剣戟の轟音が砂の大地に響いた。
黄金と白銀が陽光を反射し、城壁に複雑な影を作る。
ヤルダバオトとデミウルゴス。
真なるアイオーンと偽りのアイオーン。
黒の女神が造りあげた巨大な城壁の前に、2柱の巨神が舞う。
大剣の刃を白銀の双剣が弾き、宙を飛び追撃の刃を躱す黄金。
僅かに開いた間合い、即座に放たれた光弾が黄金の着地を狙った。
周囲には魔導甲冑が疾り、相対する合同軍の兵士も居る。
ザハブは避けず、即座に大剣を法術杖に持ち替えて受け止めた。
神位の法術が散り、空中に魔素が輝きを放ちながら散乱する。
動きに精彩が無い。
足元の兵士たちの存在が枷と化して、ヤルダバオトを縛っていた。
対し、一切に気を遣う必要の無いはずのデミウルゴスも大人しい。
侵攻を止める様に時折と姿を現し、のらりくらりと攻気を躱す。
あきらかな時間稼ぎである。
そのためか、足元の両軍の兵士たちは温存されていた。
そして、黄金が気兼ね無く動けない状況は維持され続ける。
黄金の弓が光矢を放ち、振り抜かれた白銀の小手に砕かれた。
受けた衝撃を殺さず、僅かと飛んで間を空けるデミウルゴス。
途端、それまで立っていた場所に鋼の巨矢が付き立った。
「ちぃ、相変わらず勘が良いですわねッ」
城壁の後ろ、攻城弩を改造した弩を抱えるアルムピアエールから
頭だけを覗かせた状態で黒い操手の外部音声が響いた。
「エミーラお姉さまも、すっかりと隠れ潜むのが板について」
「いやかましいですわこの駄妹」
言っている間に、きりきりと弩を巻き上げる魔神の竜。
「何か、常々アルムピアエールから不憫が滲んでいるのよねえ」
「アズ姉さまは目が曇っていらしてッ」
などと感想を零しながら、城壁から顔を覗かせたのは水神機ガリラ。
その横で空に顔を向けたアルムピアエールが、哀愁を背負っていた。
「流石にこれだけ居ると、今回はここまでですね」
さらに間をとり、お道化た声色でナハースは暇を告げる。
「いよっし離れましたわアズ姉さま、やあっておしまいッ」
間髪入れず、機神の空いた手で指さしてエミーラが叫んだ。
「位置的にザハブ巻き込みそうだけど」
「ザハブならきっと大丈夫ですわ」
ザハブだからと、根拠を述べるエミーラ。
発言に、ヤルダバオトの動かぬはずの顔から驚愕と焦燥が滲み出す。
対しアズラクは、それもそうかと容赦無く機神の腕を持ち上げる。
「水神術、ミーゾ・ローチ」
城壁を越え放たれた貯水の大龍が、空を裂き黄金と白銀に迫った。
即座に伏せたヤルダバオトと、刃を切り上げるデミウルゴス。
「セット、王子の権能、散刃」
振り抜かれた白銀の刃が、周囲の空気を書き換えた神鉄を纏う。
そのまま斬撃に合わせ破裂して、大龍を微塵に砕き散らした。
「何か思ったより小規模ですわねッ」
「いやね、ここまで大神が集まると世界の奪い合いになるでしょ」
限定された空間に複数の大神が存在している現状、
世界の奪い合いが起こっており、その権能は著しく制限されている。
「継承劣化した私の王子の権能ですら、色彩に匹敵するほど」
振りぬいた刃を仕舞いながら、白銀のアイオーンからの宣言が在る。
「何故、あの気狂いは皆を集めたのでしょうね」
そして長女の意を受け集まった弟妹たちの意識に、毒の楔を入れた。
「まるで、貴方たちの動きを封じるための戦場」
色彩の3女神であれば、容易に単独で裁定の街を壊滅させられる。
しかし大神が集まった今では、そこまで広範囲の権能行使は難しい。
発言の後、誰しもが思考に惑い戦場に静寂が訪れた。
そしてそれを、拡声された声が穿つ。
「くだらんな、状況を理解した上で受けたのは我らの意思と柵よ」
声の方角の砂丘、砂を踏み城塞へと歩む黒尽くめの兵団が居た。
「先ずは頭を垂れろ、王神の御前である」
兵を率いる黒髪の大神が告げ、同時に魔導甲冑の下半身が消滅する。
王の権能の範囲外に居たデミウルゴスは、さらに距離をとり撤退。
無事であった甲冑もそれに続き、砂混じりの風が戦場の終焉を告げる。
「やはりこの状況では、デミウルゴスまでは届かんか」
最も届いたところで、権能で防がれ意味も無かっただろうがと。
砂に伏し溶液を散らす甲冑たちから視線を外し、マリクが嘯いた。
そして拠点にマリクが合流した頃、アルフライラたちは迷っていた。
その複雑な神生に、或いは浪漫と現実に挟まる生き様にだろうか、
いや、単に道にである。
どこまでも視界を埋める砂の中で、だいたいの方角で動いていた一行。
陽も昇り、とりあえずとアルフセンサーが発見した遺跡に逃げ込んだ。
半ば砂に埋まる石造りの外観を持つ、四角錐の巨大な古代遺跡。
先史にて
内部もそうかと思えば、意外に広々とした空間が存在していた。
古代文明時代、神代仕立ての一環かとハジャルが見当をつける。
そしてアルフ光源で照らされた空間で、集団が陽を避ける。
白兎族が荷物から様々な瓜を取り出し、切り分けては配り始めた。
種が大きく果肉が白い原種に近い西瓜を、水瓜の水分で流し込む。
先史に品種改良の果て、黄色い果肉の甘い西瓜などが生まれたが、
元々の果肉の糖度は赤色の遺伝子と連携しており、白いと甘く無い。
そして水分も微妙なそれを齧りながら、果肉に食い込む種を除いた。
成人の親指の爪ほども在る西瓜の種はアルフ水流で奇麗に洗われ、
塩や醤、余り物の香辛料などを絡めて炒められる。
食後に炒り終わったそれを爪で割り、中の胚を齧る集団。
「相も変わらず、種の香ばしさに仄かな塩味が良き」
「まあ言う通りそのまんまの食物じゃからのう」
もそもそと口休めを齧りながら、陽が傾くの待った。
「そういえば何じゃろな、ここに入ってから妙に身体が解れるぞい」
ハジャルの感じた違和感を受け、アルフライラが驚愕の声を上げた。
「もしや、四角錐に宿る神秘の力『ピラミッドパワーッ』」
「ぴらみっどぱわあじゃとッ」
先史20世紀初頭、クフ王のピラミッド内で盗掘者などの遺体が
脱水状態に在った事実から、腐敗抑制効果を疑われた件に端を発する。
四角錐に宿る神秘。
腐敗を抑制し、剃刀の刃の寿命は延び、植物の成長は促進される。
などと根拠無く主観で語られがちな不思議パゥワーの事であった。
なお、そのような俗説のせいで先史にあまり知られなかった事実だが、
クフ王のピラミッドの形状は四角錐ではなく星型八角錐である。
「身体に力が漲る、アルちゃんこれがぴらみっどぱわあなのッ」
「え、何それ知らない、怖」
無駄に全身から発光を始めたマルジャーンに、アルフライラは引く。
それらはそれとして、先史20世紀末に或る考古学者は発見した。
地磁気が集積し、ピラミッド内部の磁気は外よりも強いと言う事実、
そして、建材から発生されているはずの遠赤外線の存在。
この2つの事実から、ピラミッドパワーの存在が確信に至る。
彼は結論を述べた。
―― つまりピラミッドとは、巨大なピップエレキバンである
思い返せば発掘作業中、肩こりに悩まされなかったとの証言と共に。
「詳細を省くけど、中に居ると肩こりに効くらしい」
「何か段々とまったりとした気分に成ってきたぞい」
身体が解れるせいも在り、癒し効果が無い事も無い様だ。
そんな食後のよく垂れた時間、主に家猫族が。
手持無沙汰な神が光源を動かし、遺跡内部を軽く観察する。
よく見れば壁に傷跡、空間の端に包帯まみれな機械人の破片。
「んんんんん?」
「もしや機械人類の遺跡か、ここは」
遺跡自体は沈黙しており、機械人の遺体も年月に朽ちて久しい。
そして壁に大きく、古代悪魔の言語で宣言が記されていた。
「
「忘却の2大神が訪れた故の惨状じゃったわけか」
いや誤字じゃないかなと首を捻り、わざとかもと悩むアルフライラ。
そしておそらくは忘却の名を受けた
他神の近況報告を覗いてしまったような心持ちで、観察を切り上げる。
「兄姉括弧仮も随分と現世を愉しんでいた様で」
顔も知らない相手に軽く呆れながら、遺跡の時間は過ぎていった。