饂飩の再発見。
冷水で好く締められた饂飩を啜りながら、そんな事を思った。
銅の神都に直接繋がっている港湾都市、イルサマルの饂飩屋台。
屋台前の並び床几に腰を掛けて、つるつると啜っている。
全粉粒で挽かれた小麦の饂飩は薄らと琥珀の色を宿し、
切り蕎麦の様に細かい色の粒を宿しながらも、また饂飩である。
器の饂飩に直接掛けられた汁からは味噌の香りが立ち昇り、
濃い味噌汁で鰹節を茹でて布で濾した物と店主が語っていた。
かつてアズラクに教えた讃岐饂飩に比すれば、原初の形に近い。
考えてみればだ、屋台で白い小麦粉を選ぶには製粉技術が低く、
高価極まり無いのであれば全粉粒を選択せざるを得ない。
同様に輸入も製造も限定されている大豆醤油などを使うより、
極東人が家でも普通に作っている味噌を選択するのは物の道理か。
鰹節も燻煙や黴付けなどを果たした最終形では無く、最初期の形。
塩茹でした鰹を天日で干した保存用の乾物の類である。
しかし塩気が強い。
讃岐よりも多くの塩を以て捏ねられた饂飩に、塩多めの味噌。
それらに塩干しした鰹を合わせて器に叩き込んだ物だからか。
港湾都市と言うことも在り、むくつけき漢たちが汗を流し、
不足した塩分を補充するための食事なのだから当然とも言える。
「うーん、まさに最初期の饂飩」
これより遡ると、小麦団子を茹でた汁物になる。
最終進化形から逆算して、時代に沿う形に落ち着いたのだろうか。
何はともあれ、別売りの塩漬け
入れてみれば成程、果実の甘味が良い感じに味を補強した。
塩気は一層に強まったがな。
そして正面で饂飩を食べる美幼女が、器に別売りの胡椒を放り込んだ。
私の左手を見ながら箸の持ち方を直しつつ、不器用に饂飩を食む。
目の色が変わったあたり、胡椒も別売りなだけは在ったのだろう。
神国南端の都市イルガルブが太守バルセィーム。
誰か整えたのか、雑であった黒髪は後ろに流され飾り紐で括られている。
屋台を回っている最中、何故か姐さんと呼ばれ捕獲されて今に至る。
とりあえず見ている中で斜めにぐりんとズレた箸に手を伸ばし、
手を取りながら握り方を修正しつつ、はにかむ顔に微笑みで返す。
何か遠い記憶を思い出す感じに可愛らしい。
へたれ、フリーダム、ロックン祟り神の色彩3妹も幼い頃は可愛かった。
それが今や何が悪かったのか、私の教育か、それとも爺婆の性根か。
周囲を軽く伺えば店主は青い顔をしているし、物陰に見える人影は、
何か私が動く度に拳を握って無言の快哉を全身で表現しているし。
いや箸と言うか食器の使い方ぐらい教えとけよ、太守なんでしょ。
内心が察されたのか、私らには無理ですと視線で語って来る。
初対面相手に何その謎技術、ニンゲン怖。
ともあれ饂飩に戻りつつ、やがて食べ終わる。
お代を払おうとしたら、物陰の人が店主に革袋を渡している。
うん、通行人も遠巻きにこっち伺っているし、完全に営業妨害だったね。
「それで、姐さんはこれからどうするんだ、ですか」
何か老豚人的なたどたどしさ、もしかして流行りなのだろうか。
「ある程度後続が揃ったら前線行って、奥地を目指すかな」
サハラの目に関する情報は、既に赤と銅の拠点に送り付けている。
大神の留守を預かる、と言うか他勢力に対する対応の責任者。
そんな白髪の目立つ、初老のイルサマル太守との会見で。
現在に天羽楼の勢力に攻められて探索が進んでいないと聞いたが、
採掘施設が動かせない以上、場所がわかれば何とかするだろうと。
などと砂漠を渡って親書を叩き付けて、そこからは早かった。
ハジャルん曰く、軍勢に先行して辿り着いた時点で大半は終わったと。
即座に現在の各責任者が一堂に会し。
とりあえず同席し、口を開けようとした相手に微笑みを向ければ、
何故か皆さん即座に口を噤み、結果、親書は問題無く受け取られた。
何か私が居る時点でゴネる余地が無かったとかで。
わからない事も無いけれど、わかるわけにはいかんですたい。
かくして、派兵に関し皇帝と副王の名で約束し千夜神が保証する。
行軍の最中にお痛をするかされれば、それは皇帝と副王の面目を潰し、
同時に潰れる私の面目のために、ばらばらの神国が一致団結しかねない。
なのでどの勢力も、死に物狂いで統率に励まざるを得ないと。
結局は帝国も神国も一枚岩では無く、協力と侵攻の境は薄い。
皇帝旗下は世界のために動けども、各属国の独自性はどう動くか。
真っ先に辿り着けたおかげで、何かある前に全勢力を縛り上げられた。
前副王の采配の妙が光りまくっているあたり、気苦労が多そうだなとか。
そしてまあ大筋は決まったとして、当然の如くに起こりうる事故、
統率からはみ出た輩に対する対処と補償などを含めた擦り合わせの会談。
3人は現在そっちの方に居て、私はお小遣い貰って不参加である。
何か私の不参加と引き換えに色々と毟っていた気もするが、まあどうでも。
一応は私に護衛が付いているらしい、そこらへんのどこかに。
何かあったらお前の責任なと言われたイルサマル太守は卒倒したが。
流石に可哀そうなので大人しくしておこう。
ただ、会談に臨む月光の賢者の目のハイライトは消えていた。
無理に砂漠を渡ったあれやこれやで、ストレスが限界を越えていた。
全ての鬱憤を全力で叩き付けてやるぞいと、その背中は語っており。
あれはもはや月長石の悪魔では無い、魔王だ。
ともあれお小遣いを貰って、港湾都市で時間を潰しているのです。
私は何も知らない、何も見なかった、気付かなかった、済んだ事。
「な、ならさ、あたしも纏めた兵と一緒に参じるんだけどよ」
意識を戻せば、一緒に行かね、護衛するからよと言ってくる幼女神。
軍勢移動だから開拓者組で動くよりも遅くなるが、まあ在りか。
どうせ敵味方が揃って食い合わないと、吶喊の余地は生まれ無いだろうし。
「3人にも聞かなきゃだけど、拠点までは一緒しようか」
だらだらとここで猫を待つと言う選択肢も在るけど。
ザハブと後にエミーラが来る以上は兵站に問題は無いのだろうが、
まあ早めに合流して状況を把握しておくのも悪い事じゃ無い。
そして物陰で両腕を天に掲げ全身で快哉を叫ぶ関係者ぽいのを放置し、
拠点に向かおうと3人を誘ったら、集まっていた太守さんたちが泣き崩れた。
嗚咽の中、千夜神を称える文言が次々と繰り返される。
そしてそこの魔王を置いていかないで下さいと全力で懇願され、
大量の貢物を目録込みで受け取りつつ、千夜神殿の建立まで約束される。
なにやらかしやがった。
来た時とは違い、盛大に送り出されたあたりに関係者一同の
二度と来てほしくないと言う思いが、これでもかと込められており。
バルセィーム嬢に、女の子っぽい仕草を指南しながらの旅の空。
とりあえず、到着までに食器を鳴らさなくなるのが目標かなとか。