群れ成す猫が砂を渡る。
様々な柄の家猫族、先頭の2匹が長杖を揺らし先端の金具を鳴らした。
2列目からは楽器を抱え、後ろには少女が座る板を担ぐ猫たちが居る。
後の世にまで伝わる、千夜神の猫行列である。
猫集団の後ろには白兎族が在り、身ほどに大量の荷物を背負っていた。
白兎族は兎の獣人だけあって、さりげに足腰の強さが並外れている。
陽除けの刻限も過ぎ、傾いた陽が空に茜の色を滲ませる頃合い。
行列と開拓者たちは、遠く見えていた岸壁に辿り着いた。
砂と岩の狭間に沿う様に、棗椰子が茂り緑の線を作っている。
そしてその隙間に見える流れる水と、少なからずの住居。
西方砂漠の果ての岩石山脈、その麓のオアシスの村である。
辿り着いてみれば、簡素な泥土や日干し煉瓦で造られた茅葺の家屋。
どの家も庭にはかなりの大きさの木製台が設置されている。
質素な村に珍しい神族の行幸を受け、とりあえずと拝む村人に、
あの台は何かなと神が問えば、寝台ですよと人々が素直に答えた。
曰く陽は家で除け、夜は外で眠る土地らしい。
「何と言うか、平和」
「どの勢力も襲うには遠いし、実入りも少ないじゃろうからのう」
交易に乗せられる品は、棗椰子の実ぐらいだと言う。
ともあれ村人は白兎と資材の交換を試みつつ、少女神に棗椰子を貢ぐ。
板上で半分に割って齧る神は、そのまま村の広場へと案内された。
宿と言う物も無い土地なので、来客は広場で過ごすらしい。
空の茜に宵が混ざる頃、火種と共に壺型の竈を持ち込む村人。
そして火を熾す横で、羊肉の塊と香菜を微塵に切り始めた。
そして
そのまま壺の上に置かれた金網に乗せ、裏表とじっくりと焼き始めた。
「イルドラードのあたりではケフタと呼んでおるの」
「ああこれ、アレと同じ料理なのかー」
イルドラード店主は
対し村の挽かれた物は平たく、金網の焦げ跡が両面に付き食欲をそそる。
見た目こそ似ているが、同じと言われると首を捻る外観の相違。
一行がもそもそと心尽くしを口にしていれば、互いの交渉も終わり。
相手に革袋を渡した兎と共に、ハジャルも頭を掻きながら戻って来た。
「夜間と陽除けの時は、水源で水浴びをしても良いそうじゃ」
他の時間帯は生活用水に使うので禁じられている。
「あと、目的地は通り過ぎておったの」
「おうふ」
次いでの言葉に神は呻き、簡素な手描き地図に改めて視線を向ける。
現在地はサハラの目すら通り過ぎ、東西に延びる岩石山脈の果て。
西の果ての海岸と目的地の中間あたりに居るらしいと。
「未開の地じゃからなあ、地図が在るだけでも御の字なのじゃが」
「口伝を図に起こしただけなんだっけ」
だいたいの位置関係こそ合っているが、細かい相違が在った。
地図に東西を貫く岩の山脈が、実際は北東から南西に伸びるなど。
結果砂砂漠を渡る内、目的地を通り過ぎ岸壁にまで至った。
「山脈を辿れば、裁定の街とやらには辿り着くじゃろうな」
「問題は、各勢力とは街を挟んで反対側」
別動の勢力として動くかと互いに一瞬考えるも、即座の否定。
小兎族を分離しなくてはいけないし、合流を優先かと。
アイオーンで押し通れぬかとハジャルが表情で問い、
物量で守ってそうだから辛いと、アルフライラが表情で応える。
「いやそこで無言でやりとりしないで口に出しなさい」
そう言ったマルジャーンの指で、神の頬がみよんと伸ばされた。
「つまり猫を信じるのだ」
「やはり猫であったのじゃな」
「あれ、何か会話内容が推測と違い過ぎる」
そして食事も終われば星も出て、猫弾きが猫にもふぅと埋まる。
安らかに力尽きる体勢を取った少女が、夜空の下で簡単に纏めた。
「手前までは山沿いに北上して、後は砂に突っ込む感じかな」
「岩山が連なっておるのは確からしいからのう」
拠点より攻める勢力でも在れば、それを辿る事も出来ようと。
言っている内に順繰りと水源に向かい、戻って来る。
そして嫌がる猫を引き連れ丸洗いした創世神と、開拓者たち。
終に虫除けを焚き、兎と猫は土に敷いた絨毯で丸々と休んだ。
星月を見上げ、改めて毛皮に埋まる神が軽い声色で言葉を零す。
砂防の天幕を寝床にし、ごろ寝する開拓者たちは軽く応える。
「そ言えば何かこの村、女子供と老人ばっかだね」
「若い衆は海岸の港町に出稼ぎじゃそうじゃ」
村だけなら、小規模な牧畜と棗椰子畑で細々と暮らしているらしい。
「港、在るんだ」
「西の海岸まで行けば、青が拓いた港町が在るのじゃよ」
「何かアズラク神がこっそり別動隊入れてそうね」
マルジャーンが思い付きを零せば、やりかねんと唸る姉と人。
少し待てば合流できるかと悩み、確実に来るとは限らないと諦める。
「でもまあ水溜めも在るし、少しだけ逗留しようか」
「大神たちの拠点も、急ぐとは言え今日明日では無いじゃろうしな」
赤、青、黒、銅、帝国と獣人の合同拠点。
そんな砂漠に設置される予定の本陣は、その規模の問題だけで無く、
現在の、補給線を伸ばしながら侵攻する先に予定された存在である。
「ナハースも時間稼ぎに腐心するだろうし」
「考えれば考えるほど、何もかも間に合いそうに無いんだけど」
マルジャーンの不安に、大丈夫じゃろとハジャルが応える。
ナハース神が稼いでいる時間は、準備を整えるだけの物だろうと。
「アルの封印が解けるまで待ったのじゃからな」
「流石にバックレたらぶち切れそうだけど」
少しぐらいなら待ってくれると続く。
人の心が希薄極まりない雰囲気の頭脳担当組の言が夜に響き。
そして大剣担当が眉間を揉み、暗殺担当は天を仰いだ。
「以前、球体ごと吹き飛ばそうとして無かった」
「どうなっても良かったんじゃない、きっと」
或いは生き延びたから、今回の引き鉄に使う事でも思い付いたのか。
何にせよナハースは、きっと惰性で動き終結を望んでいると語る。
ただ賭けの天秤に、世界とアルフライラを乗せ続けているだけ。
そんな少女が語る幾つかの推測に、歌姫は眉間を揉みながら応えた。
結局、何がしたかったのと。
「何て支離滅裂な」
「時間は何もかもを摩耗させるからねえ」
他神事の様に語り、まあ私は姉だから仕方無いのだと締める。
旅の果てに最後の妹と相対し、未来の話をしなくてはと。
例えそれが、どのような未来であったとしても。
それきりに、すやぁと脱力する夜の女神。
遠く夜の風が砂を崩す音が響き、どこか遥かで獣が鳴く。
オアシスの村は闇の中に寝息を抱え、小さな音を生み続けた。
現状がどれだけ切迫していても、関わりの無い場所は平和である。
ただ静かに騒がしく、砂漠の夜は過ぎていく。
「ああでも、安心した」
零れた言葉は夜に消え、布団にされている猫が少しだけ耳を動かした。