赤と銅の共闘する前線は膠着していた。
砂砂漠の中に在る遺跡を利用した仮拠点で、穴居人たちが作業している。
半壊した巨人族程度の大きさの機神を幾つも並べ、分解と考察が続く。
「動力が無い?」
侵攻に伴い、天羽楼からの散発的な襲撃に機神が混ざる様に成った。
機械天使などよりもさらに小型の、装飾の無い簡素な鉄の人型。
それこそ鎧を纏う巨人の様に、軍での対処こそ可能ではあるが、
只人が立ち向かうには些か荷が重い、そのような戦況が現在である。
砂を滑る様に進んで来るそれが侵攻速度を鈍らせている要因であり、
撃退に成功した幾つかの機体を、空いた時間に銅の技術者が分解していた。
「この質量で法術主体とでも言う気か、ありえないだろ」
「いや待て、この機械油おかしく無いか」
1人が内部から零れる油の異常に気が付き、容器へと抜き取った。
たぷんと揺れる液体を注視する者の中、法術の心得の在る者が驚愕する。
「魔素の、油溶液だと」
機械油に溶かしこまれた残留魔素を知覚し、幾人かが想到した。
「溶液を血液の様に全身に巡らせ、操手の制御に反応させる」
関節各所に作られたシリンダーを動作させ、鋼の巨人を意のままに操る。
溶液の魔素が枯渇するまで動作が可能であり、補充もまた可能である。
燃料こそが動力、動力こそが燃料。
「これは言うなれば ―― 魔導、甲冑」
人が操る、機神サイズの全身甲冑。
そしてまた、全身に制御可能な魔素が行き渡っていると言う事実に、
幾人かの老いた地位在る穴居人が連想した物が在った。
操手が機体先端まで行き渡る魔素に干渉していると言う事は、
操手の使う法術もまた、機体を通じ発動が可能に成ると言う事実。
「もしやアルコーンの秘儀、権能伝達の劣化版か」
「ロボブーの禁忌では無いかッ」
穴居人の伝承に残る、数多の鍛冶神を統べる治金の根源神が在る。
鋼の秘密を識り、少女と老人の相反する側面を持つ機巧の旧神ロボブー。
既に失われたアルコーンを構成する技術体系であり、それの追求は、
大神の神威に関わる故と、穴居人の内で禁忌と指定されて久しい。
「あの忌子が、生きていたと言うのか」
かつて異端と追放された知己を思い、老いた穴居人が呟いた。
そこから少し離れ、帝国と獣人たちの合同軍は遊撃に移っていた。
仮設の天幕の中で、偵察と接敵で収集した周囲の状況を提示する。
暫定敵の本拠と見られる城塞、周囲の遊軍、仮設の砦。
一面の砂と砂丘の世界に、幾つもの集団が存在し絡み合っている。
その様な図を前に、幾人かの軍師が侵攻ルートを模索していた。
喧々囂々と会議は踊り、されど進まず。
各勢力の都合の折り合いは遠く、兵たちの焦燥だけが積み重なる。
その中で、白い猫耳を持つ大神が勢力地図の前に歩み寄った。
「現在地がここで、差し当たっての敵本拠地がここですから」
指先で、真っ直ぐに線を引く。
「こう行ったら一番早くありませんか」
こてんと首を傾げた白猫獣神の発言に、場が凍った。
他ルートに比べて距離も半減しますよと、得意気に胸を張る大神に、
立場を鑑み自縄自縛の軍師たちは、何と言えば良いのかと迷う。
しかし発言を受けた途端、獣人と男爵旗下法術兵たちの目は座った。
「俺たちの仕事は、破れた城壁を駆け登り外に向かって法撃だな」
隻眼の兵長が真っ直ぐ引かれた線を辿りながら宣言する。
「なら私たちが拠点の制圧ですね」
長毛のサヤラーンが、何事も無い様に自然に告げた。
「いやいやいやいや」
「待て待て待て待て」
これまでの経緯を全て蹴散らすかの如き獣神の暴力に、
存在価値が揺らいだ軍師たちが思わずと引き留めの声を出す。
いや、彼らも発言の瞬間、本当は理解してしまっていたのだ。
獣神ならば出来る。
出来るのだと。
瀕死の常識と固定観念の命乞いをする様な有様の軍師たちの前に、
馴染みの男爵が前に出て、無情極まり無い発言で首を落とす。
「正面から城壁をぶち破って制圧する」
仮設の天幕に、正気度の確認に失敗した何名かの奇声が響いた。
青と黒の合同軍も、砂砂漠を前にして足止めを受けている。
遥か砂丘の先より、群れ成して迫りくる機械の鎧。
半球の如き頭部を持つ鉄の巨人は、穴居人が魔導甲冑と呼んだ物。
砂煙を立て、滑る様に軍へと迫って来る。
迎え撃つは2柱の神威。
砂に揚がって極めて微妙な水神機ガリラと、魔神竜アルムピアエール。
兵たちは後方に控え、討ち漏らしに対応する形である。
「エミーラ、ちょっとアルムピアエールで足元殴ってくれない」
水中用と航空機で砂上の近接戦な現実に遠い目をしていたアズラクが、
面倒極まると言う声色で妹に頼み、どれくらいですのと返す問い。
「カイナン・カミンで殴った程度」
「軽い気持ちで無茶言いますわねッ」
近接超重機の一撃に航空機で匹敵しろと、そんな姉の無茶ぶりに対し、
妹はとりあえず出来る限りですわよと、断りもせず素直に動いた。
腕部輪転弾倉が回転し、魔素蓄積の弾丸を消費しながら拳が砂を穿つ。
連なる炸裂の音と、振動を伴う轟音。
砂が、揺れた。
「神術ミーゾ・ローチ、変化、応用、奥義の壱」
広範囲に渡った振動が砂の間の僅かな隙間を揺らし、
それに因る極小規模な砂の落下が砂漠の液状化を加速させる。
そして流体化した砂が、青の権能に掌握された。
視界全てから幾匹も立ち上がる砂の大龍。
生成の振動がさらに広域を揺らし、続々と龍の数が増えていく。
「千夜伝、百龍覇」
神代にて、廬山百龍覇と呼んだのが誰なのかは言うまでも無い。
かくして視界の果て、砂の地平の先までも砂の龍たちが暴れ尽くし、
術後に崩れ吹き上がる砂煙が陽を隠し、やがて地に落ちる。
後に残るのは、どこまでも続く砂の砂漠。
「アズ姉さま、破壊範囲はもう少し常識の範囲内に留めて頂けませんこと」
「姉さん頑張ったのに感想がそれッ」
個神のやる事では無いと。
砂を揺らしたのはエミーラだから姉妹の共同作業だと責任を擦る姉と、
擦り寄んなこの神型大量破壊兵器がと、機神ごと距離をとる黒い妹。
「こんなの雑魚専用よ、アル姉さん相手にした時なんか瞬殺されたし」
「大量破壊兵器同士の格付けを語られても困りますの」
だいたいアルお姉さまの出力でどう立ち向えと疑問視するエミーラに、
よくわかんないけど気が付いたら医務室だったと、神代を語るアズラク。
「だからぶっちゃけ、アビヤド以外が姉さんを仕留めるのは難しいわ」
遠距離ならばとは思うが、姉の性格的に絶対に対抗手段を確保している。
そんな負の信頼を以て語る青の言に、黒は引き攣った笑いで返した。
「その時に聞いた法術の名前だけは、憶えているわね」
むしろ忘れ様が無い。
そして謎の一撃は謎のまま、気が付けば既に6千年。
「オ・ローチ・ノア・ラマサイ」
その発言を終に、青と黒の合同軍は改めて進軍を再開した。
その頃のアルフライラは、砂漠で魔導甲冑から溶液を絞っていた。
半壊した機体から油を抜き、板の上で魔素を抽出し結晶とする。
「わかっておるのう、わかっておるのうぐふふふ」
無駄に覚えの在る外観の中を満たす、ポリマーリンゲル液的な物。
アルフライラの中で、かの老穴居人の株はストップ高である。
大剣で斬り倒された何個かの魔導甲冑から搾り終わり、
もふぅと黒猫に埋まる少女の手には、幾つかの魔素結晶。
そしてようやくロボブーの側面を表に出していた創世邪神は落ち着き、
改めて結晶、魔素の蓄電池的なそれをハジャルと分け合う。
「単騎ならともかく、群れで来られると基本お手上げだな」
「落とし穴に掛からなんだら、どうなってた事やらじゃな」
サフラの感にハジャルが相槌を打ち、合流を急ぐべきかと言葉を締める。
「そんな事を言うから、また来たわよー」
そしてそんな思惑を哂う様に、遠くの砂丘を越えて来る魔導甲冑たち。
「ええいこうなったら仕方無いのじゃ、やれぃアルッ」
「水神術『水槌、
神型大量破壊兵器を起動させるハジャルと、間髪入れない邪神の宣言。
それは、ただひたすらに速かった。
起動も、攻撃速度も、何もかもがあらゆる術式の中で最も速く。
大神が権能を使い起動する間より、なお速く相手まで届く必殺の刃。
名が示す通り、それは過たずの九頭龍殺しであり。
そして結晶を消費して放たれた斬撃が、迫り来る甲冑たちを両断した。