳粥めいた物。

乳には砂糖が混ぜられており、少しだけ混ざる塩味が隠されている。

 

軽く掬った匙を口に咥えながら、アルフライラが感想を零した。

 

「以前に屋台で買った母菓子(オム)とは随分と違うなあ」

 

生地の器に椰子乳を注ぎ、窯で焼いた代物を思い出しながら。

 

「それは店売りだな、こういうのは普段食べだ」

 

そして店主は、自分も売り物なら窯に放り込むと語る。

 

「それと練扁桃(アムルー)作ったから持って行け」

 

棘幹樹(アルガン)の種子が手に入ったから焙煎して油を搾ったと。

この油で砕いた扁桃と蜂蜜を練った物であり、パンなどに付ける。

 

なお種子の搾りかすは、そこそこ栄養豊富なので飼料に使われた。

 

そして軽く陽が傾く頃、改めて3人1柱は立ち上がる。

次いで板と背中に括られた荷物の瞳からは既にハイライトは消え。

 

「あー待て待て、出る前に契約書に名前書いてけ」

 

辺境調査依頼、内容に応じた出高払いと店主の説明。

ハジャルが代表して手形を受け取り、軽く感想を述べた。

 

「行って帰ってくるだけでも金は出るのじゃな」

「せいぜい無駄死には避けるんだな」

 

従軍依頼を退けながら依頼を出させるのに随分苦労したと。

纏め役である店主は口には出さずも、疲労の滲む顔が物語っていた。

 

「とりあえず今は、軍や先触れより先に神国に辿り着く件かの」

「アルちゃん括りつけてハジャルを叩き付ければ良いのよね」

 

マルジャーンの認識に、いやちょっと待てと荷物が申す隙も無く、

既に駱駝に2人は跨っており、景気良く午後の礫砂漠に駆け出した。

 

急激な加速にベクトルの歪んだ板が、幾度か豪快にバウンドしつつ。

ハジャルの微妙な叫び声が跡を引きながら遠ざかっていく。

 

そんな遠ざかる開拓者たちの影を見送り、店主は軽く苦笑を零した。

 

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