茜の空も薄れ、宵闇の帳が世界に降りた。
薄れゆく紅玉と、月光を受ける白銀が砂漠に向かい合っている。
「久しぶりだね、ナハース」
静かな言葉が、消えゆく巨神から零れた。
「ええ、もう少しで貴女の懐かしいお顔が見れます」
白銀の機神から嘲哂う様な声が応え。
「女の子なんだから鏡ぐらい持っておきなさい」
「顔が見たいって話じゃねえよ」
同型素体の姉妹が、良く似た声色で会話する。
「私なんかに構わず採掘場に向かうべきじゃないかな」
「黄金は止まり、アルコーンたちも遠い、そして紅玉もあと僅か」
貴女を仕留めてから向かいますよと、優し気な言葉。
「私に、もう打つ手が無い様な見識だね」
言葉に応える様に、駆け付けようとする軍勢が在った。
剣聖を筆頭に率いられる、赤の神造神族の集団。
様々な神族、戦乙女たちが残敵を散らしながら進軍している。
「たかだか神族程度で、機神に抗えるとでも」
言葉を受け周囲を見たナハースが、愉しそうに哂いながら告げた。
「人の生命を、心の大切さがわからないのか」
哀しそうな声色の姉と、無言の妹、そしてジト目の開拓者たち。
―― 急げ、間に合わないとあの神は容赦無いぞッ
―― 誰かアルちゃん様に人の心を教えてあげてーッ
何か不穏な叫びが、駆け付けようとする集団から響いてくる。
「……えぇ、と、何ですか」
「はいどーんッ」
消えようとする紅玉の胸部装甲から、放たれた弾丸が白銀を襲った。
改造の末に焔を纏いファイヤーアフダルと化した大神砲弾である。
デミウルゴスの正面に爆発が起き、多々良と踏んで間合いが開く。
跳ね返され、アフロになった元ジャマールことファイヤーアフダルが
砂漠に頭から突っ込み下半身だけに成ったと同時、紅玉が消えた。
少し落ち、砂の上まで下がった板の上に、軽く着地するアルフライラ。
その後ろの砂にハジャルたち3名が降り立ち、さらに落下音。
いつもの面々の背後に、白目を剥き泡を吹く神族たちが積み重なった。
霊素を限界まで搾り取られた、赤の神造神族たちである。
―― やべえ、一顧だにしてねえッ
―― やっぱり必要な犠牲と割り切られてるーッ
同胞を救うために駆け付ける赤の神々が、生命の大切さを示していた。
「いやどの口がほざいてたんですかッ」
「私がわかっているなどと言った覚えは無いが」
「わかっておっても切り捨てるじゃろ」
「これもどの口が言っているのかしら」
神々の対話に人々の言葉が挟まり、剣士が遥か遠くに視線を飛ばした。
「冗談はさておいて」
ごそごそと板を手探るアルフライラが軽く仕切り直す。
冗談ですね、冗談だったんですよねと合流した赤の神族が半泣きで叫び、
昏倒した同胞たちを確保し防衛の陣を敷く先で、アルフライラが動く。
「まあ確かに誰かを犠牲にする手もあったけど」
はじまりの時と同じように、白いワンピースを纏った美少女が告げた。
手からはみ出る様な大きさの霊素結晶を、板から引き出しながら。
その腕に装着されている黄金の小手を認識し、白銀の悪鬼が身構える。
「そもそもさ、誰が言ったのかな」
挙動を見て軽く微笑み、少女の小手が礼服の如くに広がる形に変化した。
「ヤルダバオトが、最後の機体だなんて」
音を立て、空が砕ける。
結晶と小手が空中に溶け、白く細い腕が露わに成る。
中空に入った罅は音を立てながら大きくなり、空間の破片が零れ落ちた。
「サフラは持っていくのかの」
ハジャルの問い掛けに、アルフライラは少し恥ずかしそうに応える。
流石に自分以外でどうにかするには、時間も何もかも足りなかったと。
会話の内、空間の穴から機神の腕が突き出て、周りを砕き始める。
「じゃあ、いってきます」
「まあワシらも後から追いかけるぞい」
星空の下、白を基調とした機械の巨神が姿を見せた。
他の機神に比べ細く、人型である骨格を飾った様な。
白を基調とし赤の差し色を持つ、放浪騎士の衣服が如き意匠の装甲。
胸部に紅玉の如き赤き球体を持ち。
砕かれた世界の向こうから、全身を引き出すように砂漠へと降り立った。
「さて何と呼ぼうか、
乗り入れた操手の言葉に応える様に、機神の各所に光が灯り、
燃える様に羽飾りが立ち上がり、破砕音と共に世界が新生する。
「想星のアイオーン、タウバーン・オーディナリー」
球体封印時に造りかけていた、記録に無い最後のアイオーンである。
「ふ、ざけるなッ」
名乗りを受ける間も僅か、双剣を振りかぶりデミウルゴスが斬り掛かった。
「
対しアイオーンは、胸の紅玉より二本の光剣を引き摺り出し受け弾く。
砂を踏み制動し、再度に斬り掛かるデミウルゴスを、
僅かの揺らぎも無く影の様に移動し避ける想星の騎士。
光の刃は振られる。
踊る様に軽やかに白銀の周囲を回り、移動しながら幾度も斬り付けた。
関節稼働の広さを十全に活かす、二刀独特の広い間合いでの斬撃。
それが齎す連撃に、白銀の二刀は対応しきれていない。
「機動性が、違い過ぎるッ」
ヤルダバオトを軽く凌駕するほどに速く、それでいて砂が揺れぬほど静か。
設計に遊びが無いのだ、いや、遊べるほどの余裕が無かったと言うべきか。
事実として、想星は本来のアイオーンに比べれば遥かに劣っている。
効果音も、演出効果も、浪漫機構も何もかもを搭載するだけの余裕が無い。
そして逆にその存在情報の軽量さが、継戦能力として成立していた。
アルフライラ単独でも操縦が可能なほどに。
そして一方的に削られる白銀にも、幾度かは反撃の機会が在った。
しかし破損は即座に修復され、あるいはまるで幻の如く斬撃がすり抜ける。
「これが、本来の幻想装甲なのかッ」
ナハースの叫びに、アルフライラの目が泳ぐ。
じゃりと、砂を踏む音が響いた。
デミウルゴスの足元には、音が鳴るほどに湿り気の在る重い砂。
「外堀、いつの間にッ」
気が付けば戦闘は裁定の街へと移動を続け、終に外縁へと到達していた。
驚愕が齎した刹那の間に、想星が白銀を掴み、引き倒す。
そして上に乗り、両の手で強く砂に押し付けた。
腰部4機、パイルが後背に移動し接続され噴流が疾る。
「加速、削減走ーッ」
「きゃあああああああぁぁッ」
パイルジェットに押される様に2体の機神は地面を削りながら前進し、
外堀に、城壁に、居住区に、内堀に、デミウルゴスが磨り下ろされた。
そして、採掘場らしき最奥の神殿へと白銀は蹴り飛ばされ、
轟音を響かせ激突し、砕け、外壁に大きく罅を入れながら跳ね返る。
着地したアイオーンは勢いを殺さず前進しながら、大きく拳を引き。
「アスワド、マリカ、アフダル、ついでにフィッダと」
腰の回った奇麗な拳が。
「ラマディの分だああぁッ」
半壊したデミウルゴスの顔面に突き刺さり、そのまま神殿へと殴り入った。