砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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07-12 神話の終焉

 

神殿が崩落する。

 

「疑問では在ったんだ」

 

半壊したデミウルゴスは、自らを爆破する事で想星より距離をとる。

既に白銀の腕は千切れ、脚には亀裂が走り、首より上は失われた。

 

「爺婆どもともあろう者たちが、本当に気付かなかったのか」

 

這いずり、亡者の如き有様で、それでもアルフライラより先にと最奥を、

封印の解けた霊素採掘施設を目指し先行するナハース。

 

後代に造られた神殿は2柱の巨神の衝撃に因り崩れ、天井が落ち、

しかし中枢にあたる施設、それを納める箇所には僅かの乱れも無い。

 

振動で罅が入り続けるも、即座にナノマシンが修復する。

 

白銀を追い掛けるアイオーンの視界が、突然に閉ざされた。

 

「無駄だよ世界樹」

 

不自然に造られた暗黒の空間に、数多の巨大な仮面が浮いている。

 

「私には、見えている」

 

後背に付いていた4本のパイルが起動、光線が世界を灼き祓う。

焼却された世界の向こうに、無傷の壁と開いた扉、通路が見えた。

 

「ここもそうだ」

 

乗り捨てられたデミウルゴスの向こう、ナハースの背中が見えた。

 

「手付かずのはずが無いんだ、こんな危険な施設」

 

想星のアイオーンも分解され、板と共にアルフライラが落下する。

口元のエチケットダクトを外し、小手と槍が生成された。

 

やがて追う神と追われる神は、魔素と霊素が荒れ狂う空間に至る。

 

最奥。

 

床中央に存在する穴からは光が溢れ、異界の蓋が開いたが如き光景。

そこへ黄昏の神が赤銅の槍を振りかぶり、千夜の神が白銀の槍を投擲する。

 

「狂い、壊れろおおぉッ」

 

ナハースは槍を突き立て、そして背後から迫るオリジナルの魂消槍を。

 

その身を以て受け止め防いだ。

 

「ばぁくはつッ」

 

そして投擲手の声に合わせ、槍から爆焔が舞いその脇腹が消失する。

吹き飛ばされるナハースを眺めながら、アルフライラは深く嘆息する。

 

「間に合わなかったか、ならば諦めて義理を果たそうか」

 

既に穴より立ち昇る霊素の柱に槍は突き立てられ。

 

再稼働を始めた惑星霊に直結した採掘施設が、魂消槍複製の干渉を受け、

暴走をはじめ惑星表面へと無尽蔵に高濃度の霊素を排出 ―― しなかった。

 

部屋の外壁に沿う様に魔素と霊素が疾り、空間が断絶される。

 

「やはりここは使い終わったナハースのための、処分場」

 

隔離された空間内の霊素濃度は上昇を続け、やがて大神すらも蝕むだろう。

とりあえずアルフライラは、妹を追随していた王子の玉座に放り込んだ。

 

白煙を吹き、伏しながら肉体を再生させるナハースが零す。

 

「な、んで」

 

何もかもに、定まらず取り留めの無い疑問。

 

世界は壊れない、ただ手を出した者だけを消滅させる。

罠か、いつ、どこで、誰が、どの時点から。

 

そして、それを知りながら何故アルフライラはここに居るのか。

 

「そもそも爺婆どもに、人の心が在るはずが無かったんだ」

 

良くも悪くもと最後の旧神が呟き、最後の大神の表情が消える。

 

「だからわからない、人の悪意が」

 

悍ましき人の在り様が、目を背ける様な残虐も、吐き気がするほどの浅薄も。

過去に奇麗な願望で埋められた新世界には、存在しない概念。

 

そして、旧神の誰もが至る事の出来なかった未知の感情。

 

「善人が悪事に慣れていないから限度を知らない様に」

 

他人が眉を顰める様な行動には、僅かの悪意も混ざっては居ない。

真に人で在るのならば、人の道を踏み外すのもまた人の在るべき姿と。

 

「彼らは、それを得るために手段を選ばなかった」

 

淡々とした口調で、加害側の姉が被害側の妹へと言葉を続ける。

それはおそらく赤銅の大神が最も求め、そして聞きたくなかった言葉。

 

「ありがとう、ナハース」

 

嫌々と、聞きたくないと涙を浮かべながら首を振る妹に、

姉は旧神の義務として伝えるべき言葉を告げた。

 

「お前のおかげで、人類が完成した」

 

叫んだ。

 

その声は出ていたのだろうか、音すらも気に成らないほどに悲痛な絶叫。

天を仰ぎ血涙を流し、口を大きく開け壊された内心を吐き出す旧神の道具。

 

つまりナハースは、世界に憎悪と不和を撒き散らすために造られた。

 

姉は無言で板から降り、妹へと歩み寄る。

 

泣き叫ぶ身体を静かに抱き寄せ、軽く髪を撫でた。

 

濃度の増えた霊素が、その肉体を末端から崩壊させていく。

そして通路側に轟音が轟き、姿を見せた巨神が滑り込んだ。

 

「お姉さま発見ですわあああぁッ」

 

アルムピアエールから開拓者たちや獣神、詩神が転げ落ち、障壁へ駆ける。

同時、魔神竜の黒き拳が障壁を撃ち、そのまま砕け潰れた。

 

「って、もしかしてこれ次元断層ですのッ」

 

大剣が音を立て障壁を滑り、元高位貴族令嬢と獣神が全身で穿つ。

しかし分断された空間の狭間は微動だにせず、依然とそこに在る。

 

騒々しい送り神や人たちの有様に、少女が泣きそうな顔で笑った。

 

「笑っとる場合かッ、どうにか出てこれんのか」

「ごめん、ちょっと無理」

 

ハジャルの叫びに、決まり悪い表情で応えるアルフライラ。

 

旧神の造り上げた確殺の結界、その前には板の能力も小手先でしか無い。

出来る事の多さが出力の分散を生み、次元干渉に足る性能を満たせない。

 

「何で、アルちゃんッ」

「帰って、くるんじゃなかったのか」

 

障壁を叩きながらマルジャーンが叫び、サフラが呆然と呟いた。

 

「そうだね、このまま生きていくのも良いかと、そう思ったよ」

 

ぐずる妹を撫でながら、姉が告げる。

 

「ならば何故、生命を投げ捨てる様な真似をした」

 

人々の中から機神の精霊が前に出て、創世神へと問うた。

問われた少女は、普段と変わらず軽く考える様な顔で言葉を纏める。

 

「だっておねーさんだしー」

「ふざけるなッ」

 

棒読みの返答を、その平たい胸から妹の叫びが遮る。

 

「何故だ、何のためだ、同情か、それとも勝手な贖罪気取りかッ」

 

ナハースの血を吐くような叫びも、あら『四面楚歌』と苦笑で受け流し。

そして姉は妹を撫で続けながら、静かに言の葉を紡いだ。

 

「どんな形でもお互い、やった事の責任は取らないとね」

 

言葉の後に、酒場で人から聞いた話を続ける。

 

愛しい世界を想う様に、優しい声で。

 

「南に焔が流れる河が在ると言う、北に氷で出来た宮殿が在ると言う」

 

もはや世界の果てまで未知が溢れ、好奇心の消費先に困る事も無い。

 

「悔しくは無いのか、お前はもうどこにも行けないんだ」

「まったく」

 

僅かの迷いも無い、声色。

 

語り続ける、多くの人に出会ったと、多くの話を聞いたと。

 

今を生きる者たちが居る、遠い場所でも明日を信じる者たちが居る。

だから例えどの様な未知も、やがて路傍の石が積み上がり道を造り。

 

「いつか誰かが辿り着くだろう」

 

そう確信を持って語れる事が、どれほどに幸いだろうかと。

 

新しい人類は育ち、惑い、望んだ通り未完成のままで完成された。

 

「だからもうこの世界に、絶対の神は必要無い」

 

私とナハースが最後だと告げた、道を違える事の出来ない偽りの神は。

 

それ以外は様々な者と肩を並べ、土に塗れ種族として人と共に生きるか、

或いは天に昇り、肌を灼かぬ太陽の様に人の心の中を照らし支えるか。

 

誰もが新しい道を歩んでいた。

 

「この世界で、好い人たちに出会えた」

 

そして謳う様に、偽りの大神の心の内が零れる。

 

「私の代わりに消費するのが、惜しいと思えるほどに」

 

生の長さ、歴史の長さに比べれば刹那の現実ではあったが、それだけで。

 

「生きていても良いと思えた、自分の生命にまだ価値が在ると信じられた」

 

アルフライラの言葉だけが響く静寂。

 

「だからこそ、その使いどころは間違えない」

 

異音。

 

うひぃ、あひぃと板から生えた謎ジェットが起動し駆動音を鳴らし、

何事かと虚を突かれた顔で、場を臨む全ての視線が板に集まった。

 

「…………は?」

「ジェットあるふろん轢き逃げアタアアァァック!」

 

そして王子の玉座が、アルフライラに拘束されたナハースごと板に弾かれ、

採掘穴より立ち昇る霊素の柱へと豪快に吹き飛ばされる。

 

「最後までそんな感じか貴様あああぁッ」

「ふぅーははははぁッ、私は私が思う存分に身勝手であったぞおッ」

 

啞然とした表情の観衆たちの視線を受け、2柱の神々が光に呑まれる。

 

何とも言い難い空気。

 

やがて神々を呑み込んだ霊素柱は蠕動し、旧神遺跡を崩壊させはじめた。

 




そして惑星の霊素に溶け行くアルフライラは気が付いた
「宇宙の全てが、うん、わかって……きたぞ……」
空間と時間と自分の簡単な関係に、どうして地球に生命が溢れたのかを、そして

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