継戦は長く。
合同軍の最終本陣に大神たちが揃い、決戦の時は近付いた。
絞る様に縮小する戦線は裁定の街を封鎖し、狭間の地に残骸が転がる。
砂に吸われた魔素溶液は揮発を続け、周囲の空間は魔素で満ちる。
天羽楼勢力に因る散発的な襲撃と内応は続き、反乱を鎮め、再編を行い、
時折に糧食は焼き払われ水に毒を撒かれ、流言飛語の類が戦地に飛び交う。
再編、生成と複製の権能行使を含むそれに、戦線の動きは止められた。
しかしそれも僅かの間、今まさに決戦の地へと進軍を開始して。
膠着した。
緑の大神を除き、現存する全てのアルコーンとアイオーン、合同軍の兵。
それを受けたのは魔導甲冑の軍勢と天羽楼の傭兵、そして。
砂の大地に地響きが疾る。
「造られていたのか、最後の機械天使が」
マリクの感嘆が、静寂の訪れた戦場に遠く響く。
それは、機神と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
魔導甲冑はおろか、様々な機神たちですら見上げる事しかできない。
陽光を反射する鋼体が、地響きを起こしながら前進する。
お義理の様に付けられた腕の先からは幾つもの炸薬弾が覗き、
遥か高みに或る3面の頭部は、閃光を引きながら回転を続けている。
「機械大天使、サンダルフォン」
それはまさに、文字通りの巨神であった。
戦局は動く、いや動かそうと試みる。
アルコーンが動き、魔導甲冑は砕け、黄金と白銀が斬り結ぶ。
兵たちは鬨の声を上げ進み、天羽楼に雇われた傭兵と斬り結ぶ。
砂に戦陣を描く兵団は、互いに弧を描く様に動きながら、
やがて互いの大剣使いたちが噛み合い、戦局が生成されていく。
接続された戦力の結着点を臨み、矢弾が撃ち込まれ盾が掲げられる。
側面を駆け登る騎兵たちを槍が迎え、悲鳴と怒号が砂に吞み込まれた。
そしてその横を、微塵も揺るがずに前進するサンダルフォン。
光線が巨神を貫いた。
拠点に生成されたアビレッシアが砲塔を上げている。
燻る陽炎の向こうに在る、巨大な機神の胴体には奇麗に穴が開き。
そして、それだけであった。
形だけ造られた様な、短く巨大な脚部は変わらずゆっくりと動き続け、
その常識はずれな巨体をゆっくりと本拠に向かわせている。
気が付けば穴も塞がっていた。
装甲の内側を流動する液体金属が破損個所から零れ、硬化する。
穴が開いた跡は残るが、その装甲は依然として無事のままである。
時に、駆け付けたカイナン・カミンが殴る。
装甲は凹み若干に位置が下げられるが、それだけであった。
天空より回転しながら蹴り足を延ばすアルムピアエール。
そのまま弾かれた。
足元に近寄り装甲を引き千切るガリラとハルマス。
歪み千切れるも、即座に内部より装甲が盛り上がり液体が硬化する。
「何ですの、疑似幻想装甲とでも言いたいのですのッ」
魔弾6発を入れた尖衝角の腕で巨神の装甲を引き千切りながら
エミーラが叫べば、マリクがそっと戦場から視線を外し遠くを見た。
「デカいだけだと言うのに、何だあの性質の悪さはッ」
砂を蹴立て距離をとったハルマスの中から赤の女神が叫べば、
隣接したアビレッシアの中の王神の瞳からハイライトが消える。
占星黄道12宮機械天使、魚座のサンダルフォン。
桁違いに圧倒的な質量がそのまま攻撃力と防御力を兼ねる。
そんなコンセプトで、かつて黒の神国が設計した機械天使である。
しかしその歩みは遅く、本拠に至るまでに余裕で日を跨ぐであろう有様。
噛み合っていた兵たちもサンダルフォンの進軍に合わせ陣を崩し、
双方に距離をとり水を入れる形に陣へと撤退した。
アルフライラたちが到着したのは、その後である。
そして青のアズラクと共に瀕死の重傷を負い、玉座と板で修復の煙を吹く。
横に「私は姉たちをへし折りました」と書かれた札を首に掛け、
涙目で正座させられ反省を促されていた白き獣神が居た事は言うまでも無い。
そう、かつては正面から受け止めた青の女神すらも瞬殺する。
キッタ・アビヤドは成長していた。
その成長にほろりと涙を零す犬狼従者と、白い目を向ける開拓者組。
「さて、ようやく辿り着いたがどんなもんなんじゃろな」
「正直、あまり良い状況とは言えませんね」
改めてハジャルが問えば、眉を寄せて呻く様にサヤラーン。
戦局が長く士気がかなり落ちていると告げ、そしてと継ぐ。
言いながら宵に染まるイルカーディアを伺えば、狭間に在る巨大な影。
サンダルフォンの処理にどれだけの手間と被害が掛かるだろうかと。
そんな何とも言えない空間と化した獣人陣地に、ふわりと薄荷が香った。
薄荷茶と焼いた平パンなどを入れた籠を持ち寄った緑髪の吟遊詩神。
てふてふと歩み寄る鯖虎家猫族、の背中に寄生する祟り神である。
「何はともあれ、とりあえずは食事ですね」
焼けた鉄板の上、酪で焼き上げ折りた畳んだ
手持ちの蜂蜜を塗ってさらに折りたたみ、周囲に配っていく。
「何かものっそい『クレープ』」
「青の趣向、けど帝国側だし『
復活したアルフライラが古代人にしかわからない様な感想を述べ、
神代語交じりに受けた緑の妹が、赤や帝国好みへと気を遣った。
パンやパンケーキの様な料理には様々な名が在るが、極めてシンプルな、
様々の根源に在る様な単純な代物に成ると、その境界は曖昧である。
シンプルに焼いただけのパン、どろどろの生地を焼いて作った薄い生地。
故にどちらも生命を意味する単語、アエーシと呼ばれ区別はされていない。
そしてクレープ状に焼かれた生地は、土地で好みの物が挟み込まれた。
穴居人などは腸詰や乾酪を好み、密林勢は味を付けた野菜のペースト、
他に
「芥子菜種好きな地域が在るんだ」
「帝国も中央から北方は、むしろそれだけで良いと言う輩も多いの」
もそもそと食べながら、神と人の益体も無い会話。
なおマルジャーンは周囲の諜報に出て、サフラは獣神の首根っこを掴んだ後、
アルフライラからの伝言を赤の陣地、武神ロカームへと届けに行っている。
残された邪神と魔王に祟り神まで混ざり、場の空気は実に悍ましい。
中で、さてどうしようとアルフライラが問えば、ハジャルは笑顔で応えた。
煽れ、と。
夜の中、裁定の街イルカーディアの最奥に赤銅の大神が哂う。
「ああ、ようやくです」
採掘場の旧神遺跡、ナノマシンで生成された壁に包まれた空間。
中央に色彩豊かな輝きを湛える穴が在り、他には何も無い。
しかしその空間内には霊素が荒れ狂い、只人の生きれぬ場と化している。
「アトラスの娘が訪れ、この地の最後の封が解けようとしている」
アルフライラの到着に合わせ、緩み消えていく最後の封印。
中空の霊素は一層に荒れ狂い、陽炎の如くに視界を歪ませる。
「この奥に在るはずの、あの女のための制御機構を」
言葉は最後まで告げず、大神は身を翻し採掘場を後にした。
そして夜が明ける。
サンダルフォンとの距離は既にかなり近く、拠点の命運も今日限り。
その様な状況で、朝食を摂っていた兵士たちは板に乗った少女を見た。
士気は既に低く、陣地には厭戦の気配が漂っている。
自らの神であるならばいざ知らず、顔も知らぬ姉神の意志で集まり、
生と死の狭間を揺蕩う彼らの内心は、控えめに言って劣悪であった。
気に食わない、いけすかない、しかも遅参する女神。
そんな印象であったアルフライラが、兵たちの前に姿を現す。
刹那、意外の感情が兵たちの中に生まれた。
見も知らぬ、美しいとだけ聞かされていた女神。
それぞれが奉じる神の如く、さぞかし威厳に溢れ強い女神であろうと。
しかしそこに居たのは、少女であった。
細い身体に、見るからに虚弱で黒い猫に支えられて立っている。
僅かな同情が生まれる。
だから大神たちに協力を求めたのかと、凄まじい誤解も生まれた。
見た目だけなら庇護欲を掻き立てる幼さの残る少女であり、
眼前の悉くを捻じ伏せる絶対創世広域破壊邪神を連想出来る者は居ない。
理不尽とはこの事かと、遠い目をした知己の前で女神は口を開いた。
「私は来ました」
人ならざる透き通った声が、静寂の陣営の中に響く。
「遊びや気晴らしでは無く、後ろで報告を聞くためでもない」
黎明の陽光は少女を照らし、人々の目と耳を惹き付けていく。
「たとえ塵と成ろうとも我が世界、我が名誉、我が血のために
貴方たちの中で生き、そして死ぬために訪れたのです」
誰がその様な言葉を想像していたであろうか。
大神とは、神々の上に在る存在である。
世界の礎であり、民人の誇りであり、世に君臨する絶対者である。
「私はか弱き女の身体です、しかし大神の心臓を持っています」
それが只人と共に在ると、在り得ない言葉。
いや、人々はそれを知っている。
幼きに聞いたお伽噺に、古くから生命の傍らに寄り添っていた神話に。
「それは、今を生きる人々のための物」
―― 偽りの大神
名前の付かない何かの感情が、人々の中を疾り抜けた。
「そして今、赤銅の大神が世界の領域を侵そうとしている戦場で
私自らが審判の権能を持ち、世界の在り様を問い、正しましょう」
もはや言葉は要らず、ただ熱狂の気配だけが拠点に満ちた。
何某かの言葉を発せられ、ただ静かに受け止め、それだけが続いていく。
状況を俯瞰するハジャルは、そしてアルフライラも識っていた。
彼らは熱狂を待っていたのだと。
忍び寄る恐怖を忘れる様な、身も心も焼き尽くす灼熱を。
地獄に向かって背中を押す様な、戦の庭に生命を投げ捨てる切っ掛けを。
人の心を打ち、奇麗で、愉しく、それでいて嗾ける、人の心が無い行いを。
やがて語り尽くし、そして最後に軽くお道化た声色でアルフライラは告げる。
「そして、私は貴方たちの報酬と栄誉にかける意気込みも知っています」
突然の生臭さに、聴衆の肩から力が抜けそこかしこで苦笑が響いた。
「創世の大神の名に於いて約束しましょう、貴方たちは正しく報われると」
歓声が上がる。
もはや鬨の声は戦場を包み、感ずる意気は天を衝く。
そして神代から続く因縁の、最後の日がはじめられた。