或る日の事
アルフライラが羊肉の串焼きを齧っている夕刻の酒場。
何か宿場正門から音がする。
視線をやれば砂漠では珍しい幌馬車が訪れており、
人参を齧っている栗毛の馬獣人が牽いていた。
「あ、あれはもしやッ」
長毛のサヤラーンが驚愕の叫びをあげ、他の獣人も騒ぐ、
そして酒場内の開拓者の視線が幌馬車へと向かった。
視線の中、幌馬車から姿を見せたのは獅子頭の獣人。
鬣が砂漠の風に靡き黄金の輝きを放っている。
彼は徐に腰から細身のシミターを引き抜き、叫んだ。
「ロケット、ライオン・マール!」
叫ぶが否や、見よ!
その背中に背負った箱型神器から放たれる爆炎が黄金獅子を
空の彼方へと連れ去っていく、これぞ、そう、これぞロケット変神ッ
説明しよう、ロケット変神とは!
背中のロケット神器に特殊な神薬をつめてシミターの先から出る
神気エネルギーで点火し、空中でライオン・マールに変わるッ
変神・ニン・ポーの極意である!
「やはりッ」
「ライオン・マール様ッ」
俄かに騒がしくなった酒場へ、
変神を果たし鉄兜を被った獅子神が訪れる。
「キッタ・アビヤド様が脇侍、ライオン・マール見参!」
周囲が歓声に盛り上がる中、アルフライラはぶっ倒れている。
その脳裏には、在りし日の猫弟妹への対応が思い起こされていた。
―― アル姉様、おはなししてー
―― あれから、あれからライオン・マールはどうなったのですかッ
―― そだね、ライオン丸が目を覚ますと、そこに居たのは黒い虎だった
―― タイガジョウッ!?
―― タイガジョウが何でッ
あいつら、やりやがった、倒れた姿から力の無い呟きが漏れる。
「アレが、かの獣神ライオン・マールの胸躍るロケット変神か」
「若き血が燃え上がる様だな」
「と言うか兜被っただけよね」
博士と剣士の何か空気を読んだ様な解説と、姫の冷静なツッコミ。
流石に人間形態から獣人形態への即座の変身は無理があったらしい。
戦いの嵐の中を空を飛び駆け降りる賛歌が響く中、古代の語り手は
己の前科を悔やみながら、酒場の隅で壁に向かって虚無を見ていた。
或る日の事
アルフライラが羊肉とタレの重ね焼きを齧っている夜半。
丸めた敷布を抱えた開拓者が、店主に銅片を払って店を出ていく。
広場で雑魚寝をするためである。
砂漠も夏と成れば夜は過ごし易く、大部屋で人の熱と音に魘されるよりは、
しかし外は風が砂を運び身の危険も在り、故にと広場を選び寝床にする。
夜間に戻ってきた者に踏まれたくはないので厩舎近くは避け、
広場の内側、の中でも涼し気な排水溝に近いあたりが人気である。
「まあ、大部屋住まいじゃが荷物の預け金が払えるあたりの開拓者じゃな」
博士が簡単な説明を補足した。
これ以上に稼ぐ様になると個室が借りられると。
ちなみに、貴賓室に隔離されている製氷機はともかく他3人は個室を借りている。
魔物を苦にせず砂漠を渡れる開拓者は貴重であり普通に稼ぎは良い。
「星が満天で、まあ見ごたえは在るぞ」
過去に雑魚寝をしていた思い出を語り、そんな事を言っていた。
なのでアルフライラは部屋に戻り、試みに窓を開ける。
灯りひとつ無い暗闇でも夜目が効くほどの星の光。
過去と変わらず永劫の宇宙を渡り、数多の星が流れる満天の銀河。
「いや、1万年前でもこれは見た事が無いかな」
砂漠の夜。
人の営みは遠く、数多の星の光を遮る物は何ひとつ無く、
ただ純粋にあるがままの夜の姿がそこに映し出されている。
これまでは旅の夜、ひたすらに歩くか寝るかですっかりと意識から抜け落ちていたと。
忘れがちなものだねと、窓辺で涼みながら夜空を見ていた。
或る日の事
アルフライラが羊肉の香草蒸しを齧っている朝方。
ふと思い立ち、隣で高黍の蒸し粥を頬張る剣士に神様仕草を試みる。
「私は、何かを選別や淘汰をするつもりは無い」
「働け」
剣士の間髪入れないそれは、まさに労働者からの言葉。
「喜びも、哀しみも、人が自ら得たそれらを何一つ奪うつもりは無い」
「働け」
どこまでもセメントな戦場育ちがそこに居た。
何かもう、他の二人にやってみても似た様な事にしかならないだろうなと、
試すまでも無く察せてしまい、黙考のまま何度か頷く。
「やっぱり獣の人は真面目過ぎて怖いと思う」
「よしわかった、何やらかした、吐け」
握った拳で側頭をグリグリとされた神は、現代人の信仰の欠如を嘆いたと言う。